隣国・トルケッタ公国公都リノーヴ・7
「お兄さん、その怪我どうしたの?」
取り敢えず私が塗り薬を渡す。塗ってやらないのは警戒心からだが、男はなんだか戸惑った表情を浮かべ、それを慌てて消してから神妙に塗り薬を受け取った。……さて。今の戸惑った表情からの消し去るまでが、演技かどうか、見極めないと、ねぇ。
「転んだ拍子に思い切り地面に擦ってね」
笑いながら見せたそれは、刃物で付けなきゃ出来ない切り傷だった。
決して擦り傷の出来方では無い。……成る程? 私の勘通り警戒しておくべき相手、か。
「うわっ。痛そう。その足だと動けないよね。どうしようか」
私が首を傾げて男を見れば、男も困ったような笑い方で言う。
「悪いが、君達に同行させてくれないか」
同行、ねぇ。
「お兄さん、何処行くわけ?」
「バテスまで」
「分かった。じゃあバテスで医者に怪我も見てもらいなよ。そこまでは連れて行くから」
バテス。公国の地図なら頭に入っている。ライネルヴァ王国からトルケッタ公国に入国して、最初の町の名だ。リノーヴまではそこから2つ町を過ぎて到着する。つまり、ここでほったらかしにしても後味が悪くなる。おまけに、なんだか嫌な予感がする。ほったらかしておくと、ろくでもない事が起きる、と。
「済まない、助かる」
私は男の腕を肩に回して立ち上がらせた。その際、違和感に気付いたが気付かなかったことにする。……やれやれ、面倒くさいことになりそうだ。内心で溜め息をつく。まぁともかく。バテスまでは4人で旅をするしか無いか。向こうが事を荒立てる気は無いみたい。今のところ。
ーー退屈しないで済みそうだ。
「君達、旅人?」
「そう。3兄弟で旅の途中」
お兄ちゃんと私で男を挟んで抱えて歩く。男の質問には私が答えた。
「へぇ、兄弟で。妹さんは似てないね」
「息子は父親似。娘は母親似だねって良く言われてだけど、そんなに似てない?」
男の問いかけにサラリと答えてやる。男は、私の返答の微妙さに気付いているだろうか。妹さん、とは誰から見て、妹なのか。お兄ちゃんは確かに私とラティより年上だけど、細身のせいか、私達より年下に見られる事もある。ましてや、私とラティは同い年で、見た目年齢は変わらない。
それにも関わらず、ラティを妹と言ったのだ。
姉と言ってもおかしくないはずなのに、妹一択で言い切って来た。疑問も抱いていないらしい。とはいえ、助けを求めている時に、人の声が聞こえ、その会話で少なくとも「お兄ちゃん」と呼ばれている男が居た事が分かった……などと言われては、こちらも追及仕様がない。
だからこそ、息子は父親似。娘は母親似。と、敢えて言ってみた。これなら、後に「兄2人に妹1人」とも捉えられるし「兄・妹・弟」とも捉えられる。
まぁそんな追及が出来るような出来事が起きないのが一番だけど。さてさて。この男と無難に別れられるかなぁ。
怪しい男との4人旅になりました。
次話は、男の正体にミッツェが切り込んでいく予定です。




