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武装少女と吸血鬼  作者: 黒いの
4 吸血鬼は吸血鬼を殺せるか
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2 歪み始めた三角形

 悠が所属しているのはSF研究部なるサークルである。入学したてでまだ右も左も解らなかった頃、サークル勧誘をしていた先輩に声をかけられ、話しているうちにあれよあれよというまに入部届を書かされてしまったという情けない経緯がある。どう考えても強引過ぎる行き過ぎた勧誘だったのだが、良くも悪くもいい加減で大雑把な性格だった部長は、「とりあえず覗いていけ。嫌になったら好きにやめるといい」とのたまった。よくよく聞いてみると、四月終了の時点で部員が五人に満たないと廃部になるという。書類を提出する四月末までとりあえずいてくれるとものすごく助かる、と頭を下げられては、まあ籍を置くだけならいいか、という気にもなる。

 そんな具合で情に絆されて籍を置いてしまい、せっかく入ったのだからと活動に参加してみると、活動内容は想像していたものと全く違っていた。悠は当然に、SF研究部の「SF」は「Science Fiction」の略だと思っていたのだが、実は「Self deFense」の略らしい。「空想科学」ではなく「自己防衛」だ。これでは想像と現実が百八十度違うのは当然だ。そして、その略し方はどう考えてもおかしい。空想科学に興味がある学生の勘違いを誘導してとりあえず入部届を書かせようという意図が見え透いている。

 ちなみに、そのおかしな略し方の罠に引っかかって入部してしまい、辞める機会を逸し続けているのが海人と秀一である。

 自己防衛について研究する、といっても、実際に護身術の実践をやるわけではない。むしろ、「現実に絶対起こらないとは言い切れないが実際に起きる確率は限りなく低い特殊すぎるシチュエーションでどう自衛するか」をひたすら妄想するという、部長の趣味全開の活動がメインだ。謎すぎる。

 その日部長が提示した議題は、

「通学途中の満員電車で男が男に痴漢されたら」

 だった。

 部長が熱っぽく語るのを、悠は話半分に聞きながら相槌を打っていた。活動日には毎回欠かさず顔を出す部長だが、サークルに熱心になりすぎるあまり、実は単位を落としまくっているという話を聞いたことがある。だが、「こんなとこで呑気にサークルなんかやってていいんですか」は絶対禁句。

「ハル君はそんなことになったら、意外と流されてしまうのではないかと思うのだが」

「失礼ですね」

 さすがにその評価には異議を唱えざるを得ない。

「そうはいうが、ハル君は意外とプライドが高そうだ。男が男にちょっかいかけられたなどと周りにばれるくらいなら、その男といい感じになって二人だけの秘密にして終わりにしようとするんじゃないだろうか。そして、めくるめく薔薇色の世界へ」

「やめてください」

 部長の危ない妄想を強引にストップさせる。

「そういう妄想はいりません。そういう特殊すぎる状況でいかに自己防衛するかを討議するんじゃなかったんですか。なんで積極的に流される方を想定してるんですか」

「それはそれで美味しいから」

 思わず先輩だということも忘れて殴りかかりそうになったところを、秀一が押しとどめた。

「からかっちゃだめですよ、部長。悠はちゃんと女の子が好きなんですから、そういう妄想は喜ばれないです」

「ふん。では、ハル君はどういう娘が好みなのか、言ってみたまえ」

「待ってください、なんでそんな話をしなきゃならないんですか」

「いいだろう、長い付き合いなんだ。恋バナぐらいしてみろ。ほれほれ」

「そういう話なら海人に聞いてください。あいつは今恋する乙女中ですから」

「何だと! というか、海人君は、今日は遅いな、どうした」

 部室には、悠、部長、秀一の三人しかいない。籍を置いているだけの部員なら、部長の強引な勧誘の甲斐があって、他に十人くらいいるのだが、ちゃんと参加しているのはこの三人にさらに海人を加えた四人だけだ。四人の中で部長に次いで賑やかな海人が欠けると、途端に活動が静まり返っているように感じるから不思議だ。

