罪を犯させたのは
少なくはない人間が目撃した不貞行為。
それは王太子妃アデリナが望んだものではなく、エルフの青年セオドリクによって仕組まれたものだ。
セオドリクは姿を偽り、アデリナを騙してカイザーの寝室にて男女の関係を持った。
現実に恐怖し耐え切れなかったのだろう。アデリナは意識を失うがすぐに目を覚ますと頭をかきむしり、ピンと綺麗に張られた真新しいシーツを蹴って皺を作る。半狂乱になって暴れた後、はっと何かを思い立ったように顔上げ寝台を飛び降りた。
「申し訳ございません!」
寝台を飛び降りたアデリナはカイザーの前で両膝をつくと、平伏し悲鳴を上げるように泣きながら謝罪を繰り返した。
夫以外の男に肌を曝しているのに構いもせず、一心不乱といった感じで謝罪を続ける姿は同性のキアラにすら衝撃を与えた。
アデリナはカイザーに向かってひたすら不貞を詫び続ける。
「あの事件のあと会話もなくなり今後の関係を案じていたところ、誘いを受けて嬉しくなり信用してしまいました。決して不満があるとかではなく、不義を働くつもりも、裏切るつもりもございませんでした。わたしはカイザーだと信じてっ……!」
言葉を詰まらせたアデリナは歯を食いしばって涙を零している。
キアラがこの状況に何ともいえない違和感を覚えながら唖然としていると、カイザーは平伏すアデリナに上着を脱いでかけてやり、何事か話しかけていたが、キアラはその内容に耳を傾けるのを止める。
何故なら捕らわれたセオドリクが、剣を突きつけられて連行されるところだったからだ。
縄をかけられたセオドリクは全裸のアデリナと異なり下穿きを履いていた。しかし武器を隠せる場所などない。だが相手はエルフ族の青年。いかに魔法で縛ろうと彼の前では役に立つものではないからこそ、幾つもの剣先が突きつけられているのだ。
「セオドリクさん!」
キアラが呼ぶとセオドリクは一度立ち止まり、剣を向けられているなんて感じさせない、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを向ける。
「どうしてこんなことをしたんですか!?」
連行されるセオドリクに駆け寄ろうとしてロルフに止められる。キアラの問いにセオドリクからの返事はなかった。
その後キアラはラシードの執務室に待機させられた。
事がことなので緘口令がしかれたが何処まで漏れるのを防げるか。
騙されたとはいえ、王太子妃が王太子以外の子を孕みでもすれば一大事だ。ヴァルヴェギアの責任でもあるが、夫と気付けなかったアデリナも責任を問われる。
キアラはラシードの執務室で一人待たされながら、この事件が自分のせいで引き起こされたことであると分かり始めていた。
セオドリクはいつもキアラの幸せを願ってくれていた。
過去の恋が真実の恋ではなかったと告白したセオドリクが、かつて「キアラのことは僕が絶対に幸せにする」と言ってくれたのを思い出す。
縋るように抱き付かれ、鼻をすすったセオドリクは、キアラを幸せにすると言ってくれたのだ。その言葉をただの優しさだと聞き流していたが、純粋な彼が軽い気持ちで発した言葉ではなかったのだと、今になって気付かされた。
先程セオドリクはカイザーに、「これで好きにする理由ができた」と言った。愛する人と結ばれることを望み、愛する者同士が結ばれないことを嘆いていたセオドリクがこんなことをした理由。
それはきっと、いや、確実にキアラのためだ。
気付いたキアラは全身から血の気が引く。
「全部、わたしのせい?」
予想が間違いでなければ、キアラとカイザーが結ばれるために、セオドリクはアデリナとの不貞を人々に見せつけたのだろう。
妻が不貞をしたのだから夫は愛する人と結ばれる権利がある。カイザーとキアラの障害を取り除こうとしたセオドリクは、アデリナに不貞を犯させ大勢の証人を集めるのに成功した。
セオドリクはアデリナを騙すためにカイザーの姿を映しとった。
想像で幻影を作り出すことができても、誰かに似せるとなると完璧にはできない。カイザーの姿を正しくとるために、種となる何かを手に入れて化けたのだろう。正確に化けなければ衛兵やアデリナを騙せない。普通の魔法使いには不可能だが、セオドリクは対象者の髪の毛一本でもあれば見た目を完璧に真似でき、魔力なしすら欺けるものになる。
キアラ捜索のため、王族の居住区に足を踏み入れることが許されていたセオドリクなら、カイザーの毛髪を密かに手に入れることは可能だったに違いない。
キアラは不安なままじっと待つ。
夜が明け朝日が昇るとロルフが呼びに来てくれ、セオドリクの取り調べに同席するように指示された。
「エルフの魔法に対抗できるのは魔力なしだけだ」
「ロルフ様はセオドリクさんが危害を加えるって思っているんですか?」
不純な動機で雇われたとはいえ、セオドリクはヴァルヴェギアのために力を尽くしてくれた。一緒に母親のところまで行ってくれただけでなく、彼女の病が楽になるように力を使ってくれたのだ。そのセオドリクが魔法で攻撃を仕掛けてくるなんてキアラには考えることができない。
「キアラも見ただろう。セオドリクは我々を裏切ってアデリナ様に手を出したんだ。これは決して許されることじゃない」
「だけどっ……」
見たことが現実として受け取られる。証人は少なくなく、言い返したくてもできない。キアラは唇を噛んでロルフに従った。




