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宝物になる日  作者: momo
本編
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絶対に幸せにするから



 美しい男性に抱き締められ、「攫って行こうか?」と言われて、ぐらっとこない女性はいないだろう。

 事実キアラの鼓動は跳ねたが、「僕が君を攫ってしまえば全ての問題が片付く」と言って瑠璃色の瞳を揺らしたセオドリクの顔を見ていたお陰で、悲嘆に暮れそうになっていたキアラは現実に引き戻され、セオドリクの言葉に囚われずにすんだ。


「エルフの僕が攫うんだからヴァルヴェギアは文句が言えない。キアラのお母さんもハウンゼル殿も罰を受けない。エルフの里なら魔力なしも苦労なく生きていけるよ」


 キアラを胸に押し付けたままセオドリクは言葉を続ける。

 胸に押し当てられているせいで少しくぐもって聞こえるセオドリクの声。

 語られる文句は魅力的で誘惑されそうになるが、セオドリクが優しいから紡いでくれる甘言にすぎない。

 いや、セオドリクは口先だけの男ではない。言葉の全ては実行できるもので、セオドリク自身が心からそう思っているからこそ口に出してくれたものだ。

 可哀想なキアラのために。


 勘違いしそうになるが引き込まれてはいけないと、生まれそうになる感情をあえて封印する。

 キアラはこの気持ちを知っていたが、叶わない想いを抱いて苦しむのはもう二度と御免だった。


 セオドリクがキアラにくれる言葉は嘘ではないが、彼の気持ちが誰にあるのかキアラは本当によく知っていた。初めて会ったときからずっと恋する人への想いを聞かされ続けたのだ。

 残念なことに想いは届かなかったようで、セオドリクが自分自身で終止符を打ったが、恋した気持ちが簡単になくならないことくらい知っている。

 特にセオドリクは初恋に敗れ、七十年の時を悲しみに明け暮れて過ごしたのだ。心を痛めていることくらい容易く想像できた。

 そんな中で、慰めて欲しいと一言も言わず、同じく恋に破れたキアラを応援してくれる。気持ちを楽にしようと尽くしてくれる。

 こんな人、後にも先にもセオドリクだけだろう。

 大切な友人だ。馬鹿な勘違いや醜い嫉妬で失いたくない人だ。

 

 それでも彼の優しい言葉が嬉しくて、少し寂しさもあるが心地よい温もりに縋りたくて、あと少しだけと思い、黙って声に耳を傾ける。


「もし二人に会いたくなったら、いつでも人の世界に連れて来てあげる。僕はね、魔力がないってだけで命を物のように扱う人間が嫌いだ。君にはご両親が与えてくれたレオノールって綺麗な名前があったのに取り上げられて、新たな魔力なしという物に作り変えられた。家族にやっと会えたのに今度はみんなが金貨なんかに苦しめられている」


