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宝物になる日  作者: momo
本編
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人間は可哀想



 王族の居住地と外界を繋ぐ隠し通路。その存在がカラガンダに漏れているのは問題だが、最優先はキアラの救出だ。逸るセオドリクをラシードが引き止める。


「隠し通路を使っているのが分かった以上、ミアが誘拐に関わっているのは間違いない。動くのは深夜だ。セオドリク、キアラは必ず取り戻すから明日の夜まで動くな」

「どうして。急がないとミアの魔力を追えなくなる!」


 時間が経てば魔力の痕跡は消えてしまう。通路が繋がっている場所が何処か分かっているなら駆け付けて、ミアが残した魔力の痕跡を追えば間違いなくキアラに辿りつくのだ。

 急ごうと訴えるセオドリクに対して、ラシードは騎士団の長らしい最もな言葉を吐いた。


「この問題はキアラを取り戻して終わりじゃないからだ」


 今すぐに駆け付ければキアラを取り戻すのは可能だ。しかしそれで終わり。個人の魔力を特定できるのがセオドリクだけである以上、犯罪の証拠としてミアを現行犯で捕らえる必要があった。そのためにはキアラと一緒にいるところを捕縛するしかない。誘拐されたキアラ本人の証言があっても、ヴァルヴェギアより優れた国であるカラガンダの王女に守られたミアを捕縛するのは現行犯以外では困難なのだ。

 

 キアラの居場所だけ特定して監視する方法が最善だが、救助対象のキアラの居場所が分かった時点でセオドリクはラシードの手に負えなくなるだろう。犯人を現行犯で捕縛することに了承したとしても、キアラを前にしてセオドリクが約束を覚えていられるとラシードは思っていないし、その点を突かれるとセオドリクも確約できなかった。


 そんな事情だけでキアラ救出を丸一日待たされることになる。

 セオドリクは気が急くばかりで落ち着いていられず、姿を消してミアの監視をすることもできなくなっていた。それでも夜が更け、闇に紛れて城の近くにある森に身を潜め待つと、苔が張り付く岩の影からミアが姿を現したのを認める。


 尾行を気付かれないよう、離れて後を追う。闇に紛れミアの姿が見えなくても強い魔力の痕跡はセオドリクを導いてくれた。

 

 辿りついたのは城からそう遠くない、寂れた一角にある古い建物だ。

 主を失くしたそこはかつて宿屋であったようだが、人の出入りはなく、辺りもしんと静まり返っている。軋む階段を上ると気配ですぐに分かった。会話を盗み聞くために待つように指示されていたが、薬を使って遺体のふりをさせると聞いて怒りに震え、気付いた時にはミアの首を掴んで持ち上げていた。


「やめろ、殺す気か」とロルフに怒鳴られた。女性を殺したりするつもりはないが、結果的に殺しかけたのだろう。咳き込むミアをロルフが拘束するのを茫然と見下ろしているとロルフから鍵を渡される。

 キアラを拘束しているカギだと気付いて、悪意から守るためには閉じ込めておくべきだったと思ってしまう。けれどそれはキアラが望まないと否定して、それでもキアラを奪われないためには閉じ込めておくしかないのだとの考えが脳裏をかすめ。その度に否定しては湧き上がり。

 そうしているうちにラシードに呼ばれ、自分が何をするべきか思い出したセオドリクは、キアラの足を拘束する鉄輪に鍵を差し込んだ。


「大丈夫?」


 手足は拘束具で傷つけられ酷い有様だ。頬もこけてやつれてしまっている。どんな酷い目に合わされたのだろう。可哀想に。

 キアラの頬を包み込むように両手で触れると、キアラも瞳を揺らしてセオドリクの頬を包み込む。冷たい、体の芯から冷え込んだ人の手だ。なんて可哀想なのだろうと心が痛む。


「セオドリクさんこそ、大丈夫ですか?」

「僕は大丈夫だよ」

「でも、とても酷い顔をしています」

「美しい僕に向かって凄いことを言うね」


 やっと居場所が分かると思ったのに、手掛かりを見つけて一晩待たされたのだ。たった一晩だが、セオドリクにとっては永遠のように感じた時間だ。大切な人の側にすぐに向かえなかったせいで、酷い有様であると自分でも感じていた。