 どうしたんだろう、と三人で怪訝に思っていると、丁度部屋の扉が開いて、海人が入ってきた。

「お、お、遅くなりましたっ」

 いつになく海人は緊張した様子で、噛みまくっていた。すぐにその理由は判明する。海人に遅れて、部屋にもう一人、入ってきたのだ。

「し、し、し、新入部員ですっ!!」

「何だとっ!」

 部長ががたっと椅子を引いて立ち上がる。顔いっぱいに浮かべた歓喜の顔。部長と海人が二人して喜んでいる。部長は単純に部員が増えたことに対して喜んでいるようだが、海人は違う。海人が連れてきたのは、十和田茉莉だったのだ。

「十和田先輩」

「うふふ、出倉君に話を聞いたら、なんだか面白そうで。私も入ろうかなって」

 前に会った時と寸分の変わりもない綺麗な笑顔を浮かべ、茉莉はそう告げる。海人が顔を真っ赤にして喜ぶのもむべなるかな。

「十和田先輩が入ってくれるなんて、すごく嬉しいです。歓迎しますよ。これで男ばっかりのむさいサークルに花が咲きますね。紅一点ですね」

「ほう、海人君、今のは私に対する宣戦布告ということかな?」

 喜んでいた部長がころりと表情を変え、海人の首根っこを引っ掴んだ。部長が古風というか男勝りな喋り方をして、体に凹凸がなく、浮ついた話もなく、ガサツすぎるせいで、「ほんとに女かよ」と三人で噂していることについては、本人には当然内緒である。だというのに、海人は浮かれるあまり口を滑らせた。

「ちょっと来たまえ、海人君。部長の威厳というものを教えてやろう」

「えっ、ちょっと待ってください! あぁっ、十和田先輩!!」

 せっかくサークルでも愛しの先輩に会えたというのに、余計なひと言のせいで、海人は部長に連れられ、あえなく退場してしまった。「えっと、こんな感じで賑やかで楽しいところです」と秀一がすかさずフォローに入ったのは、さすがというべきだ。

