発熱
熱い息を吐いたキアラは涼をもとめ、だるく動きの悪い腕を大きな寝台に敷かれたシーツに滑らせた。
つい昨日までここに横たわっていた美貌のエルフは、キアラの動きを確認すると心配そうに眉を寄せながらも、どことなく楽しそうな雰囲気を滲ませて甲斐甲斐しく世話を焼こうとしている。
「体を冷やす薬草をすりつぶしたんだ。蜂蜜を入れたけど苦いと思う。でも楽になるから口を開けて」
干上がった湖底のように枯れ果てていた姿はどこにもない。セオドリクは美しい姿を取り戻し、穏やかで優しい笑みを浮かべていた。
瞬きひとつの間に美貌を取り戻したセオドリクの後ろには、双子と見紛う彼の父キナーシュと、女神のように美しい母ララリアが同じく笑顔でキアラを見下ろしている。
「私たちはもう行くよ。どうかゆっくり休んで、元気になったらセオドリクと訪ねておいで」
「息子を助けてくれて本当にありがとう。わたしたちはセオドリクの生き方を尊重するし、人であるあなたのことも受け入れるわ。大切な息子の愛する人だもの。本当にありがとう」
キナーシュとララリアはセオドリクの死を受け入れていた。真実の相手を失ったエルフが生きながらえることはないとされる理の中で、死は自然の成り行きだと理解していたからだ。
しかしキアラはそれを覆し、セオドリクを呼び戻したのだ。
この結果はセオドリクにとって真実の相手が生きていたからこそではあるが、二人は大変喜んでいる。
しかし自分が一番というエルフの性なのか、死の境を脱したことを喜びはしたものの、いつまでもこの場に滞在するつもりはないらしい。
良くなったらそれでいい。あっさりしたもので、二人は早々に住処に戻るという。
対するキアラは目を覚ましたセオドリクに抱き付いて一通り泣き喚いた後、泣き過ぎて嗚咽しか出なくなり、そのまま高熱を出して倒れてしまった。そうしてセオドリクと入れ替わり、寝台に横にされているのである。
二人はあっさりと帰路につき、残ったセオドリクが甲斐甲斐しくキアラの世話を焼く。
熱が上がるとぼんやりして眠ってしまうが、時々こうしてセオドリクが熱さましの薬を飲ませてくれるのだ。
「キナーシュさんとララリアさんは?」
「昨日帰ったよ。キアラもちゃんと挨拶したけど覚えてない?」
「ああ、そういえばそんな気も――」
熱のせいでぼおっとしていてきちんと覚えていない。二人はキアラをエルフの世界に招き入れ、セオドリクとのことも認めてくれたエルフだ。きちんと挨拶がしたかったと吐息を吐くと、「両親はキアラを認めてくれてるよ」と言いながら、氷で冷やした布を額に当ててくれる。
「セオドリクさんは大丈夫なんですか?」
元気そうに見えても朽ち逝こうとした肉体だったのは確かなのだ。何かしらの後遺症や体に異変があってもおかしくない。
心配するキアラにセオドリクは「どこもおかしくない、大丈夫だよ」と笑って答えてくれる。
「不甲斐なくてごめんなさい」
昨日まで生死の境にいたセオドリクに看病させているのが申し訳なくて謝罪の言葉が出る。するとセオドリクは穏やかに美しい笑みを浮かべて首を横に振った。
「キアラが辛いと僕も辛い」
少しもそのような表情ではなく、どちらかというと嬉しそうだが、熱のせいでそう見えるだけなのだろうか。
「本当にごめんなさい。でもセオドリクさん、何だか楽しそうにみえます」
「それはっ、その……だってキアラが僕を愛して呼び戻してくれたから。想像もしなかった奇跡を起こしてくれたんだから仕方がないよ」
とても嬉しそうにきらきら輝く笑顔のままセオドリクが顔を寄せる。そうしてキアラの額に己の額をぴたりと合わせると、目を閉じて感慨深げに息を吐いた。
「夢よりも幸せな世界が触れられる場所に、こんなに近くにあるなんて。想像したよりもずっとずっと幸福なんだ。ねぇキアラ、今の僕は君が知るどの僕よりも美しく輝いて生命力にあふれているはずだよ。君に愛される事実がそうさせるんだ」
キアラがセオドリクをとても深く愛しているのは事実だ。だからこそ今があるのだが、輝きを放つ美しすぎるエルフが目前に迫って恥ずかしいことをさらりと言ってのけるので、見慣れている筈なのに恥ずかしさとこそばゆさを覚えて身をよじって逃れると、同じ寝台にごろんと横になったセオドリクがひんやりとした己の体にキアラを抱き寄せてしまう。
「キアラは僕の宝物だよ。二人して同じ土にかえって永遠に結ばれるんだ。キアラが熱で苦しんでるのは辛いんだけど、側にいて看病できる喜びが苦しみを凌駕しちゃってるんだよ。キアラ、本当にほんとに大好き」
すりすりと頬ずりされて、急激なスキンシップに混乱したキアラは熱が一気に上がってしまう。浮かれたエルフは蒼白になって看病に勤しむことになった。