 これが大切な人を得たエルフの姿だ。

 恋した人に振られて泣き暮らす程度は真実の愛ではない。

 本当に心から得たい人を失いそうになっただけで、たった一晩で朽ちてしまいそうになる。それがエルフという一族だ。


 セオドリクは取り戻した大切な人をそっと抱き締める。

 初めは優しく、けれどすぐに腕に力を込めた。


「助けに来てくれてありがとうございます」

「うん」

「大丈夫ですか?」

「エルフの里に連れて帰って、閉じ込めておけばよかったって後悔してる」

「それはちょっと……でも、ありがとうございます」


 感謝の言葉を貰うが、セオドリクの心は一向に晴れない。

 キアラが無事でよかった、ちゃんと生きてくれていてよかった。

 カラガンダに連れて行かれたら乗り込んで奪い返せばいいだけだが、それでもこうして傷つけられていたと目の当たりにした今は、もっと早くに取り返したかったと後悔ばかりだ。

 ラシードの言い分やヴァルヴェギアの事情なんて無視して、脅してでも昨夜のうちに見つけておけばよかった。


「本当に後悔ばかりだなぁ」


 小さな呟きだが、抱き締めているせいでキアラの耳に届いてしまった。「後悔ですか?」と問われ、「うん」と返事をしたセオドリクは、キアラを抱く腕に更に強く力を込めた。


 どんなに後悔しても、それはセオドリクの一方的な思いに過ぎない。

 キアラはヴァルヴェギアに生まれて、この地で人生を歩んできたのだ。

 家族と引き離されて、過酷な戦場で恋をして、その想いも人間たちの事情であきらめさせられて。辛いことばかりのようだがそうでもなく、兄と母に巡り合うことができて、ちゃんと居場所もある。この先がどうなるか分からないが、キアラが今を生きているのはヴァルヴェギアという国だ。セオドリクの勝手な望みを押し付けていいわけがない。


 こんな酷い目に合ったキアラのために何ができるのか、セオドリクは考えなくても分かっていた。

 何物にも縛られない、自分が大好きで、自分中心に生きているエルフの青年。

 そんなエルフだからこそ人の世界でも身勝手に振る舞えるのだ。


「ねぇ聞いて」


 耳元で告げると、キアラの頭がほんの僅か傾いて「何を?」と聞き返しているようだ。セオドリクは愛しい人の黒髪に唇を押し付ける。そしてキアラ以外の誰にも聞こえないよう、小さな小さな声で囁いた。


「王太子が王位欲しさに君を利用したっていうのは嘘だよ。王太子は今も昔もキアラが好きなんだ。だけど国のために異国の姫を妻にしないといけない。だから君に嫌われるやり方で別れようとしたんだ。王太子はね、君を愛しているから、君の幸せだけを願って、嫌われるやり方を選んだんだよ」


 キアラに出会った当初から知っていた事実を、大切に大切に抱き締めて静かに語る。

 人の事情なんかに興味はなかったのに、気付いたらキアラを好きになって、とてもとても大切な人になっていた。

 他の女性に恋をしている姿を一番近い場所で見せていた。ユリンが大好きだと語り尽くした。今更キアラに恋していると気持ちを告げても、変わり身の早さを指摘され、信じてもらえないだろうから告白する勇気もない。

 本当はカイザーがキアラのためにしたことを知らせたくなかった。カイザーが今もキアラを大切に思っていることを知られたくなかったのだ。

 秘密にして、いつか隙ができたら告白してしまおうとすら思っていたが、同時に自分の想いはカイザーに劣っていると分かってもいた。

 キアラを想うあまり自己を犠牲にしたカイザー。セオドリクは彼のように自らを犠牲にしてキアラを愛せていない自分に、キアラを手に入れる資格はないと感じていたのだ。

 それなら、どうしたらキアラを幸せにできるのか。

 自分の手で幸せにするのが無理なら何が一番なのか。

 セオドリクは、カイザーのように考えて行動してこそ、ようやく同じ場所に立てるような気がした。


「本当に好きなのが誰なのか告白できないなんて、人間は本当に可哀想だよね」


 カイザーの気持ちを知ればキアラが悩むことは分かっている。互いに届かない想いだと悲しみ合うだろう。だからセオドリクは言い逃げするつもりはない。二人の幸せのために何ができるのか。障害が何なのか、セオドリクなりに考えているのだ。


「大丈夫、叶わないなんて思わないでね。キアラはヴァルヴェギアで幸せになれるよ」


 赤子をあやすように背中をなでてやるがキアラからの返事はない。セオドリクはキアラの顔を見るのが怖くて、抱き締めたままの態勢で優しく背中をなで続けた。


 




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