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宝物になる日  作者: momo
本編
68/96

伴侶に



 感情のない瞳がカイザーを捕らえ続ける。

 まさかこのような事実が隠されていると思いもしなかったカイザーは、子までなした大切な人の死を目の当たりにしたアデリナが、当時どのような気持であったのか考えると暗い沼に引き込まれそうになる。しかし不意に、にこりと微笑んだアデリナの姿にはっとさせられた。


「エルフの愚行を好機と思い、利用しようとしたのが間違いでしたね」


 まるで何でもないように微笑むアデリナは、心の奥底ではどれ程の涙を流しているのだろう。

 あの日、「触らないで」とカイザーを拒絶したアデリナは、己の罪が隠せないことを嘆いたのか、それとも首を斬られた恋人へのやりきれない想いを抱えて声を上げて泣いていたのか。

 後者であるような気がして、カイザーはアデリナの微笑みを痛ましく感じてしまう。


「それで、わたしはどのような処分を受けるのですか」


 場を切り替えるような明るい声が響いた。


「醜聞をさらさないためになかったことに致しますか。それともカラガンダに送り返して別の王女を望みますか。二度目となれば魔力なしと交換になるでしょうね。カラガンダは女性の魔力なしを欲しがっていますから。もしくはこのままわたしを妃とする代わりに有利な条件を提示しますか。カラガンダから魔力なしを奪うのもいいかもしれませんね」

「アデリナ、ちょっと待て。待ってくれないか」


 流暢に話を進めるアデリナを止めると、不思議そうに首を傾げられてしまう。カイザーは椅子を立つとアデリナの隣に片膝をつき、アデリナの染み一つない小さな白い手に己の硬い手を重ねた。


「私があなたと肌を重ねなかったのは、あなたが愛する人を失った事実があったからだ。王族としての責務を果たすのは当たり前だが、心は簡単に納得できるものではない。だからあなたがこちらに馴染むまで、互いに信頼し合えるまではと思っていた」

「それは出産までしたとは知らなかったからでしょう?」

「驚きはしたが責める気持ちはない。人を愛することは悪いことではないし、何よりも過去は変えられないのだから」

「ミアの魔法に頼れなくなって、怪しい薬を盛られるところでしたのに?」

「だからそれも許すと言った。実際に口にしたのは私ではなくセオドリクだ」

「ミアの魔法があれば純潔を偽装することは可能でした。万一の時を考えて、偽装に使うために魔法薬も準備していました。カラガンダはヴァルヴェギアを欺くつもりでしたが、露見しても文句は言わせないでしょう。現実にヴァルヴェギアはカラガンダの後ろ楯が必要なのですから」

「だからちょっと待て、何故そうなる。あなたの罪を許すと言ったのを忘れないで欲しい」


 厭われていると決めつけて話をされているようで、カイザーは重ねた手に力を籠める。しかしアデリナは王太子妃に相応しい作られた微笑みを浮かべてカイザーを見つめていた。


「ええ、覚えています。観念したというのもありますが、あなたの目を見て信じてみようと思いました。ですが、告白している間に恐ろしくなってしまいました。このような秘密を抱えて何が王太子妃ですか、王妃ですか。わたしは愚かにも策を巡らせ、大切な人を死に追いやっただけでなく、無関係のエルフを殺させようとした女なのですよ。カイザー、このように恐ろしい女を本当に受け入れられるとおっしゃるのですか。こんな悪女、次になにをするか分かりませんよ」


 だから止めておけと言いたいのだろうが、アデリナの姿は怯えから、全身を見えない仮面と盾で守ろうとしているようにも思えた。


 今現在アデリナが背負っているものは、恋人の死と巻き込んでしまったオレムにその妻。何よりも手放し、会うことが許されない娘の存在だ。


 王の近衛であったオレムは、妻の弟がしでかした愚行を許せなかったのかもしれない。しかし妻の弟であり同じ近衛だ。親交があり、気持ちを理解して応援していたのかもしれないし、もしそうなら己の剣で首を刎ねられた義弟のことを、後にどのように妻に説明し、弟の子をどのような思いで実子としたのだろうか。

 そこに王の命令がある限り、アデリナの失敗が子の生死に直結する危険性もあるのだ。手を下す役目をオレム自身が担う可能性もある。この場合、オレムは妻の弟の子供に手をかけることになるのではないか。


