最後の日
ロルフとメノーテに結婚の許しを得たキアラとセオドリクは、エルフの里に戻ると早々に夫婦になることにした。
かといってエルフの世界に結婚式というものはなく、二人で湖の畔に出かけ、地面に穴を掘り種を埋める。
これがエルフにとっての婚姻の儀式だ。
特別な名のないその種は成長が早いだけでなく何千年もの寿命があり、結ばれた二人を永遠に見守ることになる。
「木に見守られるなんて、なんだか不思議な感覚です」
「人の世界の結婚はすごいよね。人がたくさん集まってお祭り騒ぎだ。エルフは親子であっても成人したら放置っていうのかな? あまり関わらないからさ。沢山の人に祝福されないとキアラは寂しい?」
「そんなことありませんよ」
笑ったキアラは焦げ茶色の土を叩いた。
この下にキアラとセオドリクが夫婦になった証明である種が埋まっていて、明日には発芽し、ある一定の大きさになるまで急成長した後、成長速度が落ち着いてゆっくりと巨木になって行くのだ。
キアラの寿命では巨木になった木を見ることはない。けれど二人が過ごしたその先も思いの形として世界に残り続けるのだと思うと、感慨深く、そしてまた不思議な気持ちになった。
「先が短いと言われていた母も元気そうでした。セオドリクさん自身は何もしていないっていうけど、エルフが自然にお願いするって力は本当に不思議です」
病の進行は止められないが、体を蝕む速度は確実に落ちているだろう。メノーテは顔を合わせる度に元気になっている。すべてセオドリクのお陰だ。
「キアラ――」
名を呼んだセオドリクが土に置いたキアラの手に大きな手を重ねる。
「目を閉じてゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐いてごらん。それから掌に集中して」
言われた通りにすると掌に波打つような感覚が伝わって来た。
「地面が……奥の方です。なんだか生きているみたい」
「僕たちが埋めた種が脈動しているんだ。これから僕たち二人の未来が始まる」
「こんな未来があるなんて――」
魔力なしは戦場で死んでいくのだと思っていたのに、セオドリクとの出会いがキアラの人生を大きく変えてくれた。
「好きな人と生涯を共にできるなんて思ってもいませんでした。全部セオドリクさんのお陰です。戻って来てくれて本当にありがとうございます」
「うん。僕も君と人生を歩めるなんて思わなかった。僕を連れ戻してくれてありがとう。絶対に幸せになるよ」
「なります」
力強く答え、決意したが、きらきらと輝く瞳に見つめられていると心が穏やかにしかならない。
「キアラ、大好き。愛してる」
「わたしもです」
どちらからともなく顔を寄せると唇を重ねた。
幾度かついばみ、抱き合って土の上にころんと寝転ぶと、額を寄せて見つめ合う。
「この幸せは永遠に続くよ。絶対に」
セオドリクはキアラに幸せしか齎さないと宣言した。
この言葉が嘘にならないことをキアラは知っている。
それからしばらくしてキアラは身籠り、元気な男の子を出産した。
産まれた赤子を祖母になるメノーテに抱かせることもできたし、その時が来たとき、キアラは母を看取ることも叶った。
セオドリクはヴァルヴェギアのために一度だけエルフの里を一人で離れることがあったが、その時以外は常にキアラの傍らにいて、時々人の世界に二人で顔を出し、歳を重ねるごとに老いていくキアラに変わらぬ愛を注ぎ続け、キアラも心からその愛を受け止め続ける。
混血になった影響もあるのかもしれないが、他人に興味がなく滅びるだろうと噂されるエルフの世界で、キアラとセオドリクの間には八人の子供が生まれた。
男女入り乱れた子供たちの明るい声に、家族を愛してやまない親たち。しかし子供らに言わせると、父親の母に捧げる愛情は自分たちの比ではないと後々語っている。
子供たちが巣立ち、人では特別なほど長く生きたキアラだが、エルフの里で影響を受けているにしてもやはり人としての寿命には抗えない。
その日が来て、皺だらけになった細い手を、瑞々しい美しい夫の手が愛おしみ、なによりも大切そうにして頬にすり寄せた。
「キアラ、待っていてね。僕もすぐに行くから」
「ありがとう。セオドリクさん」
二人して笑顔で涙を零す姿に、集まった子供たちは口を挿むことができなかった。
最後の別れに母親に触れようとするも、「ここからさきは僕だけのものだから」と美しい父親はまだ温もりの残るキアラを抱いて湖の畔に向かう。
大きく育った木の根元に穴を掘ると絹布で包んだ妻を横たわらせ、セオドリク自らもその傍らに身を寄せて土をかけるとそのままで幾日か過ごした。
幾日か後、父親の声を聞いた長子が木の根元に向かうと、何十年と愛し続けた妻を硬く抱きしめたまま、枯れ枝のようになって朽ちている父親を見つける。
長子は黙って土をかけると、最後に白い野の花を二人に捧げた。
~おわり~




