愚痴エルフ
キアラとセオドリクは執務室を後にすると、多くの人目につかない、けれど全く人目がないわけではない場所を選んで、人一人分の距離を開けて石造りのベンチに腰を下ろした。
キアラはここまでセオドリクの姿を視界に捉えないよう俯いていたが、同じベンチに並んで腰を下ろしたことで顔をあげて正面を見据える。
その様子にセオドリクは小さく溜息を落とすと、長い足を組んで膝に肘を乗せ、美しく長い指をすっきりとした細い顎につけた。
「君には僕の本当の姿が見えてるんだよね?」
「そうですね。エルフ族なんて初めてです」
「僕って直視できないほど綺麗?」
「はい、恐ろしい美貌です」
正直に答えるとセオドリクは再び溜息を落として「やっぱりそうか」と項垂れてしまった。
長い銀色の髪が肩から流れ落ちて横顔を隠す。
陽の光の下で銀色の髪は青みを帯びて輝いていた。
「あの、すみません。容姿のせいで直視できないなんてとんでもない失礼なことを……」
「それはいいんだ、エルフだから綺麗だってのは分かっているから。でも僕らはこれが普通なんで、人に与える影響というものを実感して。今は衝撃を受けているだけだよ」
人に紛れるには人の姿を取るしかない。
エルフとは人の中に存在するだけで、錯乱すらさせる美貌をもっているのだ。術を使って姿を偽っているのも、悪いことを考えて、人を騙そうとしている訳ではないのだろう。
キアラの頭はようやく正常に働きだした。
「ラシード様にも秘密にしているんですか?」
「どこから洩れるか分からないから秘密にしているんだけど。君の立場からすると報告するのかな?」
「そうですね。しないといけないですね」
悪意があってもなくても、セオドリクがエルフ族であることはヴァルヴェギアにとっては重要事項だ。
何しろエルフは人を超える魔法を使えるとされている。
そんな種族が偶然でも味方に付いてくれるのだ。ただの魔法使いとエルフとでは扱いも戦略も異なってくるだろう。
きちんと報告するとの言葉に、セオドリクは再び大きく溜息を吐き出してから、長い銀色の髪をかき上げて空を仰いだ。
「僕さぁ、騎士団長の側にいる侍女の子に惚れちゃってね。顔じゃなく僕自身を好きになってもらいたくてさ。だからわざわざ変装してお近づきになったってのに、雇われて西に行くことになっちゃって。魔法使いとして行くのは彼女を守ることにもなるからいいんだけどさ。あの騎士団長、こういう繊細なこと理解できなさそうだから、僕がエルフだって知ったらどっかで彼女に言っちゃいそうなんだよね」
姿形を偽っていようと、キアラには二十代の絶世の美貌を持った青年にしかみえないエルフ族。
ラシードの前では丁寧な物言いだったのに、二人になった途端に砕けた口調に変化した。
これが本来の彼なのだろうが、見た目の姿と異なって子供のような話し方をしている。エルフは人の十倍生きるというが、その分成長が遅いのだろうかと失礼な考えが過った。
「さっきは魔力なしが分からないようなこと言ったけど、どういうものかちゃんと知ってるから。だから君さ、僕に触れないでね」
術が解けてエルフの姿が曝されてしまうからと、眉を下げて笑ったセオドリクに悪意の色はない。
だからと言って彼がエルフであることを知っているキアラが、この事実をラシードに秘密にする選択肢はあってはならないことだ。
恋した彼女に好きになってもらいたいと語るセオドリクに、キアラはいつの間にか顔を向けじっと眺めていた。
思ったよりも慣れるのに時間がかからなかったのは、彼の人懐っこい話し方のお陰だろうか。
「大丈夫ですよ。ラシード様がつい口にしてしまう時は何らかの思惑があっての事ですから。正直に話せばきっと口を滑らせたりはしませんよ」
「そうかなぁ。あの人、根っからの軍人体質だよ。軍人は頭が筋肉でできてるから繊細な事柄が理解できないと思うけどな」
しかも意中の彼女はラシードに恋までしている。
それをラシード自身は気付きもしていないと愚痴る姿は、初対面の相手に対して見せるものではない。
エルフの青年は自分自身が大きな力を持っているから恐れるものがないのか、彼が馬鹿正直なだけなのか。
人はまず見た目から入るが最後は中身だ。
けれど人間離れした、それこそ腰を抜かしてしまうような美貌を持ったセオドリクの言葉も理解できない訳じゃない。
彼の姿を見たら内面なんてどうでもいいから欲しいと望む女性は多いだろうし、男性までも虜にしてしまう神々しさだ。
顔ではなく彼自身を知って欲しいと願うセオドリクは、過去にそれなりの経験をしているのかもしれない。
姿形ではなく内面を見て欲しいと願うのは、理解できない話ではない。それでもセオドリクの隠している秘密は大きなものだ。
「例えばさ、好きって気持ちだけど。あの人は見たこともない女性と結婚するんだよね。僕からしたら信じられない、まさに驚き過ぎて言葉を失くすようなことだけど。人間って変だよね。そんな変な人間の、さらに頭が筋肉みたいな人だから、僕の切ない気持ちなんて理解してくれないと思うんだけど。ねぇ、やっぱりどうしても言わないと駄目かな。魔法を使う時は人の領域を超えないように手加減するからさ」
「ごめんなさい。気持ちは分かるんですけど、わたしは国に仕える人間なので」
国に仕えるというか、実際には飼われているようなものだ。
キアラの返事にセオドリクは「ふ~ん」と漏らして、不満そうに一瞥する。
「僕さ、絶対に彼女に振り向いてもらいたいんだよね。見た目じゃなく、僕自身を好きになって欲しいってのに。あの人、それすら利用しそうだから怖いよ。それに君は気持ちは分かるって言うけど、本心から僕の気持ちなんて理解できてないよ。ああ、僕が人に生まれていたら堂々としていられたのにな。ね、エルフに生まれた僕の気持ち、本当に分かってる?」
可哀想だが、それでもラシードに知らせない選択肢はない。
キアラは申し訳なく思いながら、長々と続くセオドリクの愚痴を聞いていた。




