地下牢
連れて行かれたのは地下牢だ。
暗く冷たい石の階段を降りた先に部屋があって、奥は太い鉄格子に仕切られた牢になっている。そこにセオドリクは捕らわれていた。
城にある牢は要人が罪を犯した場合に捕らえておくものと、侵入者を拘束した時など一時的に放り込んでおく場所の二通りある。
セオドリクが捕らわれているのは前者で、鉄格子の向こうはそれなりの広さと寝台や椅子、暖房といった設備が整えられていた。
きちんと服も着ており酷い扱いは受けていない。一番奥にある寝台に腰を下ろして、どこともいえない場所に視線を向けているが、怪我もしていない様子にキアラはほっとした。
セオドリクの無事を確認したキアラの目が、この場に自分とロルフの他にも、ラシードと多くの騎士が所狭しと地下を占拠していることに向く。セオドリクのことが心配で周りが見えていなかったようだ。途端に圧迫感を覚えて両手を胸に当てた。
「キアラ、こちらへ」
ラシードに呼ばれて一歩前に出ると腕を引かれた。それから背後に回ったラシードに両肩を押されたので、キアラは鉄格子の前に立たされる。人に接触されるのには慣れていないのに、背後からラシードが顔を寄せて来たのでどきりとした。
「あの……」
「何を聞いても黙秘だ」
ラシードは戸惑うキアラの言葉を遮り、背後から肩に手を乗せ顔を寄せたまま耳元で話し続ける。
「何をどうしたのか、その目的や手法を聞いても何も言わない。試しに君を傷つけると脅してみたが、射殺さんばかりの鋭い眼光を向けられただけだったよ」
背後を取られ耳元で話されているが、ラシードの視線がセオドリクに固定されているのを感じる。対するセオドリクは寝台に腰を下ろしたまま、暗く冷たい石の壁をじっと見つめ続けているだけだ。
ラシードはキアラの肩に手を置いたまま「私とキアラだけにしろ」と命じて、居並ぶ騎士たちを地下から追いやった。階段を上る硬質な音が消えると肩からラシードの手が離れ、ようやく圧迫感から解放された気分になる。
「キアラ、セオドリクに聴取を」
「わたしがですか?」
「この頑固なエルフは君になら話をするだろう」
振り返って見上げると、ラシードはとても冷たい瞳を鉄格子の先に向けている。気さくなラシードではなく、騎士団長としてのラシードだ。彼は魔力なしのキアラにも優しく、厭わずに時々触れてくるような人だが、自分の役目を熟知していて非道にもなれる人だ。セオドリクが酷い罰を受けることに恐れを成したキアラは慌てて前を向いた。なにもかも正直に話して許しを請い償うべきだ。
「セオドリクさん、どうしてこんなことをしたんですか。アデリナ様を騙して、その……酷いことを、しましたよね?」
アデリナが裸のまま手をついてカイザーに謝罪していた姿が蘇る。自分のせいでこんなことになっていると確信しているキアラは、共犯であると感じて体が震えそうになり自分自身を抱きしめた。
「セオドリクさん、答えてください」
エルフは嘘を吐かないと言ったのはセオドリクだ。きちんと説明を求めれば正直に答えてくれるはず。黙秘は真実を述べたくない意思表示なのかもしれないが、キアラは自分が関わっているならなおのこと全てを知りたいと思った。
しかしセオドリクは微動だにせず、視線すら合わせてくれない。「答えろ」とラシードが低く命じるが、ぴくりとも動かずまるで聞こえていないようだ。
「私は言ったよな、キアラを傷つけると。今ここでアデリナと同じ目にあわせてみようか?」
再び背後に立ったラシードの手がキアラの肩に伸びると、羽織っていたショールがおもむろに取り上げられ床に落とされた。
「ラシード様?」
「動くな」
背後に立つラシードが腕を伸ばし、前合わせの釦を外される。
一番上からゆっくりと、確実に外れていく釦のせいで胸元が涼しくなり、戸惑うキアラの正面では、何の反応も示さなかったセオドリクが目を吊り上げ、明らかに怒っていると分かる鋭い視線をラシードに向けていた。
