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宝物になる日  作者: momo
本編
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ご挨拶へ



 初めに結婚しようと言ったのはキアラだが、セオドリクといられるなら形に拘りはない。しかしセオドリクは違うようで、人の世界に行くのを渋りながらも、キアラの母や兄であるロルフに「結婚の許しは得ないと」と時折呟き、なにやら難しく考えている節が窺えた。


「エルフの世界では年長者のおっしゃることは大切にされるようですが、セオドリクさんが望まないことをわたしも望んだりしません。このままではいけないのですか?」

「キアラは一生お母さんとハウンゼル殿に会えなくても平気?」

「そうですねぇ……」


 セオドリクに繋がる手がかりを失いたくなくてキナーシュの手を取った時、キアラには生まれ育った世界はどうでも良い物になっていた。

 人の世界にはキアラを想い、命を懸けて守ってくれた家族がいる。残された二人に生涯会うことができないのは辛いことだが、それでも天秤にかけるなら間違いなくセオドリクに傾く。


「情が薄いのでしょうか……」

「そうではなくて、キアラはあきらめるのが得意過ぎるんだよ」


 溜息を吐いたセオドリクは胸にキアラを抱き寄せると、更に一つ二つと息を吐き出した。


「明日ご挨拶に行こう」

「セオドリクさんが嫌なのにですか?」


 嫌がっているのは明らかなのに無理をさせたくなかった。


「けじめはつけたい。キアラの大切な人と縁を切らせたくないし、里帰りしたければいつだってさせるつもりでもいるんだ。でもさ、何ていうか……その……君の心は疑ってないけど、王太子が君を好きなことが嫌なんだ」

「カイザー様ですか?」


 湖でも言っていたが、カイザーとキアラの縁は切れている。過去は確かに好きでたまらない人だったが、セオドリクはそのことを言っているのではないようだ。


「カイザー様はアデリナ様とご夫婦になったんですよ?」


 それがヴァルヴェギアのためだったとしても、カイザーは異国から嫁いだ妻を蔑ろにするような人ではない。セオドリクが案じるようにもし万一にでもキアラに気持ちがあったとしても、絶対に行動などしない人だとキアラは信じているし、キアラに自由だと言って悔いのない人生を歩むよう背中を押してくれたのだ。

「愛してくれてありがとう」と感謝し頭を下げたあの日に、カイザーとキアラは心に決着をつけて別々の道を新たな気持ちで歩くことになった。苦しい別れではなかったのは、キアラの心にセオドリクがいてくれたからだと教えても、セオドリクは眉間に皺を寄せて美しい顔をさらに美しく苦悶にゆがめている。


「あきらめたのも知ってるし、今後手を出さないことも知ってる。でも王太子がキアラを女性として愛した過去が嫌なんだ。過去はどうしようもないって分かっているけど、キアラと心を通わせた記憶は僕だけが持っていたい。だから王太子の記憶をキアラに恋した部分だけ綺麗さっぱり消せないかと考えていたんだけど、そんなことして目が合った途端にキアラに惚れちゃうってことが有り得ることを想像すると出来なくて……」

「記憶を消す――」


 そんなことができるのだろうか?

 人の記憶を操るなんて恐ろしいことを美しくも子供っぽいエルフがやってのけるのだとしたらとても危険だ。

 

「記憶を消すようなことができるのですか?」


 慎重に伺うと、セオドリクはキアラの緊張には気付かず「できないよ」と答え、キアラはほっと胸を撫で下ろした。


「できないから記憶を消す魔法を作ろうかなって思ったけど、ちょっと難しそうでさ。本格的にってなると一人で考えないといけないから、そうするとキアラと離れちゃうでしょ? そんな苦行耐えられないよ」

「人の記憶を消すなんて絶対に駄目です。いけないことですからしないで下さい。それにわたしもセオドリクさんと離れたくないですからね!」


 離れないでと抱き締め返すとセオドリクは何故だか感極まったようで、キアラの名を呼んでぎゅうぎゅうと骨が軋むほど抱き締めたあと、唇以外の場所に執拗と思えるほどキスされまくった。

 

 その翌日。

 渋っていたのが嘘のようにセオドリクは人の世界へとキアラを連れて行ってくれる。

 真っ先に向かったのはラシードの執務室。

 そこにはラシードと共にロルフもいたのだが、突然姿を現した二人を前に驚き、二人して目を丸くしていたが、すぐに落ち着くと席を勧められ、遠慮なく腰を下ろしたセオドリクは立ったままでいようとしたキアラの腰を引っ張って迷いなく膝の上に乗せてしまった。

 人前でとんでもないとキアラは膝から飛びのいたが、セオドリクの腕が強い意志でがっしりとキアラの腰に絡みついている。そうして人目もはばからず、二人の時のようにべたべたべたべたと纏わりつき、呆れたラシードが溜息を吐きながら制止を促してくれた。 


「セオドリク、少しは遠慮しろ。ここにはロルフがいるのも見えているのだろう?」


 人前での過剰すぎるスキンシップに真っ赤になるキアラも同じく思うが、長椅子に深く腰掛けてキアラを抱き寄せ、人目もはばからず頭や額、耳やら目元に頬にと……唇以外の場所に唇を押し付けるセオドリクはどこ吹く風でキアラへの溺愛を隠しもしない。


「冗談はやめてよ騎士団長。僕がキアラを大好きで、命よりも大切で片時も離れるのが嫌で、他の男なんかに絶対に渡さないのを知って喜ばない義兄なんているわけないよ」


 セオドリクが自信満々にキラッと輝きを放ち満面の笑みを浮かべると、ラシードとロルフは二人同時に顔を逸らして「うっ」と唸ると口元を覆った。


「それに騎士団長の瞳にキアラがとらわれるのも嫌なので、そんな暇がないように僕に意識を向けたくてね」


 ラシードとカイザーは同じ翡翠色の瞳だ。

 かつてはそこに恋した人を垣間見たが、今のキアラは現実逃避とばかりに遠くへ視線を馳せている。


 キアラはセオドリクが嫌なら母や兄、そして世話になった人たちへの挨拶はしなくていいと思っていたが、こうなってしまうと別の意味でしたくなかったように思えてしまうのであった。




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