7 悪意の巣食う学び舎で
「『妖怪倶楽部』?」
小夜が問い返すと、間宮は神妙に頷いた。
「部員がまだ五人には足りないから、非公式な部だけど、顧問もちゃんといて活動を指導してくれる、ちゃんとしたところ。別に怪しい団体ってわけじゃない」
「怪しくないなら、なんで隠すの」
一度隠し事をした前科がある間宮に対して、涼子は冷たい声で糾弾する。
「俺たちの活動は、一言でいうと、妖怪への差別をなくそうっていうことなんだ。今の中学、高校って、生徒の誰かが妖怪だって解ったら即いじめとかに発展しそうな、そういう空気だろ? そういうのを失くしたいっていうメンバーが集まってるんだ。妖怪のためのコミュニティづくりをしてるんだよ。妖怪についての偏見をなくすために妖怪についての研究をしたり、情報共有したり、妖怪の相談に乗ったり」
「聞いてる限りだと、わりとまともっぽいことしてるんだね」
小夜は素直に感心する。そんな活動に宗平が関わっているということも、小夜には嬉しいことだった。
「だろ? 最終的には、もっと大々的に活動したいんだけど、今は非公式の部活だし、なにより、こういう活動は全員に受け入れられることじゃない。中には、妖怪なんか毛嫌いしてて、そんな話絶対だめ、っていう奴も、いるかもしれないだろ?」
「確かに、そうだね」
「俺たちの倶楽部には妖怪であることを周りに隠してるって奴がよく相談に来るんだ。そういうプライバシーにかかわる情報が漏れるとまずいから、倶楽部の存在自体を、あんまりおおっぴらにしないことにしてるんだ。変な奴が紛れ込むと困るから。倶楽部のことは、本当に信頼できる人にだけ教えていって、徐々に輪を広げていこう、ってことなんだ。だから、お前たちも、倶楽部のことは絶対内緒だからな」
間宮は強い口調で念を押す。
倶楽部のことを秘密にしていたのには、ちゃんとした理由があったらしい。少なくとも、間宮はなにかやましいことがあって隠していたわけではないようだ。
「じゃあ、国木田薺って三年の女子、知ってる?」
「ああ、知ってる。前に相談に来たことがあるよ。相談内容は、守秘義務があるから教えられないけど」
「それはいいわ。部員ではないの?」
「違う。正式な部員は少ないんだ。俺と、宗平と、二年の部長。それだけ」
「倶楽部はいつからあるの」
「発足したばっかりだよ。今の部長が、先生と話して立ち上げたんだって」
「今の顧問?」
「そう、教頭」
涼子がわずかに顔を曇らせる。
「あなたたちの入部の経緯は」
「五月くらいだったかな、宗平と一緒に話してたんだよ。妖怪だからって差別する高校の雰囲気がいやだとか、そういう感じの話を。丁度それを、部長が近くで聞いていたらしくて、勧誘された」
「……最後に質問。志麻宗平は、人間? 妖怪?」
小夜はどきりとする。気にならないと言えば嘘になる。だが、本人のいないところで、本人の秘密を他人から聞くのが、とてつもなく後ろめたいことに感じたのだ。
小夜はずっと宗平に正体を秘密にしている。もし宗平もそうだとしたら、宗平の秘密だけ勝手に暴いてしまっていいのだろうか。
しかし、小夜の迷いなど露知らず、躊躇いながらも間宮は答えてしまう。
「……あいつは妖怪だよ。その秘密をずっとあんたに言えなくて悩んでたんだぜ、時雨」
間宮が帰った後も、小夜は複雑な感情を抱いていた。
宗平も妖怪だった。自分と同じだった。それが、嬉しい。しかし、宗平がずっと秘密にしていたことを勝手に暴き立ててしまったことが心苦しい。
聞いてしまってよかったのだろうか。聞いてしまったものは今更悔いても意味はないのだが、それでも小夜はずっと考え込んでいた。
「小夜さん」
涼子に呼ばれ、小夜は顔を上げる。涼子は厳しい表情で、小夜をじっと見つめていた。
「知りたくなかったかもしれない。本人の口から聞きたかったかもしれない。でも、やり直しはできないわ。事件を解決するために、必要なことだったの」
「解ってる……解ってるんだけど」
「志麻君と話をすればいいのよ、小夜さん。謝るのも、自分のことを話すのも、彼を見つけることができればいくらでもできる。まずは、消えた志麻君を見つけることが最優先。そうでしょう?」
「……うん」
涼子の言うとおりだ。
悔いている暇も迷っている暇もない。これから何を為すにしても、宗平を見つけ出すのが大前提だ。
「全部、話す。宗君には全部話して、謝って、それからのことは二人で考える……それで、いいんだよね?」
涼子は優しく微笑んでくれた。あどけなさを残す顔、制服を着てしまえば高校生に見える少女、だが、やはり自分よりずっと大人なのだな、と小夜は思う。
「間宮隆の証言で、事件は妖怪倶楽部と関わっている可能性が高くなった。小夜さん、言ったわね、妖怪なのか人間なのか、そういう情報は、高校ではガードが固いって。そんな中で、おそらく妖怪の情報が一番集まっていたのが妖怪倶楽部よ」
「その部長って奴が、『相談に乗りまーす』って言葉で誘っておいて、情報を集めて悪用してたってこと?」
「そんな、酷い……」
