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宝物になる日  作者: momo
本編
64/96

王太子妃の過去



 アデリナは怒りを露にしながらも、怯えて震えていた。

 ぎゅっと両手を握りしめ、何かに耐えるように奥歯を噛みしめ美しい顔を歪めている。カイザーが椅子を立つと逃げるように後ずさった。


「アデリナ、私の質問に答えて。あなたは子を成しているね」

「馬鹿なこと言わないで。ヴァルヴェギアの密使は無能です。わたしはカイザーの皮を被った男に犯されたばかりで心がずたずたになっているのです。まったくもって不愉快だわ!」


 吐き捨てたアデリナは逃げるように部屋を出て行く。「待ちなさい」との命令を無視して走っているのかという速さで自室に戻ると、追ってきたカイザーを無視して自身の寝台に潜り込み頭から掛布を被ってしまった。


「出て行って。あなたの顔なんて二度と見たくありません!」


 全身で拒絶を示すアデリナは声を上げて泣き出した。王女としての威厳も、淑女としてのたしなみもかなぐり捨てて、声を上げて泣き続ける。

 カイザーは迷ったものの、現場はラシードに任せることにしてアデリナの寝台に腰を下ろして膨らみに手を伸ばし、ゆっくりと撫でてやる。


「触らないで!」


 拒絶されたが無視して撫で続けた。

 一時ほど続けていると鳴き声が嗚咽に変わり、やがて静かになる。そっと掛布の中を覗くと、泣き疲れたようで、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたまま眠っていた。


 大国カラガンダの王女として育ち格下のヴァルヴェギアに嫁いできたアデリナは、明るく自信に満ちていて、しかしながら後ろ盾を鼻に着せることをせず、夫を立てることを忘れなかった。

 時おり寂しそうな視線を遠くに向けることはあったが、カイザーに気付くと敬い礼をして穏やかで完璧な笑みを浮かべる。

 人の前では夫婦仲を強調するかに距離を近づけてくれ、ヴァルヴェギアのために身を捧げる覚悟があることを会話の節々に匂わせていた。

 共にヴァルヴェギアを支えてくれる妃になってくれると確信して、時と共に夫婦の絆が深まるのだと疑いもしなかった。


 アデリナが愛した人を失っていることは、嫁いでくる寸前に知ることになった。その男と幸せになる未来に胸を膨らませていただろうに、同じく愛した人と別れるしかなかったカイザーは同情し、望みもしない異国に嫁いできたアデリナを大切にしようと決めたのだ。


 そんな中、キアラ誘拐の事件が起きる。

 アデリナは純粋な厚意だけでキアラをカラガンダに誘ったらしいが、側仕えのミアと騎士のオレムの暴走によって、キアラは無理矢理カラガンダに連れて行かれそうになり命の危険まで伴った。

 ミアとオレムが主を庇っているだけかもしれなかったが、アデリナを信じたかったカイザーは、二人をカラガンダに戻すだけの処置に留めた。

 アデリナはミアと離れるのが心細かったのだろう。不安そうにしていたが、カイザーはアデリナの不安を払拭することに精を出すよりも、キアラが愛しているというエルフについて調べることに集中していまい、そのせいでアデリナの心が不安定になってしまったのかもしれないと後悔する。


 ミアとオレムをカラガンダに送り届けた者が、密使より新たな情報を持ち帰って来た。

 確定的な証拠は掴めていないが、二年前、アデリナが十七歳の時に長期の療養に入っていたこと。その時に子供を出産しているのではとの噂が実しやかに囁かれ、出産したと思われる時期にオレム=クローンから実子として娘が生まれたとの届け出が成されているが、オレムの妻は腹が膨らんだ様子がなかったこと。またアデリナが交際していた男がオレムの妻の弟であることが判明したとの報告であった。


 カイザーは不確かな情報を信用せず、更に調査するようにとの指示も出さなかった。過去のことについては何を言っても変わらないのだし、愛する者同士が関係を持って子供が生まれるのも自然なことだ。ただ当時のアデリナに王女としての自覚があったかは疑問であると思いはしたが、過去にどのような事実があったにせよ、傷物をあてがわれたという気持ちは微塵もない。


 しかし今回の件でアデリナが純潔でなかったことを隠したかったことが判明した。

 一国の王太子妃になる王女が傷物であることがあってはならないのは常識だ。

 床入りの偽装をするつもりだったのかもしれないと思い至ったのは、セオドリクがキアラのために起こした今回の件を利用し、乱れてもいない寝台を乱す様子や、口封じにセオドリクの首を斬るように望んだことからである。

 アデリナからカイザーに告白できることではないし、露見すれば今後の夫婦関係の悪化にもつながる。ただカイザーが愛する人と別れる辛さを知っているから理解を示しているだけだ。


 己の失態を隠すために他者の命すら奪うのは、ある意味では王族らしいものの考え方でもあった。

 父王が知れば間違いなくカラガンダに抗議し、有利な条件で更に多大なる国益を望むだろう。ヴァルヴェギアに王女はいないが、王族の中から女性を見繕い、カラガンダの王もしくは王太子の妃や側室にさせることくらいはやらせるに違いなく、今後何かを要求された際にこの件を持ち出すかもしれない。


 アデリナはそういう物を背負わされて嫁いできたのだ。

 カイザーとて幼い頃から戦場に立たされたが、女の身で可哀想にとの同情の気持ちもある。今後も夫婦の関係を続けていくためにも、今回の件は秘密裏ながらも正しく処理し、カラガンダとヴァルヴェギアの違いを理解してもらう必要があった。


 辛そうに顔を歪めて眠るアデリナを見つめていると、開けたままにしていた寝室の扉を叩かれる。顔を上げるとラシードが立っていて、話があると身振りで示された。




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