 セオドリクは、キアラだけでなくメノーテもロルフも可哀想だと続けた。


「ねぇキアラ、こんな世界に未練なんてないよね。君を幸せにするって約束するから、僕と一緒にエルフの里で暮らさない?」


 魔力なしと同じような生活をおくるエルフ族。彼らの世界ならキアラも不自由なく生きて行けるだろうと、前にテントを張りながらセオドリクが教えてくれた。

 そこで一緒に暮らそうと誘われて、キアラはとてつもない喜びを感じたが、とうてい無理な話だと分かっている。

 セオドリクに抱き締められて、胸に縋るのは心地いい。

 けれどセオドリクの言葉に一緒に行くという勇気と立場を持ち合わせていないのだから、甘えてばかりではいけない。

 名残惜しかったが、キアラはセオドリクの胸を押して顔を上げる。


「ありがとうございます」

「じゃあ!」

「でも、わたしにはヴァルヴェギアで魔力なしとしての役目があります。エルフの里には行けません」

「君は十分役目を果たしたよ。僕が思うに果たさなくてもいい、押し付けられただけの役目を果たした」

「ヴァルヴェギアで魔力なしとして生まれたからには、果たさなければいけない役目です」


 だから行けないと告げたキアラに、セオドリクは今にも泣きそうな顔をぐいと寄せる。


「まだ第三王子が好きなの? これは第三王子のため?」

「それは――」


 好きか嫌いかで問われれば好きだが、あきらめなければならない人と位置付けられてずいぶん経つ。

 それでも今現在カイザーの腕の中に閉じ込められて、あれは全て嘘だと謝罪されて好きだと告白されたら、言葉をそのまま信じてしまうだろう。しかし「愛しています」と返事ができるかどうかといえば、できない気がした。


「第三王子がいるから、僕とは一緒に行けない?」

「わたしは自分の意思で自分の生きる場所を決めることができません。もし決めていいといわれても、今のヴァルヴェギアから出て行くことはしないと思います」


 選択の自由を与えられても、魔力なしが他国に渡る危険を知っているので実行できない。戦いのある世界しか知らないキアラには、自分がどこに行けばいいのかもわからないし、魔力なしとして役立つことは、自分を探してくれた母やロルフを守ることに繋がるのだ。

 それを生きる理由に頑張るつもりでいた。突然こんなことを問われても正しく明確に答えることができなかった。


「ねぇキアラ、君は第三王子が好き?」

「多分、まだ好きです」

「そう……なんだ」


 とても悲しそうに眉を寄せたセオドリクの様子にキアラは戸惑う。

 キアラが今もなお失恋に深く落ち込んでいると思っているのだろうか。


「カイザー様のことはあきらめています。仄かな期待も持っていませんよ。セオドリクさんだってフェルラさんやユリンさんのこと、今もまだ心の中にあるでしょう? 気持ちって簡単には消えないものですよね?」

「あるけど……キアラが第三王子を想うのとは違ってるよ」

「え、どうしたんですか。フェルラさんへの想いから立ち直るのに七十年かかったんですよね? ユリンさんへの気持ちはどうなっているんですか?」


 これからまた七十年落ち込むのかと思っていたが事情が違うのだろうか。

 キアラが瞳を瞬かせると、セオドリクは視線を泳がせて溜息を吐き、とても疲れたようにしてキアラの肩に額を置いた。

 こういう仕草をされると妙な感覚を覚えてしまい、キアラの目元がほんのりと色づく。


「ごめん、キアラ。フェルラもユリンも真実の恋じゃなかった」

「え、それは――そうなんですか」


 エルフが真実の恋をすると破滅を招くという。

 その危険な恋に憧れて人の世界に足を入れたのだ。今回も真実ではなかったと気付いて落ち込んでいるのだろう。


「大丈夫ですか?」


 自分のことばかりで甘え過ぎていた。セオドリクはキアラと恋について話をしたかったのだろう。けれどキアラがそれどころではなかったせいで、言いたいことも言えずに悶々としていたのかもしれない。

 エルフと知って利用しようとするユリンを好きではなかったので、これはこれで良かったのだが、セオドリクが落ち込んでいる姿は見ていて悲しいものだ。

 キアラは励ますようにセオドリクの腕を撫でてやる。すると今度は縋るように抱き付かれた。


「ごめんねキアラ。フェルラとユリンは僕の真実じゃなかったんだ。恋がこんなにつらいなんて思わなかったよ」

「そうですね。人を好きになるのって辛いですね」


 恋に恋して浮かれていたセオドリク。

 真実の恋が何であるのか知ったセオドリクの心の変化にキアラは気付いていない。

 

「キアラのことは僕が絶対に幸せにするからね」

「ありがとうございます。そう思ってくれるだけで幸せですから、どうか悩まないで下さい」


 キアラの肩に額を預けて抱き付いたまま、ずるっと鼻をすするセオドリクが、この後とんでもない事態を引き起こすなどと、今のキアラには想像もできないことだった。






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