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宝物になる日  作者: momo
本編
72/96

旅立ち



 魔力なしが黙っていなくなることなど許されない。失踪は犯罪で、逃げられた側にも罰が下される。キアラ一人の問題ではなく、最悪な場合は多くの人間が処分される大事だ。

 しかし今回は秘密裏ながらも許可があるため、キアラの最も側にいるべき護衛騎士であるロルフが罪に問われることはないだろう。

 国王の許可がないので、ラシードは魔力なしを預かる者としての責任を問われるだろうが、騎士団長としての立場を確立しているラシードが処分されることにはならない。キアラを探すふりはするが、全ては見せかけだ。


 魔力のないキアラがたった一人で世界に飛び出すのは勇気が必要だ。

 どこもかしこも魔力が全て。魔法による仕掛けがいっぱいで、人との接触は魔力なしであることが露見する危険がある。

 それでも今のキアラに行かない選択肢はなかった。


 闇に紛れたキアラは、魔法で鍵がかけられた騎士団の保管庫から旅に必要な防寒着や必要な道具、携帯食やらを拝借し、部屋にもどってリュックに詰めると、床板を剥がして隠していた箱を取り出した。

 中には一杯の金貨。

 国からの支給品しかもたないキアラには唯一の財産だ。一人で旅をするには元手が必要となる。

 このお金は娘を売ったと実感させるために家族に与えられた金貨だが、ハウンゼル家は手をつけずに保管し、メノーテによってキアラの手に渡るに至った。


 どうすればいいのか分からず、取りあえずセオドリクと一緒に床下に隠した。このお金をどうするべきか分からなかったが、今こそ使うべき時と唇を噛んで革袋に小分けにした。

 この金貨にハウンゼル家のどんな思いが詰まっているのか。赤子を手放した悔しさや、守れなかったことに対する脱力感もあるだろう。しかしハウンゼル家の人たちはキアラを諦めず、長兄クラウスはキアラに生きる術を教え、次兄ロルフは妹であると確信して家族の宣言をしてくれた。


「お父さん、お母さん、お兄さん。わたしがわたしとして生きる道を進むことを許して下さい」


 見つけてくれただけでなく、これだけのお金まで残してくれていた。キアラから家族に対する感謝の言葉が自然と漏れる。


 魔力なしではなく自分の望む道を進むのは、容易いようでいて魔力なしとして育ったキアラにはとても大きな山である。しかし困難なことだと思わない。思った瞬間に何もできなくなってしまう気がして怖かった。

 恐怖をはらうようにゆっくりと息を吐き出す。

 夜が明ける前に出発するのは闇に紛れるためだ。

 城は魔法による守りが固いが、キアラにとってはないようなもの。しかし日中は魔法の解除がなされても人の目に触れることが避けられないので、闇に紛れ足音を消して進む。

 強固な守りの王城も魔力なしにとってはただの建物だ。月明りのない闇夜を進んで使用人の通用門をいくつか潜ればあっという間に外界。一瞬だけ心許無さを感じたが、本当に一瞬だけだ。


「さようなら」


 誰にともなく別れを告げる。

 失踪はカイザーやラシードの知る所であるが、果たして再びこの場所に戻って来ることがあるかは分からない。女の一人旅、しかも魔力のない女だ。危険もあるが、魔力がないことは有利に働くこともある。

 確実なあてもなく、どこかで野垂れ死ぬかもしれない。それでもセオドリクに再び会って気持ちを吐露する為なら人生を賭ける価値はあった。


 都を出るには検問を通らなくてはならない。

 騎士団支給の外套は身分を証明してくれるが、軍属というせいで声をかけられてしまう可能性もあるので、キアラは東の空が白み始める頃、荷物を積んだ馬車に潜り込んで検問を潜った。

 御者と検問の職員が二言三言話をしていたが、荷を改められることもなく無事に都を出ることができてほっとする。このまましばらく無断乗車し続けると決め、様子を窺うためにこっそり顔を出せば、後方に二頭の馬が見えた。


 二頭の馬だが、人が乗っているのは一頭だけだ。馬上の人影に見覚えがあったキアラは、まさかという思いで馬車から飛び降りて駆け寄った。


「ロルフ様、どうして!?」


 馬上の人はロルフだ。慌てるキアラに笑いかけながら馬から降りる。


「追ってくると想像しなかった?」

「まさか予定が変更になって、連れ戻されることになってしまったなんてことは――」


 ロルフの様子からそうは見えないが、何があるのか分からないのが世の中だ。失踪することが早々に露見して予定変更になったのではないかと不安になる。今更セオドリクを探しに行かない選択なんてキアラにはできなかった。

 恐る恐る問うと、ロルフは「そうではない」と否定してくれる。


「魔力なしの失踪に気付いた我々が追っ手を差し向けるのは当然のことだ。ただし他国に漏れないよう極秘に。その役目を護衛騎士である私が担うのは何ら不思議なことではない」

「ロルフ様が――これはいつ戻って来れるか分からない旅です」


 エルフに付いての確かな情報はなく、手掛かりが北にあるというだけ。キアラは様々な意味で戻れない可能性も考慮している。

 そんな旅にロルフが同行するなんてとんでもないことだ。

 彼には妹であるキアラだけではなく、彼自身が築いている家庭がある。いつ戻るか分からない旅に家族のいるロルフを同行させるなんて。

 他の人選では駄目なのかと眉を寄せていると、ロルフはキアラから荷物を受けとって馬に固定し、キアラを馬上へと押し上げた。


「妹を危険な旅に一人で行かせるなんて有り得ないよ。それからラシード様がお与えになった猶予は半年だ」

「半年?」

「ラシード様は、騎士団長として魔力なしを手放すことを許可できないのだよ。しかしカラガンダとの件もあるからね。カイザー様とラシード様は、一先ず半年で国防と経済面において、ある程度の成果を出すつもりでいる。私は追っ手という名目のもと、君の護衛を務めるよ」

「でも……」


 キアラ自身は戻って来ない可能性も視野に入れていたが、やはり魔力なしの身では許されないようだ。

 馬上のキアラをロルフは穏やかな表情で見上げる。

 半年の期限とはいえ、家庭のある兄を巻き込んでしまうことには複雑な思いが湧き起こった。


「これは極秘の重要任務だよ。誰にも拒絶できない」


 ロルフは馬に跨り自らも出発の姿勢を取ると、キアラに対して馬を歩ませるように促す。キアラはのろのろと馬を歩ませた。


「ロルフ様がいてくれるのは心強いのですが、とても複雑です」


 セオドリクに対する想いはキアラ一人のものであって、誰かを巻き込むようなことではない。それでもキアラが魔力なしという特殊な立場にあるせいで、国の役に立つ存在として容易く手放せないのを理解できるだけに、正面から拒絶できなくて心境は複雑だ。


「私は君を一人で行かせるのは心配だから、ラシード様の命令を有り難いと思っているよ。流石に命令がなければ動けない身であるからね」


 不満を滲ませるキアラにロルフが優しい理由を与えてくれる。


「それとも諦めて引き返すかい?」


 ロルフの問いにキアラは首を横に振った。





 

 


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