エルフの末裔
幼少のころから戦場で生きてきたキアラは野宿を厭わない。しかしこれまでとは違って女一人の旅だ。魔力がないせいで様々な問題がおきるのを覚悟していたが、ロルフが同行してくれることになって案じていた問題はほとんどなくなり、それどころか立ち寄った町では宿に宿泊して疲れた体を休めることもできた。
魔力がないことが露見しないよう、ロルフは人前でキアラを主のように扱った。お陰でキアラは他人と接触することなく町を歩くことができる。ロルフはキアラに触れると必要な魔法の装備が解けてしまうが、魔法を商売にする魔法使いを訪ねれば魔法のかけ直しができることもあり、特に問題にはならない。キアラは、ロルフのお陰で特殊な立場を隠して旅をすることができることにとても深く感謝をしていた。
「わたしは魔力なしにとっての外界を甘く見ていました」
「辺境に行くほど魔法の恩恵は受けにくくなるが、ある意味キアラは魔法にもっとも近い場所で生活していたということだろう」
ロルフによると田舎になるほど魔法使いの数が少なくなるため、魔法によって得られる生活の質も低下して来るそうだ。それでもまったくなくなるわけではない。とくに扉や窓に付けられた鍵は魔法によるものなので、キアラが迂闊にも触れてしまえば、再び高い料金を払って魔法を買わなくてはならなくなるのだ。
何とかなるだろうと踏んでいたが、キアラ一人であったら旅をするうえで人との接触はどうしても必要になる。
ただ北を目指しているだけではすまないのだ。エルフについて調べながらの旅になるので、見知らぬ土地で人にものをたずねる機会も多い。
大きな町の図書館には必ず寄ったし、古書店があればエルフに関する書物を物色した。
人前には滅多に姿をみせないエルフにいて新たな情報はほとんど得られなかったが、人づてに北の町にエルフの子孫がいる噂を聞くことができた。
ヴァルヴェギアの都を出発して一月と半分。歩みは北だが確実に春の気配が匂い立つころ、キアラは国を二つ越えた北の地で、エルフの血を引くという人物に辿りつくことができた。
彼女は肌の色が真っ白で、白に近い金色の髪をしていた。瞳の色は光の加減によってほんの少し青みを帯びる灰色。銀色の髪と瑠璃色の瞳をしたセオドリクとは異なるが、エルフの全てが同じ色をしているとは限らない。もしそうだとしても、混血では色が変わるのは当たり前だ。それに彼女は同じ村の人達の中ではずば抜けて優れた容姿をしており、北の環境も影響してまるで妖精のようにもみえた。
「ヴァルヴェギアって、南の? とても遠い国ね。そんな遠くから訪ねてきてもらって恐縮だけど、わたしはエルフについて何も知らないのよ」
キアラよりも二つ年上なだけの彼女は、すでに三人の子供の母親で、産まれて一年足らずという末っ子を抱いて寝かしつけながら眉を下げる。
「曾御爺さんがエルフだったって父が自慢していたけど、その父もずいぶん前に亡くなって。母はわたしを産んですぐに産褥熱で逝ってしまったわ。父は子供のころにお爺さんと二人でこの村にやってきたのよ。前に住んでいた村は流行り病で全滅したって言っていたから、訪ねても誰もいないだろうし、今頃は朽ちてなくなっているでしょうね」
彼女のルーツはこの村ではなく、既に滅んでしまった別の村にあるという。
その村は流行り病のせいで多くの人が死に、生き残ったのはエルフの血を引いていた彼女の父と祖父だけだ。しかも彼女は、自分がエルフの末裔であるなんてまったく信じていないので、彼女の曾御爺さんがエルフだというのは、父親の冗談だと思ってまともに聞いていなかったという。
「せっかく遠くから来てくれたけど、わたしには教えてあげられることなんて何もないのよ」
「だけど、なにかありませんか。お父様がなにかしら言っていたことを覚えていませんか?」
縋るキアラに対して、彼女は少し困ったように苦笑いをし、「そうねぇ」と考えてから「あっ」と声を上げた。
「曾御婆さんが亡くなった時、曾御爺さんが飛び切り若い姿になったので驚いたって言ってたことがあったわ。若返るなんてまったく馬鹿な話よね。その曾御爺さんが亡くなった曾御婆さんを何処かに連れて行ってしまったから、家族で弔うことが出来なくてお墓がないって言ってたわ。そんな話、わたしはこれっぽっちも信じてないけどね。あなたも真面目に聞かないで。田舎者のちょっとした冗談よ」
「エルフは魔法に長けています。人に紛れるために姿や年齢を偽るそうです。あなた自身は魔法が使えませんか?」
「魔法なんて使えないわ。人より魔力は多いって旅の魔法使いに言われたことはあったけど、こんな田舎じゃ大した役に立たないのよね」
明るく笑う彼女に嘘を吐いている素振りはない。ぐずる子をあやしながら、突然訪ねて来たキアラを面倒臭がらずに相手にしてくれる。
ここまで来るのにエルフの情報があるからと金銭を求められたり、お金を渡しても大した情報でなかったりと気落ちしたが、魔力の高さが事実なら、見た目からしてもエルフの血を引いているのは間違いないように思え、ようやくつかんだ手掛かりを前にキアラは焦りの声を上げた。
「お願いです。何でもいいので思い出せませんか。エルフがどこに行ったのか、曾御婆様をつれてどこに消えてしまったのか。何でもいんです。お願いします」
「そう言われても困るわ。きっと嘘よ。父は陽気でお酒が大好きな人だったから。それで体を壊して亡くなったくらいだし」
「そう、ですか……」
がっくりと肩を落としたキアラを支えるようにして、ロルフの手が背に回る。これまでキアラにしゃべらせ黙っていたロルフが代わりに質問した。
「お父上はずいぶん前に亡くなったと言われたが、あなたの年齢から察するにその後はどのように生活を? 他に兄弟がいるのでは?」
「父は十年ちょっと前に亡くなったけど、当時は上から一番目と二番目の兄が成人していて何とか生活できたの。その二人なら村を出て町に住んでるわ。あともう二人兄がいるけど、東にある鉱山に出稼ぎ中よ」
彼女は十歳そこそこで父親を亡くしているらしいが、四人いる兄のうち二人が働いていたので孤児にはならずにすんだらしい。希望を見つけたキアラは、思わずロルフの腕をぎゅっと掴んで固唾を呑む。
「町にいる兄君を紹介して頂いても?」
ロルフが丁寧に訊ねれば彼女は笑顔で了承してくれる。
「ええ、いいわ。でも期待しないでね。兄たちも父の話は作り話って思っているから」
遠くから訪ねてきた見知らぬキアラが、更に落ち込んでしまわないよう忠告の意味を込めて念を押す。彼女の気遣いは受け取るが、期待せずにはいられなかった。




