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隣国・トルケッタ公国公都リノーヴ・4

まだまだリノーヴには到着しません。

前話の後書きに書いた通り、戦闘シーン入ります。

長めの話ですみません。1話に収めたかったので。

リノーヴまでの道中、自分の気持ちに折り合いを付けようとしているラティを愛でつつ、私は少しだけ油断をしていたのかもしれない。この道は良く整備されている。という事は、主要な道だという事。主要な道ならば、日が出ている昼間に危険など無いだろう、という慢心が何処かに有った。


だから。

ソレに気付いたのが少し遅かった。


いくら自分のギフトが【剣聖】でも、油断なんかしちゃいけなかった。警戒しておくべきだった。ギフトのおかげで気配は読めるようになったけれど、それは警戒心が有ってこそ。警戒心が無ければ、鍛えている騎士や兵士と違って、貴族の一員だった私に、分からない事の方が多いのに。


自分が常に狙われていた日々を忘れるくらい、国を出た事は解放感が有った。


でもだからこそ、警戒心を無くすなんてアホだった。


警戒さえしていれば、ラティに怖い思いをさせなかったのに。




ザリッ。


その音が森を抜けるかどうか、という頃合いで聞こえて来た。なんだか嫌な音だった。まるでようやく見つけた獲物を狩るような足音ーー。


足音⁉︎


私は、ハッと背後を振り向き、お兄ちゃんの背後を見た。既に10人の男達が私達を囲んでいる事に気付いた。人相の悪い男達。顔の造りでは無い。荒んだ生活を送っていたからこそ出来上がった顔付きというヤツだ。


「有り金を素直に出すのと、痛い目に遭ってから出すならどっちが良いか?」


私と目線を合わせた男ーーお兄ちゃんの背後に居たヤツだーーが、問いかけて来る。こういう場合、最初に発言した人間がリーダーの場合が多い。


「どっちも……嫌だ」


微笑んで断れば、リーダーらしき男が片眉を上げた。


「へぇ。たった3人で俺達を相手にするのか、ボウズ」


「いやいや、1人女ッスよ、グリン様」


「女は俺達が可愛がってやるとして、男共はどうします? グリン様」


口々に周りの男共が言い出す。やっぱり最初の男がリーダーだ。グリン様、と呼ばれている男はニヤリと笑って私達を怯えさせるように言った。


「そうだな。女は俺達が可愛がってやるとして、男2人は売り飛ばすか。確か奴隷市が有るだろう」


……成る程? トルケッタ公国では、奴隷の売買がされているのか。海の向こうにある一番大きな大陸で権勢を誇るオキュワ帝国並びに大国・フレーティア王国が各大陸と国々に奴隷解放を通達している、というのに。

公国が隠しているのか、それとも公国は感知していないのか。

何方にせよ、こんな盗賊の輩が昼間から横行した挙げ句に平然と奴隷市などと口にする時点で、公国の無能っぷりを曝け出しているようなものだ。


まぁいいや。


「生憎、彼女は私の兄の恋人だし、私も兄もむざむざと奴隷に成りはしないよ」


落ち着いて返答すれば、リーダーの男が目を細めた。


「随分、生意気な口を叩くじゃねぇか、クソガキが。俺達が大人しくしている間に有り金を出しゃ痛い目に遭わねぇってのにな」


リーダーが言い終えたと同時に、男の1人がラティに触れようとする。無論、私がソレを許すわけがない。鞘から抜いた剣で触れようとした手を腕から切り飛ばした。肘から先は無い。


プシャッと血液が噴き出す前にラティを私に引き寄せて、その汚らわしい血が飛ばないように庇う。それからお兄ちゃんにラティを押し付けてラティを守るように言う。お兄ちゃんは、ハッとして(多分それまで現状に着いて行けずに呆けていたのだろう)慌ててラティを抱きしめた。


その間に、腕を切り飛ばした男が叫び声を上げ、私はそれを聞きながら、次の男に切りかかる。戦意を削ぐだけのつもりだけど、あまり手加減してやる気は無い。次の男は、まさか……という思いが有ったのだろう。実に容易く胸を切らせてくれた。致命傷にはならないから、問題無いだろう。


ここでようやくグリンと呼ばれていたリーダーの意識が戻った。そして、警戒心を見せてくる。どうやら私が警戒するに足る相手だ、と気付いたらしい。だが、私の細い腕や身体から、不意打ちを突かれなければ勝てる、と判断したのか、目が嘲笑っている。


