破滅の意味
キアラの背を撫で、慰めていたロルフが一つ溜息を吐いて口を開く。
「神官殿、本当に術はないのだろうか。エルフにとっても彼女は大切な女性だ。エルフは彼女を愛する気持ちを証明するとばかりに罪を犯し、彼女の真意を知らないまま姿を消した。もしかしたらまだ人の世界にいるのかもしれない。どうにかして知る術はないだろうか」
ロルフの声を聞いて、泣いていたキアラも縋るように顔を上げた。
滅多に人の世界に姿を現さないエルフだが、この世界のどこかに存在していたのも事実なのだ。セオドリクのように、また神官がひと時を過ごしたエルフの女性のように、人間に興味を持って今この時を人の世界で過ごしているエルフがいても不思議ではない。
ただ、見つけられないだけ。ならば見つける術を探さなければ、本当にここで終わってしまう。
キアラは縋る思いで涙をぬぐい神官を見つめたが、申し訳なさそうに眉を寄せ首を横に振られてしまった。
「残念ながら教えられるのはこの程度でしてな。慰めになるかどうか分かりませんが、エルフを想うなら、お嬢さんの恋は成就させない方が良いのかもしれませんのぅ」
神官は気持ちを知らせないことがエルフのためになるのだと、キアラの状況を鑑みて慰めの言葉を紡ぐ。
「エルフは自分が一番かわいくて、気持ちに正直で、己のために行動する面が目立ちはしますが、それはそれは情に厚い種族でしてな。真実に心から愛おしむ相手に出会ったなら、二度と他の相手を求めることなく、ただひたすら愛しむ者を想い続け、失えば共に逝くことになるそうでねぇ」
そう言って言葉を切った神官は、正面に置かれている古びた神の像に視線を向けた。
「人とエルフの寿命は気が遠くなるほどの開きがあるのはご存じかと。悲しいかな、人はエルフを置いて逝く。その意味を深く考えたことがおありなさるか」
懐かしい人を思い出しているのか、神官は細い目をさらに細め、見つめていた像から視線をキアラへと移した。
神官に見つめられたキアラは、心臓を掴まれじわじわと絞められているような気持になる。
息苦しさを覚えて胸に手を当てると、かつてセオドリクが嬉しそうに言った「エルフが人に恋をすると破滅に進むって知ってる?」との声が耳の奥に木霊した。
「お嬢さん、残されたエルフの気持ちを考えなされ。残されたエルフは悲しみに暮れ、朽ち果て死んでしまうそうな。愛する人を失い、人では想像できない苦しみに苛まれ、枯れて砂塵になり自然に返るそうです」
つまりはそういうことだ。
真実の恋に憧れたセオドリクは、本当の恋に直面した後の自分がどうなるのか分かっていたのだろうか。
破滅の恋。
身を滅ぼすほどの恋がどんなものかに憧れて、セオドリクは人の世界に足を踏み入れた。
そうしてフェルラに出会って恋をして、恋に破れ、何十年も悲しみに暮れて、次にユリンに出会って再び恋に落ちることになる。
真実に愛する大切な存在を失えば悲しみで命を潰してしまう。だから人に恋をしてはいけない――そうエルフの長老に忠告されたのに、セオドリクは人の世界に興味を持ってしまった。
訪れたセオドリクにとって人の世界は欲に塗れ、騒がしくて面倒だったけれど、フェルラに恋をして成就できなかったのを期に、エルフではなくセオドリクの内面を愛してくれる人を探そうとして再び人の世界にやって来たのだ。
そうして次はユリンに恋をしたのに、それは真実ではなく。
セオドリクはキアラに愛していると、真実の恋はキアラだと微笑んで、けれどとても悲しそうに、涙を流しながら告白して消えてしまった。
いつも明るくて前向きで笑顔の絶えなかったセオドリクにとって、恋はとても楽しいものだったはずなのである。それがあんなに悲しそうなものに変わってしまったのは、上辺ではなく、心からキアラのことを愛してくれたからに違いない。
けれど、エルフにとって人との恋は破滅を意味する。それは同じ時を生きることができないからではなく、言葉通りの意味であるのだと教えられ、キアラは蒼白になり声を失ってしまった。
「お嬢さんは愛したエルフにそのような苦しみを与えたいと思われますまい。エルフはエルフ同士、同族でやっていくのが彼らのためだと私は思いますがねぇ」
再び会える可能性は極めて低い。あると思わない方がいいのだ。神官は慰めの意味を込め、あきらめさせるために彼の知っていることを教えてくれたに過ぎないのだが、初めて聞かされた事柄に、キアラは心臓を鷲掴みにされた気分のまま、声を発することができなくなっていた。
エルフと人では寿命が異なるのだから、必ずエルフが残されるのは分かっていたはずなのに、キアラはセオドリクに気持ちを伝えたい一心でここまで来てしまった。
キアラがセオドリクにとっての真実の相手かどうかは分からない。
けれど今後、再び出会い、互いに気持ちを伝えあったとして。情に深いセオドリクがキアラの死後、新しい人を見つけて未来を築くのにどれ程の時が必要になるだろう。
神官の言葉どおり、このまま出会えずに終わってしまうのが互いのためなのだろうか。
キアラはヴァルヴェギア唯一の魔力なしで、セオドリクは異なる世界に住むエルフという種族。本来なら交わるべきでない二人が出会って、何時の間にか互いに惹かれていた。
これ以上の気持ちを持たないために、それがセオドリクのためだと自分に言い聞かせて終わるのが最もな選択なのだろうか。
幸せになってね。
そう言って消えてしまったセオドリクの姿が忘れられない。
彼の声に応えるためにもセオドリクのことは忘れて、魔力なしとして生きながら人としての幸せを掴む努力をするべきなのか。カイザーへの想いは全く別の気持ちに変わってしまったというのに、どう幸せになればいいのか。
キアラは愛する人のための最善がなにか分からなくてしまい、頭を抱えて膝に顔を埋めた。




