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隣国・トルケッタ公国公都リノーヴ・9

一夜明け、夕方より少し早い時刻。バテスに到着し、私達は宿を早々に確保した。支払いが先で少し高めだが、4人が泊まれる部屋を確保する。大概の宿は2人部屋が多いのだが、ここも例に漏れない。故に2人以上が同じ部屋で寝る場合、5人部屋が有る場所を探す。この宿は5人部屋が2部屋有った。そのうちの片方を確保して、次に公衆浴場へ行くか、宿の浴場を使うか、話し合う。

他の大陸は知らないが、生国・ライネルヴァ王国や、此処・トルケッタ公国を含む周辺の国々は、風呂というと、蒸し風呂のようなものが主流だ。日本人の感覚で言えば、檜などと贅沢は言わないが、せめて浴槽に浸かって「はぁー」という至福の声を上げたいものだ。……ちょっとそこ! 年取ったオッサンとか、誰の事⁉︎ 冬場、冷えた身体を温めるんだから、声くらい出したって良いでしょうよ!


さておき。宿の浴場は、まぁ蒸し風呂だろう。但し、公衆浴場は浴槽が有る場所も。まぁ主流じゃないから、中には、程度だが。しかし、浴槽が有るという事は、他国か他大陸では浴槽に浸かる習慣も有るんだろうな。……その国を目指したい。

そんな事を考えつつ、色々考えた結果。宿の浴場を使うことにした。時間を決めて落ち合う事にする。


「そこまで警戒しなくても良いのに」


男がヘラリと笑ったが、私もラティもお兄ちゃんも、胡乱な目を向けて、男の意見は黙殺した。漸く身形を整い、取り敢えず夕食を終えると(宿で食べるならその分は別代金。後は外に食べに出る。部屋では食べられない)私達は話し合いの場を設けた。


「じゃあもう一度確認するよ?」


お兄ちゃんが男を見ながら、私とラティを交互に見る。ラティは緊張気味に、私はため息をつきながら頷いた。


「この男は、ミッツェの側仕えをしたい、と言っている。そういう事であっているんだよね?」


お兄ちゃんが、男に冷え冷えとした視線を向けて突き刺しているが、その皮膚はダイヤモンドで作られているのか、擦り傷1つ付いていない。……つまり、お兄ちゃんの視線をどこ吹く風で、気にも留めていない。清々しいほど、無視だ。


「物凄く不本意だけどね」


私は深くため息をつくと、昨夜の事を思い出していた。


***


「何故、私が女だ、と?」


「最初にお嬢様の父親から頼まれたのは、貴族の義務を果たせられない放蕩息子の始末……つまり有り体に言えば、殺せ、との事でした。私は基本的に1人で任務を遂行します。だから、お嬢様の父親に、他にも頼む事はしないよう、念押ししました。だが、結果としてお嬢様の父親は、その念押しを破りましたが。

こういう仕事をしている者には、ある程度、自分の美学や信念を持っている者が多い。まぁそんな事、依頼主には関係ないでしょうけどね。でも、こういう仕事は、依頼主との信頼関係が基になる。

……そして、私の美学は、1人で遂行し、極力苦しませない事。私の信念は、義務を放棄する者を闇に屠る事。だからお嬢様の父親の依頼を引き受けた」


男は、決行の夜。驚いたという。何しろ他人を介入させないよう、約束したと言うのに、いざ行けば、其処には既に顔見知りを含めた同業者が5人。


「嫌悪を抱きましたが、前金を貰っている以上、その場で帰るわけにもいかない。同業者の口から逃げ出した、などと言わせたくなかったので。だが、嫌悪からお嬢様の父親に不審感を抱いた私は、顔見知りにどのように依頼されたのか、尋ねました。顔見知りは、特殊ギフトをもらった息子の始末依頼、と」


通常特殊ギフト持ちを屠る依頼など来ないが、それが依頼されるなど、余程の事だろう、と顔見知りは受けたと言う。更にその特殊ギフトが、なんでも【剣聖】と言うものとか。剣聖。つまり、剣の達人。

特殊ギフト持ちを殺した場合、殺した者がそのギフトを手に入れられる、らしい。その可能性が有るのなら、と。顔見知りの話に、男は違和感を覚えて、敢えて様子見に徹しようと思ったそうだ。


「そして、決行に。お嬢様の顔を見て驚きました。とてもじゃないが、義務を放棄する放蕩者、と言える程の年齢じゃなかった事に。お嬢様は当時10歳でしたね。そんな子どもが放蕩者? こんな子どもを殺せ、と言うお嬢様の父親こそ、可笑しいと思った。それでもお嬢様は、剣聖ギフト持ちだった事で親から疎まれ、命を狙われていても変わらなかった。淡々と現実を受け入れ同業者達を血の海に沈めていった。その目は何がなんでも生きよう、と決意していた」


その目に興味を惹かれて、お嬢様をずっと観察していました、と男は笑った。


「観察……。私は植物か……」


聞いていた私が遠い目をしても仕方ない。


「それから直ぐにお嬢様の暮らしを見て唖然としました。殆どあの部屋でしか生活出来ず、使用人も最低限の対応だけ。ずっと本しか読んでいない生活。これのどこが放蕩者なのか、と。そのうち、お嬢様の兄君が伯爵家の者共の目を掻い潜り、外に連れ出し、公爵家のご令嬢と過ごす時だけ、楽しそうにしている事を知りました。同時に、ご令嬢がお嬢様に、最低限の淑女教育を施すに辺り、漸くお嬢様が女性だ、と気づいた次第です」


まさか、自分を観察するだけの人間がいるなんて思いもよらなかった。なんで言えば良いのやら。


「お嬢様を観察していれば、あの父親は性懲りも無くお嬢様を殺す依頼をする。お嬢様は淡々と返り討ちにする。そんな日々を観察していて思いました。お嬢様は、己を疎ましく思う父親を何とも思っていないのか、と苛立ちました。ですが、そのうちお嬢様が伯爵家を出る事は気づいてしまったから。その時は、是非私もお供しよう、と思いまして。お嬢様の諦めない目に、いつの間にか囚われていたようです」


男はニコニコと、とんでもない事を口にした。

男の正体は……。

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