反りが合う
日の出とともに起床して、準備が終わるとほぼ同時にロルフが迎えにきてくれた。
キアラは灰色のマントに身を包み、フードを目深に被って人目を避ける。ロルフも剣を帯びているが騎士服ではなく、焦げ茶色のマントに身を包んだ、ごく一般的な旅装だ。
城下はカラガンダから王女を迎える準備が整っていた。
季節を無視して咲き乱れる、美しい花々で彩られた石畳を二頭の馬が進んでいく。季節に関係なく四季の花が一斉に咲き乱れているのは、魔法の力で種を発芽させ開花させたからだ。
カイザーの妻になる人を祝う花。
花の道を王女より先に通ることにキアラは居心地の悪さを感じたが、道の先に美しく咲き誇る花たちが霞む存在を見つけてしまい、驚いて目を丸くした。
「セオドリクさん、どうしてこんなところに」
銀色の長い髪が朝日に照らされ輝いて、遠目でも瑠璃色の瞳がキアラを捉えているのが分かる。
セオドリクは馬上からキアラを真っ直ぐに見つめていた。
「こんなところって、久し振りに会った友人に対して随分な言い草だよね」
面白くなさそうに眉を寄せたセオドリクだが、朝日のせいでいつも以上に光り輝いていて、キアラは眩しさに目を細めたまま「ごめんなさい」と謝罪した。
「ラシード様のご命令で忙しくしているんだろうなって思っていたから」
城に戻ったセオドリクはラシードに呼ばれて、その後は顔を合わせていなかったので久し振りである。
カラガンダから王女を迎えるのに忙しくしているのは分かっていたので、突然姿を見せたセオドリクがここで何をしているのかと不思議に思ったのだ。
「そうだよ。騎士団長からこき使われて君と話しをする暇もなかった。でもいいんだ。それもこれも昨日で終わり。今日からは僕も休みだから一緒にいようね」
「一緒にって……ごめんなさい。ロルフ様と約束をしていて」
「知ってるよ」
そう言ってセオドリクは大変不満そうにロルフを睨み付けた。
「ハウンゼル殿、あなたに失礼をしたことは詫びないよ。だって僕はあなたがキアラのお兄さんだなんて知らなかったんだから」
「なっ……!」
セオドリクの言葉にキアラとロルフは息を呑む。
二人の関係は秘密で、知っているのはラシードだけだ。魔力なしとその家族が接触を持ったことを知られるのは危険なことである。
驚く二人を前にセオドリクは意地の悪い笑みを浮かべた。キアラにはそれだけでセオドリクが怒っているのだと分かる。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう。僕はエルフだ、人の魔法使いとは違うんだよ。ああ、心配しないで。秘密にしたいってのは分かっているから、二人の関係を吹聴したりするつもりはないよ」
セオドリクはキアラたちが考えていることに答えを出すと、ロルフを睨んでいた目を優しく細め、それはそれは穏やかに微笑んで僅かに首を傾げた。
恐らくセオドリクが魔法で姿を偽っていなければ、老若男女、誰もが腰を抜かすであろう美しく可憐で衝撃的な笑みだ。
正しく姿を見ているキアラはあまりの眩さに目を閉じて天を仰いだ。
「はじめまして、キアラのお兄さん。僕はエルフのセオドリク。僕も一緒に行くからね、どうぞよろしく」
「いや……よろしくと言われても困る」
「何で困るのさ。僕は君たちの関係を言いふらしたりしない、ちゃんと秘密にできるよ。エルフは嘘を吐かないから信頼してくれていい。っていうか、キアラが困ることをしないってのが正しいかな」
「私と君は反りが合わない者同士だと思うが?」
「反りは合うよ。だって僕がハウンゼル殿を嫌っていたのは、妻子あるくせにキアラを口説いているって思っていたからだ。あなただって僕のことを見境なく女性を口説く魔法使いって思っていたでしょう。だけど真実は違った。ハウンゼル殿はキアラと血の繋がった兄で、僕はユリンを口説くのをやめている。勿論、ユリンを口説いていると同時にキアラを口説いたりしていない。ねぇ、そうだよねキアラ」
急に話をふられたキアラは天を仰ぐのを止め慌てて頷いた。
その通り、セオドリクとキアラはあくまでも友人であって、セオドリクはユリンを口説いていると同時にキアラに言い寄ったりしていないし、どこまでも誠実で優しいエルフだ。キアラを厭わず、魔法が解ける心配すらせずに抱き締めてくれた魔法使いだ。
「ロルフ様、セオドリクさんは不誠実な男性ではありませんよ」
「ユリンから君に乗り変えたのでは?」
「そんなことありませんよ。ねぇ、セオドリクさん」
「……うん、まぁ、そうだね」
歯切れの悪い返事だが、キアラが疑問に思う前に「だから」とセオドリクが声を上げた。
「僕もハウンゼル殿も不誠実な男は嫌いだから、反りは合ってる」
「だからといって反りが合うとは言わないだろう?」
「騎士って頑固だな。キアラのお兄さんにこんなこと言うのは失礼だけど、本当に頭が筋肉で出来ているんじゃない。細かいことはどうでもいいじゃないか。僕もあなたもキアラの幸せを願っているって点においては同じなんだから」
頭が筋肉と言われてむっとしたのか、ロルフは不服そうに顔を顰めたが、やがて疲れたように息を吐き出した。
「エルフというのは随分と身勝手なようだね」
「身勝手ではなくて自分が一番大好きなんだよ。それにキアラを連れて行くなら僕が一緒にいた方が何かと便利だって分かってるよね?」
キアラが迂闊に触れれば、触れたものの魔法が解ける。その尻拭いをするとセオドリクは言っているのだ。ロルフは魔力はあっても魔法が使えないので、セオドリクが味方してくれるのであれば万一があっても騒ぎになることはない。
「今も僕たちの会話が漏れないように魔法を使っているよ。周りに声は届いても何を言っているのか判断ができないようになっているから、怪しまれることはないし、秘密の話だって遠慮なくできる」
だから連れて行くべきだとセオドリクは自分を売り込み、ロルフは仕方がないとしぶしぶ了承した。
ひそひそ話をしていると目立ってしまうので、セオドリクに頼れるならそのほうが安心で楽なのだ。
「遊びに行くわけじゃない」
「分かってるよ。キアラとお母さんの再会を邪魔したりしないから」
「君はいったいどこからどこまでを盗み聞きしたんだ」
「盗み聞きなんてしてないよ。たまたま。視力が良いから、口の動きで何を言っているか分かるだけ」
キアラは二人が話すのを黙って聞きながら、それは盗み聞きの部類に入らないのだろうかと疑問に思いつつ首を傾げる。
いつもと変わらない様子のセオドリクだったが、明るいようでいてどことなく違っているように感じた。やはりユリンを諦めて心を痛めているのだろうか。
話を聞くくらいしかできないが彼の力になりたい。しかしそれを言うのは今でないことくらい分かっている。
キアラは二人に続いて馬を進めた。




