結婚して下さい
変わらない様子のセオドリクに抱き付くと、新緑の香りがして懐かしさに涙が溢れてしまう。
「えーっと。どうしてキアラはここにいるのかな。これって夢の続き……でもなさそうだし。ここってエルフの里の僕の家だよね。あ、父さんと母さんもいる。えー、何で? 王太子はどうしたの?」
戸惑うような声が耳に届いて、キアラはかっとなり涙を流しながら怒りの表情でセオドリクを仰いだ。
「セオドリクさんが悪いんです!」
「えっ、僕のせい!?」
悪いのはセオドリクだけではないと分かっているが、肉体が渇いた湖底のようにひび割れ、今まさに風化しようとした様を目の当たりにしていた身としては、瞬きの間で元通りになったかと思うと、大きなくせに何もわからない子供のような物言いをするセオドリクに腹が立ってしまい、キアラはセオドリクの胸を拳でどんと叩く。
「わたしの話も聞かないで勝手に解釈して、自分の言いたいことだけ言って消えてしまうなんて。わたしだって自分も悪いって分かってる。だけどセオドリクさんもあんまりじゃないですか。わたしのことが好きなら奪い取るくらいの気概を見せてくれたって良かったのに。不貞行為を偽装して身を引くなんて。身を引く前にわたしの告白を聞いてくれないからこんなことになってしまったんですよ!」
本当に八つ当たりなのは分かっていたが、朽ちて死んでしまう寸前だったセオドリクが、まるで何もなかったかのように瞬き一つの間で元の姿を取り戻した。
これはとても良いことだけど、会いたくて世界中を探し回って、エルフの破滅を目の当たりにした身としては、呑気に口を開いたセオドリクを罵らずにはいられない。
それなのにセオドリクは何もわからないとばかりに、輝く瑠璃色の瞳を丸くして、口をぽかんと開けてキアラを見下ろしているではないか。
「えっと……僕は君を幸せにするためにそうしたんだけど、それはキアラのせいじゃないから、責任を感じる必要はないよ。告白を聞いてからって、それは流石に無理だったな。真実の相手から王太子とののろけ話なんか聞きたくないんだけど……」
口籠ったセオドリクは嫌そうに視線を外したが、そうはさせないと、キアラはセオドリクの頬を両手で包み込んで鼻先がつくほど顔を寄せた。
「わたしもセオドリクさんが好きって言いたかった」
「え?」
セオドリクは瞳を瞬かせたが、ゆるく首を振ってから一つ溜息を吐いた。
「僕の好きは君が王太子を好きな気持ちと同じなんだよ。友達だって言ったけど、命を結ぶ夫婦になりたいって気持ちの好きなんだ。人には理解するのが難しいかもしれないけど、真実の相手から友達として好きって言われても傷つくだけだよ」
「わたしはセオドリクさんが好きです。死なせてしまうって分かっていても、一緒にいたいと願う好きです。前にセオドリクさんは、僕を好きになればいいって言いましたよね。それが現実になってしまったと言えば分かりますか?」
「それは――」
セオドリクは息を呑んで固まってしまったが、キアラはセオドリクの頬を包んだまま、鼻を突き合わせて告白を続ける。
「なのに消えてしまうから。わたしの話なんて聞いてくれずに、勝手に色々やって消えてしまったから。どれほど辛かったか分かりますか。わたしはエルフのように土にならないけど、胸が潰れて怖くて悲しくて、苦しくて後悔ばかりしてました」
ずっと会いたかった。
こうやって触れて、好きだと言いたかった。
瑠璃色の瞳で見つめて欲しかった。
ほかにももっと、願う望みは尽きない。
「わたしは身を引かない。わたしのせいでセオドリクさんが短い生涯しか送れないと知っても絶対に身を引きません。ごめんなさい、許してと謝ります。だからどうか一生わたしの側にいて。お願いです。わたしと結婚してください!」
涙を流して求婚する目前で、セオドリクの白かった顔が瞬く間に赤く染まる。言葉を失くして口を開いたり閉じたりしたかと思うと、逃げるように顔を背けて口元を手で覆った。
「どうしよう、嬉し過ぎて死ぬ。いや、絶対に死なないけど死んじゃいそう。これって夢? 僕は身勝手な夢を見てるのかな?」
夢なのかと自問自答するセオドリクの頬を、キアラはめいっぱい力を込めてつねった。
「あたたたたたたっ、痛い痛い、キアラ痛い!」
「これは現実です。わたしの告白を夢で終わらせないで!」
「ごめん、分かった。夢だと思ったけど現実だよ。痛い痛い、分かったから手を離してつねらないで!」
キアラはセオドリクをつねるのを止めると、頬を押さえて痛みに耐える彼の膝から降りて佇まいを直し、正座をして硬い表情で返事を待つ。やがて頬を撫でていたセオドリクも意味に気付いて同じく正座をして膝をつき合わせた。
「この身が枯れ逝くまで、枯れ逝き土に返った後もキアラを愛してる。キアラ、僕の真実の人。僕と結婚してください」
真面目な顔で、つねられた頬を赤くしたまま、絶世の美貌のエルフが頭を下げた。
しゃらりと銀色の豊かで長い髪が肩をすべり、キアラの膝に落ちると、キアラは胸をいっぱいにして、止まっていた涙を再び溢れさせ、「お受けします」と叫ぶように答えてセオドリクに抱き付くと、長い腕が受け止めてしっかりと包み込んでくれた。




