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宝物になる日  作者: momo
本編
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魔力なしの決意


 

 雪に溶け込むアデリナの白い後ろ姿を見送る。

 アデリナがカイザーにたどり着くと何やら話をしているようだが、キアラの耳には届かない。カイザーがキアラに顔を向けると、アデリナも振り返った。慌てて頭を垂れ積もる雪に膝をつく。次に顔を上げると二人の姿はなく、キアラはゆっくりと立ち上がって天を仰ぎ、アデリナに言われたことを考えた。


「わたしの愛する人は生きている。なぜ追わないのか……追えないと決めつけているのはおかしなことなの?」


 ヴァルヴェギアとカラガンダでは魔力なしの扱いが異なるが、分かっていながらアデリナはそう告げたのだ。

 キアラの愛する人は生きている……アデリナは愛しい人を失ってこのヴァルヴェギアに嫁いで来たのかもしれない。

 これは経験者としての言葉なのか。アデリナの人間性が分からないキアラに答えは出せないが、思わぬ助言を受けて心が動かされてしまう。

 灰色の空から落ちる白い雪をながめながら言葉の意味を考えたが、アデリナの過去に何かあったとしてもキアラにできるのは憶測だけだ。


「勝手はできないけど、わたしはどうしたいんだろう。どうしたらいいの。どうしたらもう一度セオドリクさんに会うことができる?」


 キアラのために罪を背負った美しいエルフの青年。

 恋に恋する彼はいつも明るくて、キアラの常識を凌駕し、迷いなく触れてくれる優しい人だ。気付けばキアラの心はセオドリクでいっぱいになってしまっていた。


 涙を流してキアラの幸せを願ってくれた。けれど根本的な部分に相違があり、想いを伝えることができないまま消えてしまった。

 罪を犯してキアラの幸せを願ってくれた人。

 キアラの幸せがどこにあるのかを勘違いされていたのは、二人が出会った時に心が別の人へと向いていたせいだ。キアラはカイザーに、セオドリクはユリンに。

 最後の最後になってキアラはセオドリクの心を知ったのに、キアラの気持ちはセオドリクに理解してもらえないままだ。そのせいで彼に大きな過ちを犯させてしまったのだ。 


 セオドリクのやり方は間違っていたが、なりふり構わずキアラのためにしてくれたのは確かだ。対して自分はどうだろうとキアラは考える。 

 許されないから、常識だからと殻に閉じこもっていていいのか。それが自分が望むことなのかと考える間もなく違うと答えが出た。


「もう一度セオドリクさんに会いたい。会って、今度こそ掴み取らなきゃ」


 人の心は時と共に変化する。あれほど愛したカイザーを嫌いになったわけではないのに、恋した気持ちは消えてしまって、大切な人に変わっていた。そして新たに心に巣食ったのは、純粋で子供っぽいところがあるけれど、頼りになる心優しいセオドリクだ。

 エルフと人とでは時の流れが異なる。急がなければ気持ちを伝える前にキアラは朽ちてしまうだろう。


 真っ白な地面を蹴り、魔法使いたちの労を無にすることを構いもせず守りの壁を突き抜ける。

 急ぎ走るキアラを静止する声がしたが、構わず突き進んだ先にあるのは蔵書室だ。

 人の出入りが制限された扉をくぐると、許可なく侵入する者を阻むために施された様々な魔法が無効化されていくが気にも止めなかった。司書をみつけて駆け寄れば魔力なしに恐れをなして逃げられ、キアラは足を止めて声を張り上げる。


「エルフ族に関する資料がどこにあるのか教えてください。エルフが人の世界に現れた記述があれば詳しく知りたいのです!」


 どうかお願いしますと頭を下げれば、仕事のできる司書はキアラとかなりの距離をとってエルフに関する蔵書や資料のある場所へと案内してくれた。目星をつけて書棚からいくつか引き抜きテーブルに置いて椅子に腰をおろした。


 エルフについての解説資料には、基本的に知られていることが記されていた。

 寿命の長さや美しい容姿。すらりとした体格と長い手足。魔法については人間にはとうてい適わない実力を持っているが、むやみに魔法を多様しない、争いを好まず、人との接触を嫌う種族であることが主な内容となっていた。


 いくつか書を開く中、エルフと人間が婚姻して人の世界で生きた事例が書き記されているのをみつける。

 人の世界で生きるために魔法で姿と年齢を偽り、エルフであると気付かれないよう人の世界に溶け込んで生活し、老いて死を迎えたというもの。

 彼や彼女たちがエルフであったと人々に知られたのは死後、その子供たちによってだ。

 エルフの血を引く子供たちは外見上は人であるが、非凡すぎる美しい容姿に特出した魔法の才能があり、両親の死後、公にする方法をとった。

 エルフの血を引く彼らの能力は代を重ねるごとに薄れてしまったが、エルフの末裔は寒い北の地を好んで生活していたという。


「エルフが人間に恋をすれば身を滅ぼすってセオドリクさんは言っていたけど、ここに記されているエルフは人の世界で子供を作って、愛した人と生涯を共にすることができた。これってエルフにとっては不幸なことなの?」


