恋を思い知る
フィスローズ残党との戦いは呆気なく幕を閉じた。
橋に仕掛けを施してヴァルヴェギア軍を落とし、一掃しようと目論んだ戦略はお粗末で、被害といえば魔力なしと騎士一人。
セオドリクが敵だけを限定して闇の中で眩い線光を放てば、視力強化したフィスローズの残党たちは目を痛め、その多くが捕縛され戦闘能力を失ったのである。
セオドリクは役目を果たすと、ラシードに告げることなく軍を離脱して川沿いを走った。
真っ黒にうねる濁流にキアラの姿はない。
生きていると信じて、ロルフの魔力を探しまわった。
セオドリクはロルフが嫌いだったが、キアラには魔力がないので仕方がない。護衛騎士として役目を果たし、キアラの側にいると信じて昼夜歩き回り、三日目の早朝、ようやく痕跡を見つけて追跡し洞窟にたどり着いた。
焚き火の匂いと人の気配。
中の様子を覗うと、目的の男女が身を寄せ合い眠っていた。
気配を消したセオドリクはそっと歩んでキアラを窺う。
顔色が悪く痩せたように思えたが、瞼を閉じて規則正しい寝息を漏らしていた。
ほっとしたところで、キアラを抱いて眠っていたロルフが目を覚ましてしまう。
セオドリクと目が合ったロルフは、大きく目を見開くと同時にキアラを抱いたまま一気に距離を取った。
急なことで眠っていたキアラが小さな悲鳴を上げて目を覚まし、ロルフはキアラを腕の中で庇うようにしながらも、まったく声を出せずにセオドリクを凝視していた。
幻術を纏う必要を感じていないセオドリクは本来の姿を曝したままだ。
偽りの姿はユリンにセオドリク自身を好きになってもらうためだったが、その必要はなくなっていた。
セオドリク自身、どうしてなくなったのかよく分かっていないが、とにかく必要ないのだ。
「エルフ、なのか?」
ロルフがようやく声を絞り出す。
それを聞いたキアラは瞳を瞬かせると、ロルフを仰ぎ見てからセオドリクに視線を向けた。
「魔法を使っていないんですか?」
「そうだよ。もう必要ないんだ」
セオドリクの答えにキアラが不思議そうに眉を寄せる。二人のやりとりを聞いたロルフは驚きから厳しいものへと表情を変え、警戒が伝わって来た。
「どうして……国境はどうなったんですか。ユリンさんは?」
「圧勝したよ。ヴァルヴェギアに被害はない。ユリンのことは……間違いだった」
「間違い?」
キアラが首を傾げると、警戒するロルフが無防備なキアラを腕の中にぎゅっと閉じ込める。
「そう。僕は間違ったんだ」
退屈な世界で教えられた、寿命の異なる相手との恋。
エルフが人間に真実の恋をして愛してしまうと破滅への道を辿る。
長老から教えられた言葉なのに、セオドリクは甘く見ていたのだと気付かされた。
最初の恋はふられて辛かったが、死んでしまうようなことにはならなかった。
ふられてもフェルラの幸せを願えたし、二度目の恋は、ユリンに他に想う相手がいると知っても、人に恋している我が身が楽しくて幸せだった。
振り向かせることに夢中になれるお陰で退屈な日常が充実したのだ。
同時に、喜んだり腹を立ててみたりしたことをキアラに聞かせるのが本当に楽しかった。
ユリンに二度目の恋をしたけれど、キアラといるのがとても楽しくて、心配で、側にいるのが当たり前でいたかったのだと、セオドリクは今この時、ようやく気付いたのだ。
ユリンやフェルラは恋をしようと思って好きになったが、キアラは一緒にいて好きになっていた。
恋はしようと思ってするものではなく、いつの間にか好きになっていることだったのだと、今この時になって気付いてしまった。
しかも恐ろしいことに、恋という感情は決して綺麗なものではなく、どす黒く醜いものであることにも気づかされる。
キアラは魔力なしに生まれたせいで卑屈で、己の貴重性に気付いていない。愚かだけどまっすぐで、ひたすら耐えて。手酷くふられてもカイザーへの想いを捨てきれず、辱めをうけても仕方がないと耐えて不条理すら受け入れる。
キアラを含めて人間は愚かだ。
生きにくかろうと思うが、使えるエルフがすぐ側にいても、キアラは利用しようとすら考えない。
愚かで、救いようがなく、けれどキアラの側は心地よくていつの間にか好きだった。
そう、セオドリクは恋をするためにユリンとフェルラに出会ったが、恋や愛はそんなものではないと思い知った。
男の腕の中にいるキアラを目の当たりにして、強烈な痛みがセオドリクを襲う。
これがユリンなら状況を把握して、ロルフに礼を言って役目を変わっただろうが、今は悔しさが先行して言葉が出ない。
ロルフの腕の中にいるキアラは警戒も恐れもない。妻子ある男の腕に、当たり前のように囲われているのだ。
自分以外の男を受け入れているように感じて、強烈な嫉妬が湧き起こる。
同族であるエルフにも、まして人間などに嫉妬したことなど一度もないのに。
キアラ、君はカイザーが好きだったのだろう。なのにどうして他の男などに抱かれているのかと、なぜ友人である私に頼らないのかと、セオドリクは自分以外の男に縋るキアラを非難しそうになるのを必死に堪えた。




