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宝物になる日  作者: momo
本編
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目覚めの日



 手掛かりに縋ってセオドリクに辿りついたキアラだったが、あまりにも無力だと痛感する。

 これは魔力があるかないかの問題ではなく、種族の違いということが大きな点なのだろう。

 人なら魔法を使って癒すことも可能だが、魔法に長けたエルフたちは、自然の流れに身を任せているせいか、そもそもが無理なのか分からないが、セオドリクの両親はこの状況を打破する策を持ち合わせていない。

 キナーシュが人の世界に姿を現したのは、息子を貶めたキアラに同じ苦しみを与える復讐のためだったが、誤解はすぐに解けた。

 彼がキアラをエルフの里に連れて来たのは、愛する息子に穏やかな環境を作りたかったからだ。キアラの望みとは違う。


 キアラはセオドリクに自身の本当の気持ちを知って欲しい。

 しかし今のセオドリクは、望むままの夢の世界で幸せなのだと言われて、キナーシュとララリアは安寧しか望まない。

 セオドリクも同じく、夢の世界に相応しくない言葉をかけられると、体全体で拒絶してもがき苦しむ。

 だからキアラは偽りの言葉でセオドリクに話しかけるのだが、セオドリクの穏やかな死に向けてそれにふさわしい言葉を発していると、心の奥にぬかるんだ泥が貯まるような感覚しかしない。


 心から愛する真実の相手を失うと朽ち果て自然に返る。

 それがエルフの理だとしても、どうしても悔しい気持ちがぬぐえなかった。


 確かにキアラはカイザーを愛していた。心から愛して、けれど身分の違い故にあきらめるのが当たり前だと分かって受け入れていた。その結果、当然ではあるがカイザーは相応しい妻を得るためにキアラと別れ、辛いことだったがキアラもそれを受け入れたのだ。

 対してエルフであるセオドリクとは種族が違う。人の理とは異なる世界で生きているセオドリクが、キアラと心を繋げても長く生きていけないのはよく分かった。キナーシュやララリアが望んだように甘言を囁くことがセオドリクのためになるのかもしれない。


 それでもだ。

 それでも、キアラはどうしてもセオドリクともう一度話がしたかった。

 屈託なく笑う彼の笑顔がみたいのだ。

 もう一度ではなく、幾日も長い時を一緒に過ごして、きらきらと輝く無垢な少年の如き瑠璃色の瞳を向けて欲しいのだ。


 眠るセオドリクが受け入れるのは、キアラがカイザーに愛され幸せに生きている夢。それ以外の言葉は受け付けてくれない。

 それならと、キアラは不自然ではないように言葉を選んで話しかける。するとやがて反応が返ってきたが、現実に生きる世界に引き戻せるほどの力はなかった。


 部屋に入り込んだ風がセオドリクの欠片を攫う。恐ろしくて窓を閉めても、「これではセオドリクが穏やかに逝けない」と言って窓を開かれた。

 息子が死ぬのだから、キナーシュとララリアだって心から悲しんでいる。しかし朽ちて行くのは止められない。それなら自然に返るのがエルフの定めと、その瞬間まで美しい夢を見続けさせてやりたいとの親心だ。

 どうにもできない状態を黙って見ているしかないキアラは苦悶にもだえ、朽ち逝く肉体を前にしてどうにもできない苛立たしさと苦しさ、悲しさからついに禁じていた言葉を叫んでしまった。


「セオドリクさんと生きたい・・・・からです!」


 カイザーとの未来を頑なに勧め続けるセオドリクに苛立ったのかもしれない。一緒にピクニックに行く夢を語れば否定されて、カイザーに相手をしてもらえと言われてしまった瞬間、セオドリクの頬がぼろりと剥げ落ち、その光景を目の当たりにしたキアラは蒼白になって「セオドリクと生きたい」と叫んだ。


「駄目だよキアラ、人間の男は嫉妬深いんだ!」


 キアラの声にセオドリクが否定の声を荒げる。

 その日からセオドリクの肉体は急速に朽ちて行き、ついには呼吸音の一つも聞こえなくなってしまった。


「いやよ、嫌。セオドリクさん、お願いだから死なないで!」


 泣き縋るキアラの背をキナーシュが撫で、「これがエルフの生涯だ。どうか優しい言葉をかけてくれないか」と説得される。


「お願いだから、セオドリクが望むままの言葉を。人の世界で幸せなのだと言ってあげて」


 泣きながら懇願したララリアの言葉にキアラは首を横に振った。


「嫌です、セオドリクさんの前でこれ以上嘘を吐かせないで!」


 キアラは崩れ落ちていく欠片を留めるため、寝台に乗り上げてセオドリクに跨ると、ぼろぼろになった土色の頬を掌で大切に包み込んだ。

 

「お願い、もう崩れないで。セオドリクさん、お願いだから息をして。お願い、息をして、逝かないで――」


 大切な人の死を前に動転しているキアラは、ほとんど原型をとどめない唇に己の唇をあてがった。

 息を吹き込み、逝かないでと懇願し、幾度となくそれを繰り返していると、何か聞こえたような気がした。

 唇を離せば、キアラから零れ落ちる大粒の涙が、セオドリクの白く濁った瞳に零れ落ちて行く。


「嫌だ、死なないで。お願いですから一緒にいて。わたしの真実もセオドリクさん、あなたなんです」


 セオドリクに跨ったまま、嗚咽を漏らし、ぼろぼろと涙を流す。視界は自分の涙のせいで揺らぎ、見えないのが怖くて涙を拭うと、見下ろしたその人の瞳は瑠璃色だった。


「――え?」


 一瞬、キナーシュに跨っているのかと思ってしまったのは、艶やかな肌に整い過ぎたかんばせと、輝く瑠璃色の瞳があったからだ。それらを取り囲むのは、宝石をちりばめたかに輝きを放つ銀色の豊かな頭髪。

 眼下に広がる光景が瞬きの間に様変わりしていた。


 大きくて節のある手が伸び、キアラの頬に触れる。

 がさがさしていない、亀裂のない、真っ白な、節のある指先が戸惑うように触れた。


「あれ? 僕、何かまちがえた?」


 場にそぐわない言葉と声色は、キアラの知るエルフのものだ。

 なんてことだろうと、キアラの止まっていた涙が再び一気に溢れ出す。


「大間違いです!」


 そう叫んで、キアラは優しい香りがするその人に抱き付いた。




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