現れた元王太子サマ・3
「で、殿下……」
ハクハクと口を開閉しているボウム子爵家の子息を見て、ミッツェは肩を竦めた。
「何が目的か大体予想は付くけどさぁ。護衛に取り立てられた騎士サマ? そんな動揺しまくってたら、この元王太子サマに翻意ありって言ってるようなものじゃん。どうせ、アレでしょ? 国出る時に掛けられた追手とはある程度の所で追手が手を引いて、そんでこの元王太子サマの信頼を得ようとか考えてたんでしょ? 驚いてるけどさ、このポンコツ元王太子サマは、ラティが関わるとポンコツになるだけで、寧ろそれ以外は優秀なんだよ? 第二王子派なのにそのくらい把握してないの?」
ボウム子爵子息がミッツェを見てニルクを見て何も言えないのか、口の開閉をやめて無言でいる。
「普段から出来損ないの王太子を演じていたからな」
ニルクが軽口を叩く。
「やっぱりなぁ。どうせ、ラティが王妃なんかやりたくない事知ってたんでしょ? でもラティは優秀。まだ王太子妃教育だったから王家の闇の部分は知らないし、今ならまだ引き返せる。そう思ったわけだ」
「相変わらず、病弱なくせに頭の回転は良い男だな、キサマ。しかも従兄弟だからと言ってラティーナに構われて気に入らん。ラティーナは俺の婚約者だぞ!」
「元、ね。元婚約者。つうか、自分が愛称を呼ぶ事を許されないからって、私に突っかかり過ぎだから。ラティの事が好きなくせに、変に意識しまくって拗らせた挙げ句、他の女を侍らせれば嫉妬してくれるかも……なんて考えて、あんな女を侍らせて益々ラティに嫌悪されてるとか、笑えるんだけど」
「なっ……ラティーナは嫉妬してくれなかったのか⁉︎」
「してないし。元々、王太子の婚約者になんてなりたくなかったのに、アンタがラティを気に入ったから婚約者にさせられて。で、アンタがきちんとラティに歩み寄れていればまだ良かったのに、拗らせて歩み寄れないからラティはアンタの事をただの婚約者だと思ってた。そこに恋愛感情なんてなかった。まぁアンタもそれには気付いたみたいだからさ、ラティを嫉妬させたかったんだと思うけど。寧ろきちんとラティに好きだって言えばマシだったのに、ホント、ラティが絡むとアホだよねー」
「ぐっ」
ケラケラ笑うミッツェと顔を赤くして屈辱に耐えるニルク。そして、そんな2人のやり取りを横目にそっと席を立とうとしているボウム子爵子息に、クランがナイフを喉元に突き立てた。
「おー、さすが手際良いね」
「お褒め頂き光栄です、お嬢様」
逃げられなかったボウム子爵子息は本当に騎士なのか? と尋ねたくなるほど、簡単に動きを止めた。抵抗くらいすればいいのに、とミッツェは思う。
「ちょっと待て。お嬢様とは誰だ」
「なんだ、元王太子サマ。本当にこの方を男性だと思っていたのか?」
ニルクがクランに尋ねるとクランが鼻で笑う。ニルクはポカンとした顔でミッツェを見た。
「あー、あのクズ父親、私のことを次男として届け出てたし、名前もクズな先祖のミッツェルカだしねぇ。男って先入観有るよねー」
「は? その方、本当に女なのか?」
「あー、信じられない? んじゃ、胸でも触ってみる?」
ニルクの愕然とした表情に、ミッツェがニルクの手を胸にペトと押し付けた。女性用下着など当然購入してもらえなかったミッツェだが、ラティから下着は調達している。女性用下着は特徴的なので服の上からでも触れば判るし、男には無い下着だ。王族なので閨教育も受けているニルクは、実際に女性用下着を見た事も触った事も有る。服の上から。
「……本当に、女、だな?」
「そうだねー」
理解したニルクの手を胸から外したミッツェと、羞恥に頬を染めるニルク。ミッツェは当然平然としていた。
「で、では、なんでドレイン伯はそなたを男として……」
「その事情は秘密だねー」
聞きたいなら信頼を得ないと、ね。
そんな事をミッツェは呟いた。
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