表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝物になる日  作者: momo
本編
55/96

激昂



 連れ去られ監禁されてから六日目の深夜。

 扉が軋んで開く音でキアラは意識を取り戻した。


 足音をさせずに近付くのは王太子妃アデリナに仕える魔法使いのミア。彼女は一日に一度だけ、夜も更け人々が寝静まった時間になると、キアラに食事をとらせるためにやって来る。


 手の届く場所に水と食料が置かれているが、捕らわれてからキアラが口にするのは水だけだ。

 初めは逃げ出すために体力をつけようと思っていたが、しっかりと拘束されているうえに、宿屋であると思われるのに人の気配がまるでなく助けを呼ぶ機会はなさそうなのだ。それならこのまま連れて逃げるには憚られる状態を作り出そうと絶食を試みているところである。


 逃げ出そうともがいたせいでさるぐつわをされている口や、ロープで拘束されている手足は擦れて腫れ、鉄の輪がはめられた左の足首に至っては血が滲んだ後に膿が出てじくじく疼いている。気付いたミアが傷用の軟膏を塗ってくれるが、逃げようとしてもがくのを止めないせいで治りは遅い。

 魔力なしであるキアラには魔法で効果を高めた薬も効きが悪く、魔力なし専用に作られた薬を知られないように手に入れるのは、カラガンダでは簡単だとしても魔力なしが少ないヴァルヴェギアでは困難だ。その証拠にミアが持ってくる軟膏は一般的なもので、彼女が周囲を警戒しているのは明らかだ。


 ミアが魔力なし用の薬を手に入れようとすれば、足がついて必ずラシードの耳に入る。キアラはそれを狙っているのだが、今夜も塗られる軟膏は昨日までと同じもの。ほとんど効き目がないと分かっているのに、ミアは薬を丁寧に傷に塗り込んでいた。


 日に日に体力は衰えていくが、未だ連れ出されない所を見ると監視が厳しいのだと予想がつく。嫌がる人間を隠れて連れ出すのは難しいものだ。

 薬を塗り終えたミアが煮込んで柔らかくした粥を匙にすくって差し出したが、キアラは口を堅く閉じたまま顔を背けて拒絶を示した。


「いいかげん口にしていただけませんと命の危険がございます。あなた様に死ぬ気がないのは分かっていますので根競べは無駄です」

「あなた一人でどうやってわたしをカラガンダに運ぶのか知りませんけど、身動きが取れなくて焦っているんじゃありませんか。軍事力が衰えてカラガンダの後ろ盾を得ているのは事実ですが、それでもあなたの言うようにラシード様は有能です。きっとここを見つけてくれます」


 ラシードだけじゃない。兄のロルフも、エルフ族のセオドリクもいるのだ。彼らの力を上手く使えばミアに欺かれることなく見つけてくれると信じていた。だからキアラは食事をとることを拒絶して、死にかけてもこれ以上遠くに連れて行かれないようにしなくてはならない。

 

「確かに現在は身動きが取れなくなっていますが、わたくしはどうとでもなります。あちらには何の進展もないようですので警備もまもなく緩むでしょう。その時が来ましたら、あなた様には遺体に扮していただくつもりです」

「遺体!?」


 驚いたキアラは絶食でふらつく体を起こし、寝台の上で後ろずさってミアから距離を取った。


「わたしを殺すの!?」

「まさか。あなた様は妃殿下がお気になさる憐れな魔力なしです。妃殿下が望む、人としての素晴らしい人生を歩んで頂くために、死んだふりをして国境を越えていただきます」

「わたしが協力すると思っているんですか」

「薬を使うのです。後遺症の心配がございますので、できるなら使いたくないのですが、ご協力いただけないようなので仕方がございません」


 薬で死んだように見せかけると言われ、キアラは恐ろしくて体が震える。魔法で見せかけの死人を作り出しても魔法が解ければ元通りだが、薬は人体に直接の影響を及ぼすものだ。そのまま死んでしまうとも限らないし、目が覚めても後遺症で一生寝たきりとなる可能性もある。


 恐ろしさのあまり息をのんだと同時に、ミアも何かに驚いたようで大きく目を見開く。ミアが驚いた理由にキアラが気付いた時、その人の手は彼女の首を絞めるように掴んでいた。


「何をとぼけたこと言ってるの?」

「セオドリクさん!?」


 キアラの目の前にはセオドリクがいて、そのセオドリクは今まで見たこともないような冷たい視線をミアに向け、片手でミアの首を掴んで絞め上げている。ミアは苦しそうに顔を歪めると、バチバチと弾ける何かしらの魔法を放っていたが、セオドリクは物ともせず、ミアの首を絞めて冷ややかに見下ろしていた。


「薬を使うだって? 仕方がないだって? 思い通りにならないから無理に従わせようなんて、本当に人間はどこまでも愚かだね。僕の大切なキアラにそんなことしようと考えるだけでも許せないよ」


 セオドリクの美しい指がミアの首に食い込みおもむろに高く持ち上げられる。苦しむミアは足をばたつかせ爪をセオドリクの手に食い込ませるが、セオドリクは痛みに顔を歪めもせず、ただ冷ややかに高く持ち上げたミアを睨み付けていた。


「僕はとても怒っているんだよ。これほど怒りを覚えたのは生まれて初めてだ」


 闇夜に近付く月は陰り、頼りない灯に浮かぶ絶世の美貌。氷で作られ温もりの一雫すら持ち合わせていない冷たさは、陽気で幼く恋に恋していたエルフの豹変したものだ。驚くキアラは知らないが、これは愛しい人を傷つけられた時に見せるエルフの本質的な姿でもある。


 ミアに命の危険が迫っていると分かっていたが、いつもと異なるセオドリクの様子にキアラは声が出ない。驚きと恐怖で何もできないでいたが、新たに侵入者が現れたことで我に返る。


「ロルフ様、セオドリクさんが!」


 ロルフに続いてラシードが姿を現し、キアラの声に導かれるようにしてロルフがセオドリクとミアの間に入った。


「やめろセオドリク!」


 ロルフはミアとセオドリクを引き剥がすと、激しく咳き込むミアの腕を後ろに拘束した。ラシードは辺を素早く確認してからキアラに手を差し伸べる。


「大丈夫か」

「ラシード様、セオドリクさんが……」


 キアラは氷のように冷たく、鋭利な雰囲気を纏うセオドリクから目が離せない。こんな様子のセオドリクは初めてだ。


「ああ、かなり怒っているな」


 これまでと異なり、声をかけるのすら憚られる感じだ。特にキアラにはエルフとしての美しいセオドリクの姿が目に見えているせいで、その美貌が怒りの度合いを強く印象付けているように見えてしまう。


 手足の拘束をラシードがナイフで切ってくれたが、左足にはめられた鉄の輪は鍵がなければ外せない。ロルフがミアの身体検査をして見つけた鍵をセオドリクに渡すと、受け取ったセオドリクは鍵をじっと見つめていて、それはラシードが声をかけるまで続いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