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宝物になる日  作者: momo
本編
74/96

手掛かり



 北の小さな村で見つけた女性から話を聞いて、彼女の兄を訪ねるために教えられた町に向かった。

 名前と住所を聞いていたがそれなりに大きな町で探すのに苦労する。それでもなんとか行き着いた先で、田舎ではまず見ないような美しい男性二人に出会うことができ、やはり彼らはエルフの末裔だとキアラは確信を強めた。


 村にいた女性と異なり、二人の男性はよそから来たキアラたちを警戒した。それでもロルフが酒の出る食事場に誘い、エルフにたどり着く手がかりを集めていると正直に説明すれば、彼らは心を許して笑顔を見せてくれた。


「申し訳ないけど、あれは父のほら話ですよ」

「そうです。私たちがエルフの血を引いているなんて。確かに我々は昔から見た目がいいって言われてきましたし、父も整った容姿をしていましたが、魔法も使えないのにエルフの血を引いているなんて言ったら笑われてしまいますよ」


 そんなことがあるわけないと、三十を過ぎても美しさを損なわない二人が爽やかに笑い、酒の入ったカップを傾けて喉を鳴らす。


「村の妹さんによると、魔力が通常よりもあると魔法使いが判定したそうですが?」

「ですが魔法は使えません。父が亡くなったときに魔法使いになれば生活が楽になると考えて挑戦しましたが、私たち兄弟には高い魔力があっても使いこなす能力がなかったようで。魔法は買って生活していますよ」


 彼らによると兄弟五人揃って魔力は大量にあるが、魔法として使いこなす才能がまるでないのだという。そのせいもあって彼らは自分たちがエルフの末裔だという父親の言葉を信じていなかった。

 彼らの父親はけして悪い人ではなかったが、お酒が好きで飲むと大変陽気になり、人を楽しませるための作り話をすることが多かったらしい。それが信じられない最大の要因となっているのである。


「そうですか。では鉱山で働いているという弟さん方に話を聞いても、お二人と同じ回答しか得られないということですね」

「一番下の弟は酔った時に、自分はエルフの血をひいていると言ったりしてますが、弟自身はそれを信じているのではなく、女性を誘うねたにしているようなものでして」

「やっぱり女性からすると、珍しい種族の混血っていうのは魅力的なのでしょうか?」


 意見を求めるように、ロルフとばかり話をしていた彼らの視線がキアラに向く。


「それは……」

 

 キアラはセオドリクがエルフだから好きになったわけではない。

 しかし彼がエルフだったからこそキアラを差別せず、一人の人間として普通に接してくれたのだ。

 エルフだからといえば確かにそうなのかもしれないと思ってしまい、そのせいで戸惑い返事ができずにいると、目の前の二人は楽しそうに笑った。


「ロルフさん、あなた方の探すエルフに会えたとしたら、彼女を取られないようにしないといけませんよ」

「そうそう。特に女性は見た目に騙されやすいから」

「それは男も同じですけどね」


 二人にはキアラとロルフが恋人同士のように見えるのだろう。確かにロルフはキアラを守って、不意に人と接触しないように常に目を光らせていた。そんな態度が二人を勘違いさせたようだが、兄妹に見られないことを二人して残念に思いつつ、互いに目を合わせる。

 兄と妹であると、ヴァルヴェギアから遠く離れた町で言っても大丈夫ではないだろうか。

 そんな気持ちが湧き起こるが、危険なことだとすぐに心内で否定した。


「他にエルフについてお話を伺える方をご存じありませんか?」

「可愛いお嬢さんからの問だ。知っていると言いたいところだけど、ここの辺りでは我々以外には耳にしないな」

「教会なんてどうだろう?」

「教会……ですか」


 考え込むようにしながらロルフが隣に座るキアラへと視線を合わせる。

 教会は様々な人が祈りのために足を運ぶお陰で、情報が集まる場所ともいえるが、性質上かたよったものの考え方をする場所でもある。

 エルフについて異なった見解を持っていたり、他種族を否定したりといったこともある。キアラたちも期待してこれまでいくつかの教会に立ち寄りはしたが、有益な情報を得ることはできなかった。特にヴァルヴェギアを出てからは高い布施を求められた結果、人では理解できない不確かな種族であるといった答えがほとんどだったのだ。

 二人の兄弟はキアラたちの心中を察したのだろう、「大丈夫だ」と口を揃える。


「三年ほど前に配属されたこの町の神官は少し変わっていて……というか、本来あるべき姿の神官といいますか、ちゃんとしておられます。随分と高齢ですし、なにかしら情報を持っているかもしれません」


 翌朝キアラとロルフは多少の不信感を持ちながら教会に向かった。

 他に手掛かりもなく万に一つとの思いで町の中心にある、大きいけれど古くあまり手入れがされているとはいえない教会では、年老いた神官がほうきで石造りの階段を掃いていた。


「おはようございます」


 朝日を背に立つキアラとロルフが挨拶すると、老いた神官は眩しそうに目を細め、顔を皺くちゃにして挨拶を返してくれる。


「これは随分と早いお越しだ。旅の人かね。朝の祈りならどうぞ中へ。掃除はすんでおりますよ」


 穏やかな神官に勧められ、キアラたちは奥まで朝日が差し込む教会の中に入ると、神を模した古い像にむかって手を合わせた。

 セオドリクとの再会を願い、さらに旅の安全との二つを熱心に祈っていると、掃除を終えた神官が祭服にストラを重ねて旅の安全を祈願してくれた。


「南から来たのかね? 温かくなってきたとはいえ、この辺りは急に冷え込んで雪が降ることもありますからお気をつけなさいね」


 神官はまるで流れ作業のように自分のペースで動いていて、皺だらけの顔でにこにこ笑いながら仕事に戻って行こうとする。あまりにも穏やかな様と、祈祷に金銭を求められなかったせいで呆気に取られていたキアラだが、慌てて「あのっ!」と声を上げると神官を引きとめた。


「わたしたちはエルフを探して旅をしています。神官様はエルフについて知っていることはありませんか?」

「エルフとな。それはまた。探して会えるものでもなかろうに。お二人さん、どこから来なさった?」

「ヴァルヴェギアからです」

「ほうほう、ヴァルヴェギア。あそこはつい最近まで戦に明け暮れていたはずだね。そんな国の人間がエルフに何の用がおありなさる?」


 神官は笑った表情のまま、三日月形の目を開いて灰色の瞳を僅かに覗かせた。






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