はじめての休暇
カラガンダの王女がヴァルヴェギアの城に到着する前日。キアラはラシードから呼び出しを受け、彼の執務室を訪問した。
「魔力なしが王女に報復するのではないかとの声が上がっている。そこでキアラ、あらぬ疑いをかけられる前に城を出ろ。しばらく休暇を与える」
ラシードの命令でキアラは人生初めての休暇を与えられた。
カイザーの元恋人であるキアラが、嫁いでくる王女に嫉妬して危険なことをするのではないか――との声が上がっているというのだ。
そんなことはしないと声を大にして言いたかったが、波風を立てないためにも従うことにした。
しかし休暇をあたえられてもどうしたらいいのか分からない。
住んでいるのも城に隣接する騎士団の宿舎だ。
城を出て、どこで寝泊まりしたらいいだろうかと考えていると、ロルフから帰省に誘われる。
「君を連れて母の見舞いに行きたいんだ」
「お母様の……」
ロルフの言葉が事実なら、ロルフの母親はキアラの母でもある。
病に倒れ長くないと聞いていた。
キアラは不安と困惑から、胸元で手を握り締める。
「母は都から馬で半日ほどの町で暮らしているのだが、手紙に書くわけにはいかないから、君のことを知らせていないんだ」
「もしかして――今回の休暇はそういうことですか?」
「あらぬ疑いをかけられてはいけないから、魔力なしを外に出しておこうと議会で提案したのはラシード様なんだよ」
提案したのはラシードなのに、何故かロルフが申し訳なさそうに眉を下げる。
これはラシードが、ロルフとキアラのために与えてくれた休みなのだ。
自然な形になるよう整えてくれたようだが、ロルフはラシードの側近である。
「カラガンダから王女を迎える時期に、ロルフ様がいないのは不自然ではありませんか?」
「私は休みではなく、護衛騎士として君を見張る役目を頂戴している。都から遠ざけるための行先に実家を選んでも問題ない」
護衛騎士として魔力なしを家族に紹介するのは問題ないはずだと、洞窟で言われたのを覚えていた。
病気で先の長くない母親に、奪われた娘を会わせてやりたいと。
それがあるからロルフはキアラとの関係を告白したのだ。
「そうですか。でも、なんだか怖いです」
自分に家族がいることを知ったのはつい最近だ。しかも母親だなんて。
彼女にとってキアラは娘かもしれないが、キアラを守って死んだ騎士も同じ息子だ。しかもクラウスは親元で育った大切な息子。かたやキアラは一年そこらで奪われた娘。どちらに愛情が深いのかを考えると確実にクラウスだ。キアラのせいでクラウスを失ったと思われていないだろうか。
ロルフが会わせたいというのだから恨まれることはないにしても、キアラに会うことで、失った息子に対する悲しみが強く湧き起ったりはしないだろうかと不安になる。
「怖い……か。確かに君にとっては見知らぬ相手だ。それでも来てくれると嬉しい。駄目だろうか?」
眉を寄せて陰りを背負ったロルフの様子に、キアラは嫌とは言えなくなってしまう。
それにキアラだって母親に会ってみたい。
人は死んでしまったら二度と会うことができないのだから、この機会を逃すのは大きな後悔を生むことになるだろう。
罵られてもいいではないか。魔力なしなので慣れている。
「行きます。つれて行ってください」
「ありがとうキアラ」
ロルフはほっと胸をなでおろし息を吐いた。
「国に売った家族に会いたくないと、そう言われたらどうしようかと不安だったんだ」
「そんなこと思いませんよ」
「だが魔力なしの常識はそうだろう?」
魔力なしの子供が生まれたら、金銭を得て国に引き渡す。キアラも例外ではないが、ロルフたちが妹を渡したくなくて、抵抗してくれたという言葉を疑ってはいない。
愛してくれた家族がいることを知って、とても戸惑ったが嬉しかった。キアラの人生で一番の幸福な出来事だが、突然現れた兄という存在にはあまりぴんときていない。
家族と分かっても世間に知られてはいけない関係だ。魔力なしと護衛騎士という立場を崩すことはできないし、崩し方も分からないせいで、ロルフを兄と知って警戒はなくなったが、よそよそしさは生まれてしまった。
ロルフはキアラの戸惑いを感じているようで、病で先の短い母親に無理矢理に会わせようとはしないが、キアラが自分たちをどのように思っているかは気になっている様子である。
ただの護衛騎士であった時とは異なり、キアラに対して腫れ物に触るような態度をとることが時折みられた。
彼の知る魔力なしの常識はキアラの知るものと違わないのだ。
魔力なしは生まれてすぐに引き離される。
赤子を奪われた両親の悲しみは深くて当然だが、それに見合うだけの十分な金銭が与えられるといつしか忘れ去られてしまうものだ。
お金を受け取ってしまった負い目もあり、取られたというよりも我が子を売ったと思ってしまう親がほとんどである。
ロルフの家族もキアラを奪われた際に袋いっぱいの金貨を押し付けられたらしいが、意地でも受け取らなかったところ監視が続けられたので、国を欺くためにも従う振りをして受け取ったそうだ。
受け取ったお金は保管したままであることも教えてくれた。
ロルフはキアラに拒絶されることを恐れているようで、聞けば言いにくいことも正直に話してくれる。受け取ったお金はキアラを奪い返した後の逃亡のために使う予定だったと聞いて、とても複雑な気持ちになった。
魔力なしとして戦場に立っている以上、立場を嘆いて逃げ出すことなど不可能だ。当然クラウスも分かっていたからキアラに戦い方を教え、ロルフも妻と子を捨ててまでとは考えていない。
時と共に状況が変わるのは当然だとキアラも分かっているし、ロルフに彼の妻と子を捨てて欲しいなんてほんの少しも思いはしなかった。
「ロルフ様の言うように、魔力なしの常識はその通りです。だからこそ両親を恨んだりする気持ちはありません。それよりも探してくれていたと知って戸惑いましたし、とても驚きました。痣を見せろと言われた時は特に」
パフェラデルには蝙蝠だと言われたのに、ロルフ様は天使と表現した。キアラは自分の痣を確認したことはまだないのだが、痣の持ち主であるキアラをどのように思っているのかが現れたような例えだ。
「その節は本当に申し訳ないというか――もし間違っていたら、私はとんでもない頼みをした要注意人物になるだけだったのだが。私は君がレオノールである確信が欲しかったんだ」
「パフェラデル様が痣に気付いてくれたお陰でしょうか。嫌な思いをしましたけど、あれがなければわたしはロルフ様を不道徳な人だと確定付けていましたよ」
「何も知らない者からすると、私の行動は不道徳なものとされて当然だった。焦るあまり嫌な思いをさせてしまい、本当にすまなかった」
「今となっては謝られるほどの事ではありません。それで、出発はいつにしますか?」
「そうだな。明日、早朝で良いだろうか。宿舎に迎えに行くよ」
「よろしくお願いします」
キアラとロルフは笑顔で挨拶して別れる。
二人の様子を離れた場所から窺う影があることにはまったく気付いていなかった。




