隣国・トルケッタ公国公都リノーヴ・5
ケガをしたミッツェと心配性な兄の攻防。
「ラティ、ごめん。怖い思いさせた」
お兄ちゃんに抱きしめられていたラティが、私の呼びかけに振り向いた。
「大丈夫。それよりも」
ラティは気丈にも首を振ったが、チラリと視線を向けたのは、お兄ちゃんである。
「ミッツェ〜」
ボロボロと涙を流し、鼻水を啜りながら私に抱きついて来るお兄ちゃん。……いや、お兄ちゃんなんて呼べば鬱陶しく益々抱きついて来そうだなぁ、おい。どうするか。
「ミッツェ」
「うん?」
顔が涙と鼻水でグチャグチャになっている兄に若干ドン引きしつつ、でも邪険にしたら更に鬱陶しくなる事が請負いなので、さてどうしたものか、と考えていれば、天使が私を呼ぶ。ニコッと笑うラティは可愛いし天使。ああっ! 今日も推しが尊い! あああああ! ドルオタ魂が刺激されるぅ〜! と身悶えている私は、次のお言葉でラティのお怒りを知る。
「私がミハイルの恋人ってどういうことかなぁ?」
その笑顔の裏から何か黒いモノが出ている気がしてならない。冷や汗をダラダラとかきながら、エヘッと誤魔化すように笑ってみた。だが、ラティの眉間に皺が増えただけだった。どうやら誤魔化されてくれないらしい。
「だってさぁ。ラティを私の妹にするのも姉にするのも私は良いけど、ラティは嫌だったら悪いじゃん?」
「別に嫌じゃないけど」
ラティが頬を染めて照れてる。可愛い。どなたかこの可愛さを詩的に表現してくれませんか? 残念ながら私にそういう資質が無い。
「えー。じゃあ姉の設定にでもしとく?」
「じゃあ3兄妹だな。俺・ラティ・ミッツェという順番」
お兄ちゃんが便乗してきた。やっと泣き止んだか。
「じゃあそういうことで」
私が締め括れば、お兄ちゃんがハッとした。なんだろう?
「ミッツェ傷! 傷見せて!」
「あー傷?」
何かと思えばソレか。切られた腕を見れば、ジクジクと痛み出す。どうやら意識を向けた事で“痛い”という感情を思い出したようだ。まぁこの程度なら別に構わない。
「うわっ! 痛い!」
「いや痛いの私でお兄ちゃんじゃ無いじゃん……」
何言ってんだこの人。そんな私を気にも留めず、お兄ちゃんはさっきの盗賊にあげた傷薬より格段に上のポーションを出して来た。いや、この程度のかすり傷でポーション出すのは、やめてくれないかな。
「他にある塗り薬で良いよ」
「ダメだ! 傷が悪化したらどうする!」
「この程度なら傷口を丁寧に洗って、乾かして塗り薬を塗れば平気。寧ろ貴重なポーションをこんな傷で使おうとしないで」
ポーションと言うのは、塗り薬より効果大な所謂飲み薬のようなもので、内服薬は風邪薬や頭痛薬や胃薬なんかのイメージが強いが、何というか、万能薬である。飲めば傷にも骨折にも効く。
と言っても上・中・下と段階が分かれていて。
下級ポーションは、風邪薬や急性の頭痛薬程度のもの。外傷なら致命傷にならない程度のケガに対応出来る。
中級ポーションは、慢性の頭痛や胃痛の薬とか骨折とか。
上級ポーションは、前世で言うところの肺炎や治療法が見つかっている心臓病なら効く感じか。外傷は、先程私が切り飛ばした腕をくっ付けるくらいの力がある。
まぁそれに比例して結構なお金も掛かるけどね。下級ポーションで、普通の平民の生活が3ヶ月賄えると言えば、その価値は分かるだろうか。上級? そりゃ国でも指折りの商会長の家の1年分くらいだね。貧乏な貴族だったら手も足も出ないくらい高い。
だけど。それ以上に高い薬が、ある。
エリクサーという、伝説級の飲み薬だ。
ラティの実家である公爵家の1年間の生活費分の金、と言えばどれくらい凄いか、まぁ分かるだろう。
しかし、この飲み薬は不治の病すら治せるという、とんでもない薬。致命傷すらエリクサーを飲ませれば、死の縁から蘇るーー。
まぁホントにそんな薬が有るのかは知らないけど。
仮に有るとして、でも存在すらあやふやな薬に頼るような事態にならないように、するしかない。エリクサーは、そんな幻並みの薬だからおそらく、薬に関するギフトの持ち主が作るのだろう。
大変だなぁ。と、どこか他人事のようにつらつらと思いながらも、何とかポーションを口にさせようとするお兄ちゃんに辟易していた。
まだまだ旅は続きます。