 セオドリクはエルフの長老から、真実に愛する大切な存在を失えば悲しみで己の命を潰してしまうと忠告を受けた。大切な人が死ぬのは悲しいことだが、共にいられるのは不幸なことなのだろうか。エルフと人の寿命の差はあるが、大切な人と一緒にいられることはとても幸せなことだと感じる。


 鉄格子ごしに「真実は君だ」と告白され、大粒の涙を流したセオドリクの姿が脳裏に映し出される。幸せになれと願われたからではないが、キアラが自分の幸せを願っていいのだとしたら、それにはセオドリクが必要だった。



「北……ヴァルヴェギアではない更に北の国。北に行けばなにかしら情報が得られるかもしれない。この国は今どの国に属しているのかしら」


 エルフの血を引く末裔がいるのなら、エルフの世界に行く方法が語り継がれているかもしれない。

 希望を見出して地図を探しに立ち上がれば、真正面にロルフが座っていて驚かされる。

 キアラが息を呑むと、座っていたロルフは苦笑いを浮かべた。


「驚かせてすまない。声はかけたのだけどね。随分と真剣だったから、君が気付いてくれるのを待つことにしたんだ」

「わたし……ごめんなさい。勝手なことをしてたくさんご迷惑を!」


 許可もなく突っ走ったことに後悔はないが、先行きが見えてきたお陰で自分のしでかした過ちの重さに気付かされる。慌てて謝罪し深く頭を下げた。


「いいんだよ、少しも迷惑ではない。まぁ、正直に言うと魔法使いたちにとってはとばっちりというのかもしれないが、これは王太子殿下が望まれたことでもある。ラシード様は渋られたが、キアラが望むならと許可を出された」

「わたしが望むならって、カイザー様が望まれたって。いったい何に対して……これはどういうことですか?」


 意味が分からず問えば、ロルフは周囲の様子を窺いながらキアラに座るよう指示した。キアラは言われた通りに座って聞く姿勢を取ると、ロルフは声を落として説明を始める。


「王太子妃殿下がいうには、カラガンダは君を諦めないと」

「それは、わたしが女性の魔力なしだからですね?」


 カラガンダが魔力なしを集めているのは誘拐された時にミアから教えられた。カラガンダでは魔力なし同士の婚姻を推奨している。

 強制ではないというが、現実にはそうなるよう仕向けられているのだろう。魔力なし同士を婚姻させ子を成し、新たな魔力なしを生み出す道具にしているのだ。

 女には子供を産める人数が限られている。どんなに多くても十人が限度ではないだろうか。それ以上も可能だが、ヴァルヴェギアでは子供が二桁に上る夫婦は珍しい。 


「実際に妃殿下はカラガンダより魔力なしを引き抜くよう指示を受けている。いずれせっつかれるだろうし、カラガンダからの手が伸びるのも必至。それならいっそのこと、魔力なしが失踪したことにするという案が出た」


 だからアデリナがやって来たのか。閉じ込めておくこともできるだろうに、ヴァルヴェギアは意外にも人道的だったようだ。

 当然キアラはカラガンダに行くつもりはないが、果たして上手く行くだろうか。


「それをカラガンダが信じますか?」

「情報操作はするし、魔力なしが失踪したことは公に発表しない。それに国王陛下も騙すことになる」

「国王陛下を?」

「陛下は魔力なしを自由にすることをお許しにならない。魔力なしとしての役目を果たさせながら、カラガンダに奪われる寸前で護衛騎士に処分させる道を選ばれる……というのが王太子殿下、ラシード様双方のご意見だ」

 

 それこそがヴァルヴェギアの魔力なしに対する正しい扱いだ。そうさせないためにカイザーとラシードはキアラに生きる道を示した。

 このまま城で大人しく役目をはたす道もあるが、カラガンダに奪われるような危険に陥れば処分される。しかもキアラに手を下すのは護衛騎士であるロルフだ。ラシードが渋ったのは騎士団長としての立場からだろう。それでもキアラが望むなら許すと許可し、アデリナの言葉でキアラはなりふり構わず駆けだしてここにいる。


 キアラは紫の瞳を揺らす。勢いでここに座っているが、もともと流れに任せて生きるように育てられた。逆らうことなんて考えもしない、考えても体が動かないようにできているのだ。

 けれど今、ここで動かなければセオドリクには二度と会えないだろう。自分一人の想いならあきらめることができるが、キアラはセオドリクから大切な言葉を貰って、自分では何一つ返すことができていない。

 エルフが人に恋をすると破滅すると言うが、資料に記されたエルフと人の夫婦は人の世界で子を成し生涯を終えている。もしかしたらこんな未来を築けるかもしれないと、キアラは不安に揺れていた瞳に力を込めた。


「ロルフ様。わたし、ここから逃げます」

 

 問いかけでも窺いでもない、自らの決断を声に出す。

 キアラの決意にロルフがしっかりと頷いた。





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