 謎の議題の討論を進行すべき議長がいなくなったことで、活動は少し休憩という流れになった。秀一は今のうちに、と手洗いにたった。

 狭い部室に二人きりになると、茉莉は悠に笑いかけた。

「この前はありがとう、図書館で」

「え、ああ、たいしたことは」

 図書館で会ったのはもう一か月ほど前になる。改めて礼を言われるほど、特別なことをしたわけではない。律儀な人だな、と悠は思った。

「ねえ、サークルの後、一緒にご飯を食べに行かない?」

「え」

 さすがに驚いた。

「お礼がしたいから。奢らせてくれない?」

「そこまでしてもらうようなことじゃありませんよ」

「もう、ハル君ってば、女の子が誘ってるんだから、恥をかかせないでよ、ね」

「……」

 わずかに逡巡。

 まあ、一食分浮くからいいか、なんて軽い気持ちで、了承した。



 翌日、ばったり廊下で会った海人に、早速問い詰められた。

「お、お、お前っ、十和田先輩と昨日、一緒にご飯食べたんだって!?」

「! 先輩に聞いたのか?」

 わざわざ海人に告げ口しなくてもいいだろうに、と悠は嘆息する。もっとも、殊更に隠したてるつもりもなかったから、悠は正直に答える。

「ああ。少し前、図書館で会って……先輩が落とした本を拾ったから、そのお礼だって言われて。断りきれなくて」

「それは、そ、お、ぉう……」

 かくかくとぎこちなく奇妙な動きをしながら、海人は考え込む。それから、いつになく神妙な顔で、海人は告げる。

「ハル……実は今まで黙ってたんだが」

「うん」

「……お、俺は、十和田先輩が好きなんだッ!」

「…………」

 思わず溜息が出た。悠は海人の肩に手を置いて、諭すように言う。

「そんなこと、みんな知ってる」

「はぁ!?」

「俺も秀一も部長も知ってる。知らないのは先輩本人くらい」

「な、なんで知ってるんだ!? 俺、言ったか?」

「言われなくても解るよ。解りやすすぎ」

 まさか気づかれていないと思っていたとは。鈍すぎて呆れてしまう。そして、こんなにもあからさまなのに未だ海人の思いに気づいていない茉莉は、意外と鈍いのかもしれない。

「お前が十和田先輩に気があるのは知ってるよ。邪魔しようとは思ってない。むしろ、俺も秀一も応援してるから」

「じゃあ、お前は、十和田先輩のこと、どう思ってるんだよ」

「別に、どうとも。美人だとは思うけど、それだけ。俺は先輩のこと、そんなに知らないし。間違っても恋愛感情は抱いちゃいないから、安心しろよ」

「う……うぉおおお! 心の友よー!!」

 映画版ジャ×アンみたいな台詞を吐いて、海人は悠に抱きついた。男とハグする趣味はない上に結構痛かったので、すぐさま引きはがした。

「今の言葉、信じるからな! 嘘ついたら怖いぞ、蛇帯が出るぞ!」

「何だ、それは」

「嫉妬が帯に取り憑いて蛇の妖怪になって、首を絞めるんだ」

「もうちょっと普通のたとえをすればいいのに。針千本とかじゃ駄目なのか」

 民俗学専攻らしいたとえ話にいちゃもんをつけると、海人は少し愉快そうに笑う。

「そんなこといって、信じてないな? 俺は、やっぱり妖怪はいると思うね。蛇帯もいる。今は人間に紛れてるかもしれないが、今に見てろよ、あと二世紀くらいで『やっぱり妖怪はいた!』みたいな時代が来る」

「そんな先まで生きてねえよ」

 仮に海人の「予言」が本当だとしても、それを悠が確かめることはできない。そんな風に馬鹿真面目に言ってやると、「そんなこと解ってるって」と海人は不貞腐れた。

「ま、安心したぜ、悠。お前、結構顔いいし、十和田先輩も美人だしで、ちょっとお似合いっぽくて怖いなって思ってたんだが。そうか……興味がないか……あの美人に興味がないとなると、お前、もしかして、おと、」

「男にも興味はない」

 きっぱりと断言する。部長みたいな変な妄想をされてはたまらない。

「ははっ、冗談だって! じゃ、俺、そろそろ行くな。またサークルで」

 手を振って、海人は廊下を走っていく。廊下を走ってはいけません、などとは言わずに、悠は苦笑しながらその背中を見送った。

 悠の方は次の時間は授業がないので、図書館にでも行こうかと踵を返した。瞬間、どきりとした。

 目の前に、十和田茉莉が立っていたのだ。

「こんにちは、ハル君」

「十和田先輩……」

 同じ学部なのだから、校舎でばったり会ってもおかしくはない。それは解っている。しかし、たった今茉莉の話をしていたところなので、驚いてしまった。

「今の話、聞いてました?」

 海人が面と向かって告白する前に、こんな形で海人の気持ちを知られてしまったのだとしたら、海人に申し訳ないと思う。しかし、悠の危惧とは裏腹に、茉莉はきょとんとして、「話って?」と問うだけだった。

「いえ、なんでもないです」

「そう? ねえ、このあと、時間あるかしら?」

「……。すみません、この後は用事が」

 本当は特に用事などない。しかし、海人と話をした後すぐに茉莉と話し込んでいるのでは、海人に合わせる顔がないと思った。

「ほんの少しだけ。ねえ、話を聞いて」

「ごめんなさい、急ぎます。話なら、今日のサークルででも」

「他の人が聞いてちゃ嫌よ」

 茉莉の細い腕が唐突に伸びてきて、悠の手を握った。

「先輩、」

「あのね、ハル君」

 茉莉は微笑む。この上なく美しく微笑みかける。

「私、ハル君のこと、好きになっちゃった」

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