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宝物になる日  作者: momo
本編
35/96

愛した人の望みが叶うなら



 ラシード率いる一行が都に戻ると、城は東の大国カラガンダより王女を迎える準備に追われていた。


 魔力なしのキアラは、カイザーと王女が婚儀を執り行う教会に施された魔法を徹底的に解除する役目を担う。広い教会をひたすら歩き回り、壁に触れるだけの簡単な仕事で、キアラが魔法を一掃して後、セオドリクが守りの魔法をかけることになっていた。


 ただ歩きまわるだけで退屈な仕事だが、誰も気付けない魔法による罠をなかったことにしてしまうのは、魔力なしであるキアラにしかできないことだ。

 ヴァルヴェギアとカラガンダが結ばれる神聖な場所で、万一にも大事があってはならないからとラシード直々に命じられた仕事。


 元恋人の結婚式が執り行われる場所は、キアラにとっては酷なことだったが、ラシードは敢えて命じた節がある。

 暗にカイザーへの想いを払拭しろと言われているに違いない。

 キアラだって忘れたいが、人の気持ちは簡単ではないのだ。

 カイザーには立派な王になってもらいたいし、嫁いでくる王女との関係も良好であって欲しいとの思いはあるが、その一方で、愛された過去が全て嘘だった衝撃が心に重く鎮座していた。


 嘘でもいいので、国のために別れなければならないと言ってくれていたなら。と、思わずにはいられない。

 二人の関係を穏便に清算してくれていたら。

 もしそうであったなら、辛い気持ちはあっても、納得して別れを受け入れられたはずである。

 カイザーと過ごした八年に嘘がないなら、二人で愛し合った時間を宝物にしてこの先を生きて行けたはずなのだ。

 戦場に立ってもカイザーのために、彼が治める国のために喜んで命を投げ出せたに違いない。

 自分のために命を懸けてくれた兄たちがいると知っても、キアラはカイザーのためだけに死ねただろう。

 カイザーに愛された時間を大切に、糧にして、心を捧げ、彼のためだけに生きていけた。

 二人で過ごした八年は宝物になったはずなのだ。


「嘘を吐くならつきとおして欲しかったな」

 

 カイザーとカラガンダの王女が夫婦の誓いをする祭壇に触れたキアラは、その場で立ち止まり動けなくなってしまう。


「ここでカイザー様と……」


 カイザーとキアラでは身分差があり、将来がないことくらい分かっていたが、それでも愛する人の側にいたのだから夢に見なかったと言えば嘘になる。

 生まれる場所は選べないが、大国の王女に生まれたというだけで、カイザーの隣に立てる女性が羨ましかった。


「魔力なしは短命よ。頑張ったってそのうち死んじゃう。こんなに大きくて素晴らしい教会でなくていい。教会じゃなくても、祝福されなくても、短い時間でも、生涯を共に過ごしたかった」


 キアラを守って死んだ人がいるのだから、命を無駄にしたり自棄になるのはよくないが、どんなに綺麗事を言ってもカイザーの隣に立てる女性が羨ましかった。

 カイザーも騙すなら最後まで騙して欲しかった。

 用済みになっても捨てるのは良くない。ヴァルヴェギアに魔力なしはキアラただ一人だけになってしまったのだから、最後の最後まで利用して欲しかった。

 そうすればカイザーに愛されていると思い続けることができたのに。

 魔力なしなんてどうせそのうち死んでしまうのだから、それほど長い時間でもない。実際に今回の戦いでは死にかけたのだ。

 八年も愛している振りをし続けたのなら、あと少しだけ振りを続けてくれても良かったのに。

 口付けたり抱き締めてくれなくてもいいから、甘い言葉で夢を見させてくれたらそれで満足だったのに。


 未練たらたらな自分に嫌気が差す。

 ひとしきり泣いたらすっきりするだろうか。

 泣いてみようと思ったが涙は出ず、代わりにセオドリクの笑顔が脳裏に浮かんで、続いてロルフが浮かび上がった。

 

「今回の戦いはいつもと違ったわね」


 先陣を切って敵に向かったが、矢を受けはしなかったし、大きな怪我もなかった。それどころか友人を得て、血の繋がった、キアラを愛してくれる家族がいることを知った。

 家族の一人はキアラの初陣から側で守り、生きる術を教えてくれたことも。彼は生まれを明かさず嫌われるようなことまでして、まさに命を懸けてキアラを守ってくれたのだ。


「わたしって、自分で思う以上に幸せなんじゃないかしら」


 一年も一緒にいなかった妹のために、二人の兄が命をかけて騎士になった。こんな家族そうそういるわけがない。


「わたしは幸せよ。カイザー様に愛されなくたって、十分幸せよ」


 だから悲しくなんてない、悲嘆にくれるようなことはない。

 カイザーを想い続けるのではなく、守られた命を大切にして一日でも長く生きていくべきだ。

 キアラは拳を握りしめ天を仰ぐ。


 愛した人が望んだとおり王になる道を進み始めた。

 隣に立てなくても、愛されなくても、騙されていたとしても。彼の望みが叶うならそれで良かったではないか。






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