「問え、キアラ」
命令する間にもラシードの手は確実に釦を外していく。理不尽なことを許す人ではないが、役目のためならどんなことでもやるのだと改めて理解し、キアラは外された釦の代わりに服の合わせを押さえた。
「アデリナ様にしたことを、どうしてこんなことをしたのかを教えてください」
セオドリクが奥歯を噛みしめたのが分かる。しかし答えない限りラシードは手を止める気がないようだ。釦をすべて外し終わるとスカートの紐に手を伸ばした。
「僕は釦を外したりしていない!」
ついにセオドリクが声を上げ、ラシードは手を止める。
「抱き合ったのだろう?」
「それはっ!」
何かを言いかけたが、セオドリクは再び口を閉じてしまう。寝台から腰を上げ、拳を握りしめて必死に耐えているようだった。
キアラはラシードから再び促され、ぎゅっと胸元を握りしめて口を開く。
「アデリナ様を巻き込んで、傷つけたのは許されないことです」
ラシードの望んだ質問ではないが、これが何よりも言いたかったことだ。するとセオドリクはぎゅっと目を閉じた後、おもむろに鉄格子まで足を運んだ。
「王太子妃にだって罪はあるよ。ミアを庇っておきながら何も知らなかったですまされない。自分の言葉が臣下にどのような影響を及ぼすかくらい分かっていたはずだ」
「だからって尊厳を踏みにじるようなことをして許される筈がありません。アデリナ様は王太子妃なんですよ。子供ができたらどうするつもりですか」
「できないよ。だって僕、王太子妃にまったく興味ないんだから。興味ない女性に反応しない。それで子供ができるわけないじゃないか」
「――え?」
言われた意味が分からなくてキアラは瞳を瞬かせる。
あの場所には明らかな不貞の証拠があったのに何を言っているのか。もしかしてセオドリクは子供の作り方を知らないのか。それにしては――と、思いもしない答えが返ってきたせいで頭が混乱しかけた。
「違うからね、キアラの考えているのは違うよ。僕たちエルフは愛した人にしか反応しないんだ」
反応というのは男性の機能のことだろう。いやでもしかし、一般的な常識としては興味がなくてもやることはやれるはずだと、キアラは寝台に裸で並んでいた二人の光景を思い出す。それにアデリナは必至になってカイザーに謝罪していたではないか。
「あの、でも……セオドリクさんはアデリナ様を裸にしましたよね?」
「え、違うよ。王太子妃は自分で脱いだんだよ」
嫌がるアデリナを無理矢理と想像しかけたが、セオドリクがカイザーの姿をしていたのを忘れていた。アデリナが夫の前で自分から服を脱いでもおかしくない。
「それはセオドリクさんがカイザー様のふりをしていたからです」
「確かにそうだろうけど、僕は二人で寝ているのを目撃させるだけでよかったんだ。なのに王太子妃が媚薬と睡眠薬が混ざったお酒を飲ませようとするし、仕方なく飲んだら素っ裸になるし、風邪ひくから服を着てって言ったら、何やら切羽詰まった様子で焦りだしたりするしで。ちょっと口にするには憚られる気持ち悪いことを言いながら僕まで丸裸にしようとするから、面倒になって魔法で眠らせたんだよ。だから既成事実がないってのは王太子妃も分かっているはずだけど……そうみえたなら僕は十分だと思ったんだ」
最後はしりすぼみになりはしたがセオドリクは状況を説明してくれた。しかしこれは加害者の告白で、アデリナの状態から推察すると信じられるものではない。なのにキアラはほっとしたくて、確実な言葉を求めて鉄格子を掴んだ。
「セオドリクさんは、子供ができるようなことを本当にしていないんですか?」
「してないよ。でも事実はどうあれ一緒に寝てたんだ。これで王太子妃は夫の不貞に文句が言えない。正式な妻にはなれなくても、好きな者同士が愛を語ることは許されるよ」
セオドリクは微笑んで、鉄格子を掴んだキアラの手に自身の手を重ねた。




