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宝物になる日  作者: momo
本編
43/96

家族の値段



 心に耐えがたい痛みを抱えてキアラは蹲った。

 古い箱にいっぱいの金貨。普通の人間なら手にすることができない額だ。

 メノーテは決して裕福な暮らしをしていなかったのに、どうしてこれほどのお金を持っているのか。

 金貨の出所を推察したキアラは、苦しくて悲しくて、同時に怒りを感じて体が震えた。


「キアラ、どうしたの。大丈夫?」


 床に散らばった金貨には目もくれず、セオドリクが並んで支えてくれたが、キアラは感情のやり場が分からず、助けを求めてセオドリクの胸を掴む。


「キアラ?」

「これは――これって」


 苦しくて息ができない。

 込み上げてくるこれは何なのか。

 キアラが縋るとセオドリクはぎゅっと抱きしめてくれた。


「どうしたのキアラ?」

「これは、このお金は……わたしの金額です」


 袋に詰まった大量の金貨。

 それは国が親から子を奪い黙らせるための金額。

 キアラが買い取られた、キアラの人生の金額だ。

 

 セオドリクも思い至ったのだろう。はっと息を呑んだ後、キアラをぎゅっと抱きしめて腕の中に閉じ込める。


「違うよ。違うよキアラ」


 そう言ってセオドリクは腕に力を込めた。


「これはキアラを売ったお金じゃない。キアラのお母さんは絶対に娘を売ったりしない。これは君を取り戻すために受け取ったものだ。ねぇキアラ、キアラのお母さんは君を愛している。分かってるよね?」


 セオドリクはキアラの頭に鼻をすり寄せながら説得した。


「分かっています」


 そうだ、キアラだって分かっている。

 ハウンゼル家がキアラを連れて逃げたことを知っている。逃げた先で助けてくれた人たちの命まで盾にされて、彼らは仕方なくキアラを国に差し出した。

 恐らく抵抗を続けていたらハウンゼル家の人たちもその場で消されていた可能性がある。

 魔力なしは役立たずとされながら、戦場ではとても役に立つ存在だ。平和ならともかく、幼い王子でさえ戦場に立たされた時代に、貴重な魔力なしが生まれたことは決して見逃せない事実だったのだろう。

 ハウンゼル家の人たちは、生きて娘と再会する日を実現すると心に決めて娘を差し出したのだ。

 だから分かっている。彼らがキアラを望んで売り渡したのではないことは。

 納得させるために与えられた金貨に手をつけなかったのは後ろめたかったからではなく、奪い返した娘を逃がすために必要だと思ったから手をつけずに保管していたのだろう。


 もしこのお金を使ってしまえたら、ハウンゼル家の人たちには別の人生があったに違いない。

 二人の兄は若いので徴兵されたかもしれないが、望んで命を危険に曝す騎士にはならなかっただろうし、心臓の持病があって三年前に亡くなった父親は、このお金であらゆる治療を受ける機会を得ることができただろう。メノーテも同じく、病状が悪化する前に高価な魔法薬を手に入れてまだまだ元気にやっていたかもしれないのだ。

 

 なのに彼らは手をつけず、取り戻した娘に惜しむことなく渡してくれた。

 楽で贅沢な生活だってできたのに、受け取らざるを得なかった状況であったにもかかわらず、受け取った現実にどれ程の後ろめたさを感じながら生きてきたのだろうか。

 見なかったことにと言ったロルフの表情が思い出され、キアラはぐっと拳を握りしめた。


 ロルフはラシードに仕える騎士で、キアラの護衛騎士でもある。護衛騎士は自国の魔力なしが敵に渡る場合、殺してでも阻止する役目も担っているのだ。

 見なかったことにするという発言は、国を裏切って罰を受ける決意を固めた言葉だ。

 ロルフには妻と子がいる。守るべきは幼い妹ではない。


 こんな悲しい想いをさせる大量の金貨。キアラはこれが憎くてたまらなかった。


「彼らがこのお金を受け取った理由は分かっています」


 受け取らなければ命がなかったからだ。

 国に背かず、従順な振りをして、いつの日かレオノールを取り戻すと決めていたからだ。


「だけどこの重みがわたしの人生なんだと、国に尽くす対価だと思うと、両親がどんな思いで受け取ったのかと考えると悔しくてたまらない!」


 キアラに魔力があればクラウスだって死なずにすんだかもしれない。家業を継いで鍛冶師になっていれば騎士にならず、徴兵もされないで生きてきた可能性が高いのだ。

 メノーテはクラウスの死を前向きに受け止めているが、そう思うしかなかったのではないのだろうか。

 ロルフが見なかったことにしたのは、もしもの時、逃げる手段を取り上げたくなかったから。立場上知れば取り上げなければならなくなるから、見て見ぬふりをすると言ったのだ。


「あの人たちはいつまで自分を犠牲にするんだろう――」


 戦場で身を挺することしか教えられなかったキアラが、これから先どこかに逃げ出すなんて出来る筈がない。国が与える場所でしか生きていけないし、逃げるつもりなんてこれっぽっちもないのに。


 メノーテとロルフ、母と兄。

 キアラの家族はこの二人しか残っていない。

 彼らが望むのと同じ、キアラだって二人の幸せを願っている。二人が生きているから、キアラを愛してくれていると知ったから幸せになろうとも思えた。だけど彼らの犠牲の上に成り立つ幸せなんてまっぴらだ。


「お母さんとロルフ様の気持ちは嬉しいです。でも自分を犠牲にしてまでと思われ続けるのはとても苦しい」


 彼らはずっとずっと苦しんで来た。それこそキアラが物心つく前からずっと。

 娘が、妹が生きていると知ったのだから、これからはキアラが魔力なしとして戦場で死ぬ未来を案じたり逃げるのを望むでもなく、穏やかに、そして新しい家族を何よりも大切にして生きて欲しいのだ。


「わたし、魔力なしとして生きることに絶望なんてしてないし、文句もないんです。二人がわたしのために願ってくれるように、わたしだって二人には心穏やかな時を過ごして欲しいんです」


 なのに金貨こんなものが現実を突きつける。


「それじゃぁ、僕が攫って行こうか?」

「え?」


 突然の言葉にキアラは顔を上げて瞳を瞬かせた。


「セオドリクさん?」

「僕が君を攫ってしまえば全ての問題が片付くよ」


 驚いて見上げるキアラの頭にセオドリクの手が添えられる。

 セオドリクは瑠璃色の瞳を揺らして今にも泣き出しそうな表情をしていたが、それを隠すかにキアラの頭を自分の胸に押し付けた。





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