閑話・婚約破棄直後の現場〜ミハイル視点〜
ミッツェの兄視点。
ミッツェとラティが退場した直後。
可愛い妹分が、婚約破棄された。
いや、婚約破棄自体は構わない。というか両手を上げて喜ぶ。いくら妹分が貴族の中で一番身分が高い公爵令嬢でも、妹分側から婚約破棄も解消も出来なかったからだ。相手は王族。それもバカな王太子。ザワザワと騒めく会場。ニルクに寄り添って頬を染めてニルクを見上げる尻軽女。そして、そんな女に気付かず、潔く退場した方向を呆然と見続けるニルク。
多分、この一件で王太子のクビは挿げ替えられるはずだ。良くて王位継承剥奪の上、留学という名の国外追放。悪くて幽閉して万が一の王家の血縁残し、というところか。
まぁどうでもいい。
いや、妹分に対する言動を思えば、ぶん殴ってやりたいのは山々だが、そこまでは出来ない。だからヤツの事などどうでもいい。側近として、ニルク王太子殿下を諫めなかったとは言わせない。宰相子息のデューレクと共に、何度諫言した事か。それを聞き入れなかったのは、あのバカだ。
それにしても。我が妹の予知夢とやらが当たった事に、俺は僅かながら嘆息した。やはり特殊ギフトを貰うような者には、計り知れないものが付随するのだろう。さて。俺も後始末を終えたら、妹と妹分を追いかける事にしよう。悪いが、ドレイン伯爵家にも、このライネルヴァ王国にも、毛ほども興味は無い。
それよりも神から貰うギフトが、特殊になってしまった妹と妹分の補佐の方がよっぽども有意義な時間を過ごせるからな。そもそも俺のギフトは、補佐系に特化しているし。ギフト。この国特有のものらしく、他国では聞かないらしいが。それが何故なのかは、学者というギフトをもらった人間に研究してもらうとして、俺は知らない。
解っている事は、この国に生まれた者ならば、神からギフトを授かるという事。ギフトは能力の一種と言える、らしい。そのギフトは、本人以外は両親と本人の兄弟が知っている。これも何故かは、知らない。だが、そのギフト次第で将来が決まってしまうのだから、厄介だ。大抵は割とざっくりとしたギフトだ。
例えば【職人】のギフトをもらった人間は、そっち方面の職業を選ぶ。
例えば、焼き物。例えば、武器。例えば、装飾品。例えば、宝石加工。例えば、庭師。例えば、建築。などなど。
これは、【職人】のギフトをもらった人間が、就いた職業。自分の直感で選ぶらしく、大抵の場合、努力を怠らなければ、その職で稼げる。
こういった具合に、ギフトは大抵ざっくりとしたもの。
だが、稀にそれ以外は無理だろう、と言いたくなるようなやけに具体的なギフトがある。それが特殊ギフト。
困った事に、俺の妹であるミッツェルカ・ドレインと妹分であるラティーナ・ガサルクが、その特殊ギフトをもらっている。
俺のギフトは、【支援】というもので、その特性は、人の支援を行う。だから俺の父親は俺の誕生を喜んでいた。何しろ父親のギフトも【支援】で、宰相を支えているのだから。対して妹は、特殊ギフトだったから、疎んでいた。妹の特殊ギフトが両親の役に立つようなものだったら良かったが、両親の役に立つどころか、貴族令嬢には何の役にも立たないものだった。
そのせいで、令嬢としての教育どころか、両親の愛情さえ向けられなかった。使用人に丸投げされて、妹は養育された。使用人達も主人に言われたから育てた、という義務感丸出し。ミッツェの名前からして、もう捨てられたようなものだ。ミッツェルカというのは、100年以上昔に実在したというドレイン家一族の男性の名だ。
それも、いつも借金をしていた、どうしようもない厄介者だった、らしい。
仮にも娘に付ける名前じゃない。
俺にも関わるな、と父親が言ったが、俺はそんなもん知らん、と思った。生まれた時に見た、小さな命に興味津々だったからな。それに多分、俺のギフト【支援】の勘が告げていた。ミッツェを愛する事は、俺の為になる、と。
そうして両親の目を盗んで、最低限しか関わらない使用人達の目を盗んで、俺は妹に会った。会う度に妹を可愛がった。良い事は褒めて悪い事は叱った。喋れるようになれば、舌ったらずな声で「にいたま」と呼ぶ声が擽ったかった。
そうして俺はミッツェに愛情を注いだ。ミッツェは真っ直ぐに育ってくれた。そしてミッツェは、そして俺も運命の出会いを果たす。我がドレイン伯爵家に遊びに来た、ラティーナ・ガサルク公爵令嬢だ。
俺の可愛い妹分である。ラティからギフトの事を聞いた時、決めた。ミッツェとラティは、俺が一生支える、と。2人も特殊ギフトを持つ人間に会うなんて、絶対運命だった。特殊ギフト持ちに会うなんて、5年に1度有るか無いかくらい、珍しいのだから。
それが、妹と従兄妹の2人。
この2人を支える事が、俺の天職だ、と俺は悟った。だから、妹から従兄妹と共に国外へ出る、と相談された時は、一も二もなく賛成した。すると妹は久々に、満面の笑みで俺を見てくれた。
可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。誰か俺に呼吸の仕方を教えてくれ。妹が可愛くて呼吸の仕方を忘れてしまった。ミッツェ! 俺は一生を賭けて、お前とラティの為に生きるからな! と、決意を新たにした。
そんなミッツェから、予知夢の話と、ラティがバカ王太子に婚約破棄をされる話を聞いた時は、妹の言葉なのに、イマイチ信じきれなかった。いやだって、ニルクはラティに惚れているから。婚約破棄なんぞ、するわけが無い。と思っていた。でも、やりやがった。さすがバカだ。どうぞ、愛するアンジュリー伯爵令嬢と生きていくといい。
お陰で、ミッツェとラティは国外へ出られる。自由を掴める。俺は思う存分、2人のお世話が出来る。万々歳だ。そんなわけで、とっととこのバカ王太子がやらかした出来事の後始末を付けて、俺は心置きなくドレイン伯爵家を出て、2人を追いかける事にしよう。
俺はミハイル・ドレイン伯爵令息。ドレイン伯爵家の跡取り。だけど、妹を蔑ろにする両親も家も必要無い。その後の事は、ドレイン伯爵たる父が何とかするだろう。貴族の義務を果たさない俺だ。その迷惑料として、後程稼いだら支払おう。
俺の家族は、ミッツェとラティだけだ。【支援】ギフトを最大限に活かして、愛する妹と妹分を全力で愛でてお世話しまくるぞ!
残念な男と見るべきか、妹達想いの優しい兄と見るべきか。どちらでもお好きな方で。次話は今日中に更新出来たら更新します。