確かに、お兄ちゃんとラティを庇いながら、このリーダーを含めた残り8人の男達を相手取るのは、今の私では難しい。【剣聖】のギフトを発動させなければ。ーーそして発動させれば、更に問題が起こる気がする。

【剣聖】ギフトの持ち主として、剣の訓練を我流で行なっていたから、ギフトの能力を発動させなくても幾らか闘える。だが能力に頼らずに全員を倒す腕は、今の私には無かった。余談だが、特殊ギフトの持ち主は、必要に応じてギフトの能力を発動させる・させないと制御出来る。


……さて、どうするか。


思案は一瞬。私はグリンというリーダーに剣を突き付けた。リーダーは油断していなかった。それなのに、真正面から私に剣を突き付けられて、冷や汗を流しているのが見えた。


「アンタ達の大切な人間の首を跳ねさせたくなかったら、下がれ」


私が精一杯目を細めて威圧する。男達は、顔を見合わせた。グリンが手を上げる。


「お前ら下がれ。……ボウズ、良い腕をしてんな。1対1でケリを付けようじゃねぇか。俺が負けたら潔く諦める。俺が勝ったらボウズは俺の部下になれ。その代わり、兄貴とそのオンナは諦めてやるよ」


私は男を注意深く観察する。……どうやら嘘では無いような目をしていた。私は頷いてリーダーと少し距離を置いた。リーダーは、自分の剣を鞘から抜き、私と対峙する。


……成る程? きちんと剣を習った事が有るらしい。


剣の持ち方も間合いの取り方も私を殺そうと狙って来た暗殺者達のように、型に嵌っている。誰かに習ったのだろう。

そうして動いたのは、あっちが先だった。


ザリッ


……ああ、最初に聞いた音は、このリーダーのものか。

それが分かった時には肉薄され、切りかかられた。構えは型に嵌っている。だから、跳ね返す事が出来た。少しだけ驚いているのは、自分の腕前を確信していたからか。それから面白そうに愉悦の表情を浮かべて、更に切りかかる。何度もそれを跳ね返したが、そろそろ攻撃に転じるか、と考えた瞬間。


どうやら思案に気付いたらしいリーダーは、私の左腕に傷を負わせた。チッ。


「やるな、ボウズ」


「そりゃどうも」


「だが、俺に傷つけられたぜ? 負けを認めるなら今だろう」


「それは、遠慮するよ」


リーダーが優位に立って、負けを促して来た隙を狙って、少しだけ手加減しつつリーダーの左肩から右脇腹まで一直線に切り付けてやった。


「グッ……」


私に切りつけられた事がショックだったのと、ケガを負ったショックだろう。かなり驚愕した表情で、両膝を地面に付けた。


「負けた」


リーダーが負けるなんて思わなかったのか、その一言を聞いて男達が殺気立つ。


「馬鹿野郎! 俺が負けたら潔く諦めるって言った俺の顔に泥を塗る気か! それよりヒイヒイ泣いている馬鹿2人を助けてやれ!」


リーダーに言われて、残りの男達は慌てて2人を抱えて森へと逃げていく。その後の事までは、こちらはどうでもいいので見送った。剣を拭って鞘へ収める。


「殺さないのか」


「何故」


「勝負に負けた」


「だから殺す。って事はしないよ。後始末が面倒くさい」


私が言えばリーダーは笑った。


「俺はグリン。お前は?」


「ミッツェ」


「公都を目指すのか?」


「まぁね」


「なら、1つ忠告してやる。灰色狼が描かれた宿はやめておけ」


「……分かった」


「それでも灰色狼の宿に足を踏み入れた時は、俺の名前を出せ。それで無事に出られる」


それだけ言うと、リーダーは立ち去ろうとした。私は溜め息をついて呼び止めた。お兄ちゃんが持つバッグから、傷薬を投げ付ける。受け取った男は、怪訝な目を向けて来た。


「情報代だ。ポーションを遣る気は無いが、それくらいなら情報代になるだろう。後の2人にも塗ってやるんだな」


私の物言いにウラを読み取ろうとしているのか、ジッと見てくるが、ややして「もらっておく」と言って今度こそ森へと去って行った。

次話もリノーヴまでの道中です。

ケガをした妹を心配しまくる兄と、それをちょっと鬱陶しいと思う妹の話。

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