「たぶん、白刀が言った通りでだいたい合ってると思う。妖怪倶楽部に関わったために、志麻君と国木田薺は、友達にすら言っていなかった自分の正体を明かすことになった。その情報が使われたんでしょう。ただ、今の時点では、黒幕が部長なのか顧問の教頭なのかは解らないわ」
「あ、そっか。部長は真面目にやってるけど、それを教頭がいいように利用してるって可能性もあるんだね?」
「そう。学校側の不審な対応を重ねて考えると、むしろそっちの可能性が高いくらいね」
「つ、つまり、こういうこと? 部長さんや間宮君、宗君は本当に妖怪のためにと思って活動をしていた。けど、教頭はそんな生徒たちに協力するふりをして、情報を悪用していた」
「おそらく。教頭が情報を頼りに実際に生徒に手を出したのか、あるいは情報を誰かに流して拉致させたのか、それは問い詰めてみないとだけど……これは悪質な妖怪狩りだわ」
「どうするの、涼子?」
「部長と教頭を問い詰める」
涼子は間宮から聞きだした妖怪倶楽部の活動についてのメモを広げた。間宮や宗平はサッカー部の活動があるため、放課後はもっぱらそちらに顔を出しているが、妖怪倶楽部の活動自体は、毎日放課後に行われているという。
場所は、特別棟二階、国語科準備室。
図書室を通り過ぎてさらに廊下を奥へ進むと、国語科準備室という部屋がある。国語の授業に何を準備するものがあるのだろう、と小夜が疑問に思うくらいなので、実際、準備するものなどあまりないのだろう。つまり、この部屋はほとんど使われていないのだ。強いて使うとするなら、国語の問題集などの荷物の一時的な保管場所としてくらいだろうか。
普通の教室の半分の広さしかないため、文化部の活動場所としても使われていない。それに目をつけて、勝手に妖怪倶楽部の活動スペースにしているようだ。
涼子が扉に手をかける。がたっ、とつっかかるような音がするだけで、扉は開かない。鍵がかかっているように見えるが、しかしそれは、無関係な人間が紛れ込むのを防ぐための仕掛けだ、と間宮は語っていた。
「ま、要は立てつけが悪いだけなのね」
夢のないことを言って、涼子は扉の下の部分を蹴っ飛ばした。それから扉を引くと、がたがたと不穏な音を響かせながらも、扉は横にスライドした。
「中に入ったら、閉めてくださいね」
すぐさま中から少年の声が聞こえた。涼子、白刀が中に入り、最後に小夜が入って、言われた通りに扉を閉めた。
奥の窓を背に男子生徒が一人座っていて、その傍らに、クールビズのご時世でありながら律儀にネクタイをきっちりしめている背広姿の中年男性が立っていた。
座っているのが部長で、立っているのが教頭ということだ。生徒の方は知らないが、教頭の方は集会などで何度も見ているので、小夜は顔を知っている。中肉中背で、眼鏡をかけた顔はなんとなく神経質そうな印象がある。名前は渕田だ。
生徒は見知らぬ顔であるはずの涼子たちにも驚くことはなく、歓迎するように立ち上がった。
「ようこそ、妖怪倶楽部へ。誰かの紹介かな。入部希望? それともご相談?」
「あなたが、部長さん?」
「はい。二年の長田雄平です」
「……で、顧問の教頭先生?」
涼子は視線をスライドさせて教頭を見遣る。教頭は、名乗るまでもないだろうという顔で、小さく頷いただけだった。
「ここへ相談に来た国木田薺さん、そして部員の志麻宗平君が謎の失踪を遂げている件については、勿論知っているわね」
涼子の問いに、長田は悲しげに顔を曇らせた。
「家出、だと聞いているよ。そんなに思いつめるほどの悩みを抱えていたと気付けなかったなんて、情けない話だ」
「長田君、君が責任を感じる必要はない」
渕田教頭が生真面目な顔でそう言って、長田の肩に手を置いた。
その二人の態度を見る限りでは、どちらも後ろ暗いことがあるようには、小夜には思えなかった。しかし、涼子は相変わらずの厳しい顔である。
「悪いけれど、茶番に付き合う気はないの」
涼子はいきなり爆弾を投げつけた。長田と渕田が怪訝そうな顔になる。
「二人の失踪は家出なんかじゃない。ここの倶楽部から、彼ら二人が妖怪であることが漏れた。そのせいで、二人は誘拐されたのよ」
「誘拐、だって?」
長田が気色ばむ。渕田は無表情だ。
「単に妖怪を撲滅したいのか、それとも金目当てなのか。なんにしても、この中に情報を漏らした元凶がいることは間違いないの」
「……何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい」
渕田が肩を竦め、乾いた笑いを浮かべた。
ゆったりとした足取りで涼子の方へ歩み寄りながら、渕田は諭すように語る。
「ここは妖怪であることで悩みを抱えている生徒たちのための場所だ。妖怪に関する情報は極秘事項。情報漏洩がないよう、個人情報は厳重に管理しているし、まして、誰かが故意に情報を流しているなど、ありえない」
渕田の意見に、長田も力強く頷く。
すると涼子は、あからさまに馬鹿にしたような笑みを浮かべて、渕田に言い放った。
「教頭先生、そういうイイ台詞は……懐にスタンガン隠して言うものじゃありませんよ?」
直後、渕田は人が変わったかのように目を剥き、豹変した。