 アデリナの失態は隠されており、恋人の死もアデリナを守ってということになっている。義弟が功績を残したのに、オレムが王の側を離れたことを周囲は詮索しただろう。

 輝かしい花形の職業である近衛から外れ、王女の輿入れに付いて来て異国に残された。有事の際にアデリナを自国に連れ帰るのが役目ではあるが、王の手が届くすぐ側で近衛を勤めた男があてがわれるような立場ではない。

 

 けして多くはないが、アデリナにとっては失った恋人に繋がる大切な存在ばかりだ。彼らを守るために告白したのだろうに、恐ろしい女だと、更なる犠牲を作り出すのではないかと怯えている。


「あなたがカラガンダに戻った場合、クローン家に引き取られた子はどうなると思う?」

「わたしは利用価値のある正妃腹の王女です。生きてさえいて父の思惑通りに動くなら、クローン家の娘は何も知らずに幸せになってくれるでしょう」


 次に異国に嫁いだ時に、父王が望む通りの役目を果たす決意を固めきれているとは思えない。しかしアデリナはこの場から逃げだすために平気な様を装っている。セオドリクの首を斬れと叫んだときのような威勢がないのは、自分自身が恐ろしいからなのだろう。

 アデリナは己のしでかしたことが恐ろしく、またカイザーに裏切られる未来に怯え、守らなければいけない人たちの重みに潰されそうになっているのだ。


「一度結婚した王女だ、純潔である必要はなくなるな。関係者が口を噤めば出産の事実も知られることはない。だがどのみち王女としての役目をやらされるなら、このままヴァルヴェギアで続けても同じだ」

「カラガンダには乙女を守っている傷一つない、心優しい王女が沢山います」

「私はあなたがいいと言っている」

「ですが――」

「国のためにもだ。私は正直に話してくれたアデリナと夫婦になり、ヴァルヴェギアを他国に頼らずに成り立てる強い国にしていきたい」


 生死の差はあれど、同じく愛する人を手放した者同士だ。気持ちを理解できる夫婦になりたいと願い迎えた妻を、国同士の事情はあれ、切り捨てるように手放すつもりはなかった。


「同じように愛する人と結ばれない者同士、傷の舐めあいではありませんか?」


 少なからずカイザーの気持ちを理解してくれているらしい。しかし傷を舐めあいたい訳ではないのだ。


「そうではないが、そう思ってくれてもいい。アデリナとなら互いを尊重し、思いやれる夫婦になれる気がするのだ」


 アデリナの意思でカラガンダに帰国し、他の王女をよこすなんてことはできない。ゆえにカイザーはアデリナの理解など必要とせず、したいようにすればいいだけだ。女は口を出すなと一喝し、アデリナに使う時間を政に回した方が有意義と述べる輩も存在するだろう。

 だがしかし、カイザーはアデリナと冷たい夫婦になりたいわけではない。


「私にとってアデリナが生涯の伴侶であることを忘れないで欲しい」


 心から愛した人は別にいる。決着はつけたが、今もまだ気持ちがあるのも確かだ。

 それでもアデリナとは互いに支え合い、ヴァルヴェギアを強く豊かな国にしたいと願っている。アデリナが亡くした恋人や離れた娘を愛し続けることを、二人を想って泣くことを止めさせようとは思わない。


 膝をついてじっと見つめていると、アデリナが小さく息を吐いて瞼を閉じる。そして再び目を開けると、涙の滲んだ瞳をカイザーに重ねた。


「失礼ですけれど、あなたのような方が王太子でこの国は大丈夫なのでしょうか」


 アデリナや彼女の背景を気にかけず、利用することだけを考えるのが正解なのだ。カイザーはマクベスの死に責任を感じているが、心まで非道になるつもりはないし、避けられるなら避けて通るべきだと思っている。


 カイザーが見つめていると、アデリナは一つ息を吐いて椅子を離れた。そしておもむろに両膝をつき、首を垂れ、握られた手を頭上に掲げる。


「ありがとうございます。わたしは愚かな女ですが、これからは道を外さぬよう努力し、殿下のお気持ちに報いるよう日々精進いたします」

 

 名ではなく殿下と呼ばれるのには距離を感じるが、互いに役目を果たすために努力するというなら正しい呼びかけかもしれない。アデリナはカイザーを立て意向に従うと約束してくれたのだ。


「よろしく頼む。ヴァルヴェギアのために尽くしてくれ」


 男女の愛情は望まないが、共に力を合わせて生きていきたいと願う。そうすることでヴァルヴェギアが、アデリナにとって生きていくために意味のある場所になればと願わずにはいられない。






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