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白いスリッパ

作者: 青崎衣里

友人から「スリッパ」のお題をもらって書いた1200文字小説です。



 その日、最初に訪れた現場はずいぶんと古びた木造二階建てのアパートだった。


「外階段の手摺は養生しなくても大丈夫なんすか?」

「でかい家具や家電がないからいけるだろ」

 相当荷物が少ないらしく、派遣されたのは三宅先輩と俺の二人だけだ。まずは揃いのツナギの尻ポケットから会社支給の白いスリッパを出して部屋に上がる。段取り確認のため実際に荷物を目にすると、家具も家電も必要最低限で、予想以上に質素な部屋だった。


「こいつだけは二人で運んだ方がいいな。アキラ、そっちの角持て」

「はい」

 先輩に言われるまま腰を落とし、洗濯機の角を持つ。コンパクトサイズだから一人でも持てそうだけど、外階段は注意が必要だ。

 でもその他は冷蔵庫も一人で抱えられるサイズだし、テレビやタンスもない。ベッドもなくて布団が一組。家具はプラの衣装ケースやカラーボックスがいくつかあるだけ。引っ越しのバイトを始めてからいろんな部屋を見てきたけど、年金暮らしの年寄りならともかく、どう見ても若い奴が住む部屋じゃない。

 玄関先に所在無さげに突っ立っている家主をチラリと横目で捉え、俺にはこの生活は無理だなぁと内心でつぶやいた。


「こいつは俺が運ぶから、おまえはあっちな」

「了解ッス」

 次に冷蔵庫を抱えて出ていった先輩に続き、俺もカラーボックスを両手で掴む。そのとき白いスリッパがちらりと視界の端を横切った。


 ああ、またか。


 声をかけようか一瞬迷ったが、話し声に惹かれて玄関先に視線を移す。すると、一人の爺さんが家主と廊下で話し込んでいた。

「まさかこんなに長く住んでくれるとは思わなかったよ。おかげでようやく事故物件の看板を下げられる」

 おいおい、古いだけじゃなくて、ここ事故物件だったのかよ。そんなとこによく住んでたなぁと呆れながら、彼らの横を通りすぎる。

「入った次の日には半泣きで出ていく人ばっかりだったのに、ほんとに何ともなかったの?」

「最初のうちは夜中に変な音がしたり人の気配があったんですけど、そのうち聞こえなくなったんで、どこかよそへ行ってくれたのかもしれませんね。おかげで弟の学費を工面できました」

 なるほど。訳あり格安物件で節約生活を送る理由がちゃんとあったわけだ。俺は密かに頷きながら階段を下りていった。

 少ない荷物は数回往復するだけで全部軽トラに収まった。


「じゃあ俺は車回してくるから、書類にサインもらっといて」

「はい」

 最終確認で部屋を覗くと、まだ奥の方で動いている白いスリッパが見えたので、「これで作業完了です」と声をかけて家主にサインをもらった。あとは数キロ先の新居に荷物を運び入れるだけだ。

「さっきの部屋、事故物件だったらしいッスよ」

 ミラー越しに白いスリッパが荷台に乗るのを見届けながら、先輩に告げる。

「マジか。おまえ何か気配感じた?」


「いや、()()()()()()もういないみたいッス」

 俺が現場でときどき見かける白いスリッパのことは、まだ誰にも話していない。




よろしかったら、また次も覗いてみてください。

お待ちしております。

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