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宝物になる日  作者: momo
本編
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兄の気持ち




 セオドリクが向けてくれた想いはどれほどなのだろうか。

 真実はキアラだと告げてくれたが、セオドリクがそう思い込んでいるだけかもしれない。

 フェルラのときと同じく長く悲しんで元気になるかもしれないし、ユリンのときのように短いものかもしれないのだ。

 もしそうなら神官の教えに従い、セオドリクを諦めて生きていくのが最善だ。それがキアラにできる愛し方になるのではないだろうか。

 自分の気持ちを成就させるためにセオドリクと再会して受け入れさせ、キアラ一人が満足して老いに任せ死んでいく。

 優しく泣き虫な彼が悲しみに暮れるのが簡単に想像できるのに、我が身を投げ出して愛してくれた人に、愛しい人に、そんな悲しい経験をさせてしまうのか。

 しかもキアラがセオドリクの真実愛する相手となったなら、彼は砂塵となって消えてしまうというではないか。


 エルフが人に恋をしたら破滅する。この意味は互いに生きる時間の違いをさしていると想像することはできたが、本当の意味で朽ちていくなんて。いったい誰が想像できただろう。

 

「キアラ、悪い方に考えるな。神官の言葉が事実とは限らない。砂塵になって自然に返るなんて荒唐無稽な話だ」


 神官と別れた二人は宿に戻ったが、キアラは項垂れて寝台に腰を下ろしたまま動かず考えに耽っている。

 そんなキアラを慰めるようにロルフが明るい声を出してくれたが、彼自身もここに来るまで寡黙になっていたのだ。


 人は恋に破れても再び恋をしたり、つれ合う相手を見つけることができる。生涯ただ一人を愛する人もいるが、伴侶を失くしても砂塵になったりしない。悲しみのあまり自ら命を絶ったとしても、絶対に塵になったりはしないのだ。

 

「セオドリクは、破滅すると分かっていて人の世界に踏み込んできたのだろう? 砂塵になるような覚悟があるようには見えなかった。神官の言葉が間違いである可能性も否定できない」

「砂塵になるなんて知らなかっただけかもしれません。肉体が朽ちて塵になるなんて、どれほどのことなのか想像なんてできないわ」


 セオドリクは知らなかったのかもしれないし、知っていても恋に対する憧れが強すぎて、彼にとってはどうでも良いことだったのかもしれない。

 けれどキアラにしたら重要なことだ。

 セオドリクがこの世界からいなくなる瞬間があるかもしれない、塵になって何一つ残らずに朽ちてしまうなんて。

 長い時を生きるエルフが、彼らにとってはほんの一瞬のような出来事で終わりを迎えてしまう。

 同族同士なら同じように時を刻んで生涯を終えることができるのに、キアラは自分のせいでセオドリクがこの世界から姿を消してしまうことになるのがとても怖かった。


 地下牢でセオドリクは「愛している」と言ってくれたが、彼にとってキアラはどこまでの真実になっていたのだろう。

 フェルラやユリンと同じ位置なら、セオドリクは必ず立ち直って新しい恋を探しに行く。その時は人の世界ではなくエルフの世界であればいいと願わずにはいられない。


「わたし、セオドリクさんのことは諦めます。彼が消えてしまうなんて嫌です。何十年か苦しむのだとしても、必ず立ち直って笑顔で生きてくれることを信じて探すのをやめます。ロルフ様、ここまでついて来てくれたのにごめんなさい。何もかもを捨ててどんな我儘も通して自分勝手に生きる覚悟を決めたのに、こんなにあっさり覆してしまって本当にごめんなさい」

「キアラ!」


 ロルフは声を上げると、弱音を吐くキアラの肩を強く掴んで体を揺すった。


「もし砂塵になるのが事実だとするなら、セオドリクにとって人との交わりはそれだけの価値があるのだろう。だったらなおさら君はセオドリクを見つけ出すべきなんだ」

「エルフを見つけなければセオドリクさんには会えないんですよ。そのエルフもどこにいるのか分からない。闇雲に探すには時間がなさすぎます。それに……このまま会わなければ、彼にとっての真実の相手が同じエルフの誰かになる可能性があるじゃないですか」

「キアラ、キアラ。君は何を言っているんだ。よく聞いてくれ」


 枯れることのない涙が溢れて止まらないキアラの頬を、ロルフの硬い掌が包んで視線を重ねられる。彼の灰色の瞳は力強く、けれどどことなく悲しそうでキアラを惹きつけた。


「私は君を妹と確信した時からずっと見てきた。だから当然セオドリクのことも強制的に視界に入れることになった。セオドリクがいつも楽しそうに話をしていたのを覚えているかい?」


 覚えているとキアラは頷く。

 セオドリクは恋に恋をして、いかにユリンが素敵な女性なのかを、恋がどれほど楽しいものかをキアラに聞かせていたのだ。


「なぜ君に話をしたのか分かるか?」

「他に聞いてくれる人がいなかったからです。セオドリクさんがエルフだと知っているのがわたしだったのもあると思います」

「そうだよ。キアラ、君はセオドリクがエルフと知りながら唯一態度を変えなかった相手だ。セオドリクは常に君の隣にいた。それは君の側が心地よい場所だったからだ。ユリンと話をする機会を与えても、すぐに君の側に戻って私に敵意を向けていた」

「それは勘違いしていたから――」


 セオドリクはロルフのことを、妻子があるのにキアラに言い寄る不届きな男だと思っていたのだ。しかしロルフは「そうではない」と首を横に振った。


「自分にしか興味がないエルフが君に興味を持った。家族や伴侶としか深いつながりを持たないエルフが君を友人だと言ったんだ。そして君に近付く私に敵意むき出しだったよ。私の目には、セオドリクは君を独占したくて仕方がないように見えたし、ユリンに話しかけるのも、君と会話を楽しむためのきっかけを得るためのように感じられた。私だけではなく、他の男が近付かないように視線を巡らせていたのも覚えている。洞窟で君と私が寄り添っているのを目にしたセオドリクは、美しい顔を歪めて必死に怒りの感情を押さえていた」

 

 ロルフはエルフの美しい姿を見てしまったから言葉を失くしていたのもあるが、嫉妬にかられたエルフの顔が美しく歪んでいたのを覚えていると告白する。


「私の知るセオドリクは、ユリンを好きだと言いながら君に恋をしている男だった。キアラ、君にも心あたりがあるのではないか。カイザー殿下に寄せていた気持ちが潰えて行くのと同時に、君の心には他の誰かが存在したはずだよ」


 ロルフはキアラの頬から手を離すと、おもむろに抱き寄せて優しく頭を撫でてくれた。


「私は兄として君を愛している。母も父も、そしてクラウスも同じ思いだ。キアラにはこれ以上、身も心も傷ついて欲しくないのだよ。周りや余計なことなんて考えずに、自分がしたいように、心に素直になって欲しい」


 妹を思う言葉は真実だ。

 抱き寄せられ、耳元では泣いているような音が聞こえる。

 キアラはロルフの背に手を伸ばすとぎゅっと力を込めて抱き締めた。


「ロルフ様。お兄さん、ありがとう」


 初めて兄と呼べば、抱き寄せられた腕に力が込められる。そして「ありがとう」と小さな声が耳に届いた。



 


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