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宝物になる日  作者: momo
本編
27/96

避難



 臓腑が押し上げられる苦しみにのたうつ。せり上がる物のせいで息ができない。

 必死になって助けをもとめれば、熱いものが口から吹き出し、望みの物を得た胸が大きく膨らんだ。


「キアラ!」


 激しく咳き込みながら嘔吐する。口からだけでなく、目や鼻からも熱い水が溢れた。

 背中を打たれ、ぐちゃぐちゃになった顔で見上げると、ロルフが必死の形相でキアラの名を呼んでいた。


「ロルフ様……」

「良かった、もう大丈夫だ」


 心からの安堵を見せるロルフに、キアラは自分が助かったのだと理解する。

 辺りは真っ暗で、相変わらず激しい雨が降り注いていた。

 国境を越えようとして足元の橋が壊れ、キアラは側にいたロルフを道連れにして増水して荒れる川に落ちたのだ。


「ロルフ様、お怪我は?」

「私は大丈夫だ。思ったほど川が荒れていなかったお陰で、君の手を離さずにすんでよかった。だがこのままではよくない。どこか雨が凌げる場所を探そう。立てるかい?」

「大丈夫です」


 体中が重くて痛いが、歩けなくても歩かなくてはいけないのだ。

 ロルフの手を借りて立ち上がったキアラは、激しい雨に打たれながら震える足に力を入れる。足手まといになりたくなくて、悟られないように頑張ったがばれてしまったようで、すかさずロルフが腰に手を回す。


「すみません、こんな時に」

「水を大量に飲んでいたし、息も弱っていた。落ちた時に気絶したのが良かったのだろうが、無事で本当によかったよ。だがこれ以上雨に打たれるのはよくない。」


 濁流に呑まれたせいで雨避けの外套は流されていた。腰に触れると鞄もなくなっているし、ロルフは剣を失っていた。


「ここがどちら側か分かりますか?」

「幸いにしてヴァルヴェギア側だが、どのくらい流されたのかは分からない」

 

 すぐ側では濁流が流れる音が続いている。

 二人は雨を避けられる場所を探すために、木々が立ち並ぶ森へと足を踏み入れた。


 寒さに体を震わせながら手探りで進むと、大きなうろを見つけ体を滑り込ませる。相変わらず寒かったが、雨に打たれ続けるより何倍もましだった。ロルフがキアラを庇うように抱き締めて温もりを与えてくれ、何も考えずにそれに縋る。

 やがて東の空が明るくなり始めると、ロルフが一人で様子を見に洞から出て、しばらくしてから戻って来た。

 名前を呼ばれ、ぼんやりした状態で目を開くと手を差し伸べられる。


「近くに洞窟があったから移動しよう」


 洞から出してもらうために手を伸ばしたのは覚えていたがそこまでだ。

 次に目を覚ました時にはロルフの膝にかかえられた状態で、すぐ側には火が焚かれて、薪がパチパチと弾けていた。


「目が覚めたか?」


 ロルフが心配そうにがキアラの様子を窺っていた。

 キアラはぼんやりしたまま頷くと、辺りを見渡し状況を把握しようとした。

 覚えているのは洞から出ようとしたところまで。ロルフが洞窟があると言っていたので、抱いて運んでくれたのだろう。

 体が熱くて頭はぼうっとしているので、熱が出てしまったようだ。


「薪が……」

「避難場所として使われているのか、この洞窟に乾いた薪があったんだ」

「そうなんですね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「気にしないでくれ。とにかく無事でよかったよ」


 土砂降りの雨の中、乾いた薪など見つからないので、仲間と合流できたのかと思ったが違ったようだ。がっかりすると同時に、面倒をかけて申し訳なさでいっぱいになる。

 落ち込むキアラの額に、大きくて硬い掌が当てられた。


「少し下がったようだが、まだまだ熱いな。服を乾かしたいが裸にするわけにはいかなくて。それでもこのままではよくない。もしその……君が私を信用してくれるなら、濡れた服を脱がせて乾かそうと思うがどうだろうか」

「服を……そうですね。今は熱があるおかげで寒さは感じませんけど、濡れた服を着たままで悪化したら最悪ですね」


 国境に到着する前のロルフの態度には思うところがあったが、今は恥ずかしいと言っている場合ではない。それに濡れたキアラを少しでも温めようと抱きしめてくれているが、そこには性的ないやらしさは感じなかった。

 のろのろと濡れた服を脱いで下着姿になると、腕や足には沢山の痣ができていた。同じく上半身裸になったロルフが眉を寄せると、キアラの腕をとって優しく触れる。


「大した怪我はないと思っていたが……折れてはいないようだが、酷く痛むところやおかしく感じるところはあるかい?」

「ただの打ち身です。川を流されてこの程度ですんだのが不思議なくらい」

「それならいいが、今は興奮していて痛みを感じにくいだけかもしれない。何かあったらすぐに教えて欲しい」


 そう言ってロルフは、濡れた服を薪の前に干すと、先程と同じようにキアラを腕の中に抱き込んだ。

 服を着ている時とはわけが違う。キアラのためにしてくれていると分かっていても、慣れないことに抵抗が生まれたが、ロルフは逃さないとばかりに、更に腕に力を込めてしまった。


「あの、ロルフ様。寒くないから大丈夫ですので……離していただけませんか?」

「熱もあるし体調が優れないだろう? 背を預けるものがあった方がいい」


 熱があがりきっているので寒気はないし、どちらかといえば暑い方だ。なによりも男性の肌と自分の肌が接触するのが初めてで、戸惑うキアラは抱きしめるのをやめて欲しいと願うが、ロルフは解放してはくれなかった。





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