目指せ、メゾフォンテ共和国・5
朝食を終えた後でミハイルはようやくミッツェルカの言ったことの意味に気付いた。国境までもう少しの街外れとはいえ、まだ暫くはかかる。それまで話がされることがない、と。だが一度了承してしまった以上、ここで話せ、と問い詰めるのもおかしい。ミッツェルカが話す気になるまで仕方ない、と割り切って街道から少し外れて野宿していた場所から街道へ戻って、ミハイルはラティーナとニルクを休ませる名目でミッツェルカにも休むよう強制した。きっとミッツェルカならば一晩くらい寝ていなくても問題ないのだろうが、兄として。支援ギフトを持つ者として、ミッツェルカを休ませるのは当然、と木陰で休ませる。渋々ながら樹にもたれかかったまま目を閉じたミッツェルカを横目で見ながら、ミハイルはクランについてくるよう顎で促した。
「ハイハイ、お嬢様の兄上殿、なんですか」
「あんた、ミッツェルカをどうしたいんだ?」
暗殺者だと聞いた時から、聞いておきたいことだった。トルケッタ公国を出るまでにはこの男がミッツェルカをどうしたいのか聞いておきたい。ミハイルとしては、父親が送り込んだミッツェルカを暗殺する暗殺者の一人を信用出来ない。だが、ミッツェルカはこの暗殺者を一応信用しているようで、共にいることを認めている。
実際、ミハイルは勘でこの男がそれなりに腕が立つことは気付いていた。きっと、ミッツェルカがギフトを発動しなければ簡単にミッツェルカを殺せるくらいには。でも、この男はミッツェルカを殺そうという気がないようだから、何が目的か知っておきたかった。素直に話すとは思っていないが。
「うーん。お嬢様にも話しましたけどね、俺の雇い主は、お嬢様と兄上殿のお父上じゃないんですよ」
そこまで明け透けに話してくるとも思わなかったのでミハイルは、結構驚いた。
「本当か?」
「まぁ信用出来ないとは思いますけど、お嬢様は一応信用してくれましたよ」
ミッツェルカが一応でも信用したなら、父親に雇われていないことは事実なのだろう、とミハイルは頷き先を促した。
「だからまぁ、本当の雇い主からは、お嬢様を殺すかどうかは、俺次第って言われているんで。今のところ、俺はお嬢様を殺す気はないんですよね」
「……その雇い主とやらは、ミッツェのことを何故知っている? 本当にミッツェ狙いなのか?」
ミハイルは目を細めて精一杯脅しをかけているように見せる。ミハイルのそんなところをクランは苦笑しながら答えようと口を開けたところで、ミッツェルカが「そこまで」 と口を挟んだ。
「ミッツェ起きたのか」
「正確に言えば起きてた。かな。寝てたけど何かあっても困るから気配は常に読んでた。だからお兄ちゃんとクランが何やら話し出したのも気づいたし、お兄ちゃんの気配が変わったから不穏な内容だと思って口を挟んだ。以上」
ミハイルは寝てると思っていた妹の背後からの鋭い声に驚いて振り返る。ミッツェルカの説明に肩を竦めてどう説明しようか視線を彷徨わせた。
「いいよ。何を話していたのか、聞かない。でもクランの様子から見るに、昨夜、私とクランが起きてた時の話を聞きたかった、といったところだね? その話は国境を越えて予定通りメゾフォンテに入国したら、私が話す。それでいいかな」
ミッツェルカの有無を言わせない強い口調に、ミハイルは首肯した。それからすぐに街道を歩き出す。ライネルヴァ王国からの追手というか、ラティーナを見つけようと躍起になっているだろう公爵の手のものに見つからないようにするためにも、メゾフォンテ王国には入国しておきたかった。
そんなわけで、急ぎ旅だし気持ちも急いていたからか。ラティーナさえも疲れを見せないで強行した結果、思ったよりも早くにトルケッタ公国の国境を越えてメゾフォンテ王国の国境にある入国審査をする砦にてミッツェルカ・ラティーナ・ミハイル・ニルク・クランの五人は入国審査を受けていた。
クランは偽名登録している冒険者の身元証明書。他の四人はライネルヴァ王国で偽名で作った旅行者証明書を提出していた。ニルクはトルケッタで殺される予定ではあったが、ライネルヴァから出国するに辺り、偽名で旅行者登録をして出国している。それをそのまま使用しているので、怪しまれることもなく、クランを護衛(冒険者は護衛の役割も担える)で雇っている事にして、旅行していることにした。各国を旅して将来の職探しという曖昧なことを言っておいたが、砦の役人はミッツェルカの「実は冒険者になりたいが家族から反対されたので皆で家出した」 というコッソリな打ち明け話に大笑いして、それなら……と入国を許可した。
平民の子が冒険者に憧れて家出するのはよくある話だが、それで旅までしてしまう根性を認めてくれたようである。砦の役人も平民出身の兵士だから気持ちは分かる、といったところだった。まぁメゾフォンテ王国に迷惑をかける事さえ無ければ、平民出身の兵士による入国審査などこんなものだ。これが貴族であることがバレた場合は、国を捨てて逃げてきた、と見られ、そうしなくてはならない程の重い罪を犯したのか、と見られてしまうのだから、こういうのも一種、貴族と平民の身分差なのかもしれない。
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