隣国・トルケッタ公国公都リノーヴ・10
随分と前話から開いてしまいました。
「何故、私が伯爵家を出る、と?」
「分かりますよ。だってお嬢様は、平民の暮らしをちょくちょく覗いてましたから」
「そこまで観察をされていたのか」
「お嬢様のギフト【剣聖】は、殺気や闘争心などに反応しているようでしたからね。何も思わなければ、割と警戒心無かったですよ」
それを言われてしまえば、私も否定は出来ない。そもそも私の世界に居る人間は、兄とラティだけだった。使用人達や父を含めた他の家族でさえ、私の世界には居ない人だ。少なくとも曲がりなりにもここまで育ててもらった恩は多少なりとある。たとえ、暗殺者を差し向けられても。
使用人達は暗殺者を差し向けられた事も知っていた。手加減が出来ずに殺した暗殺者達の死体を、当たり前のように捨てたところから、父から聞かされていたのだろう。それが返り討ちにされている事にも動揺しないところは、さすが、と言うべきか。
それでも淡々と変わらない毎日を送る私を、使用人達も淡々と変わらない毎日を送る。つまりは、無関心なのだ、互いに。
だから、私の世界に居るのは、兄とラティだけ。
死にたくないから、殺意や敵意等には反応したけれど、それ以外に関心を持たなかったから、まさか観察されているなんて、思わなかった。兄とラティ以外の人間が私に関心を持つなんて思っていなかった。
パチン
火で燃やされている枝の弾ける音で我に返る。やれやれ。意識を持っていかれていた。相手は手練れだというのに、気を抜くなど、馬鹿のする事だな。
「……それで?」
「それで?」
「観察を終えて、伯爵家を出ることが分かった私と近付いて、そちらに何の利益がある?」
「ただ、あなたの側にいたい。それじゃ理由にはならない、と?」
「手練れの暗殺者が損得無く、私の側に? 何の冗談だ」
「冗談は言わない。お嬢様が、ラティ様に言われて仕方なく伸ばしていた髪に未練が無い事も、シルクをふんだんに使用したドレスに興味が無い事も、淑女教育もラティ様が言うから受けているだけで欠片も興味が無い事も、全て知っている。ただあなたが惜しんでいるのは、自分の命と、ラティ様と兄君。そんなあなたに強く興味が惹かれても仕方ないでしょう」
「成る程。では、約束をしてもらおうか」
私は暗殺者の話に、納得したフリをする。暗殺者の方も私がフリで納得した事に気付いているだろうが、構わない。
「約束」
私は、2つの事を約束させた。それを了承するなら、これから先に同行する事を許そう、と。
「……あなたの世界は、本当に狭くて……重いですね」
暗殺者が頷いた。
「そうか。それなら同行を認めよう。私はミッツェ。ミッツェルカ。ミッツェと呼べばいい」
「私はクラン、と名乗っておきましょう」
そこで話を終えた私とクランは、かなり長く話していたようで、クランとお兄ちゃんが交代する時間を超えていた。慌ててお兄ちゃんを起こし、朝日が昇る頃、ラティとお兄ちゃんに簡単にクランについて説明をして、出立した。
……という話を、このバテスの宿屋でしていた。
次話は出来れば今日中。無理でも明日には書きたいと思います。




