楽しい恋と辛い恋
無表情なのは怒っているからだろう。ユリンが食事に誘ってくれた理由を知ったのだ。
セオドリクが現れたことで、ロルフは溜息を吐く。
「今夜、時間が取れたら訪ねるよ。その時に嫌だと思ったら無視してくれて構わないから」
小さく微笑んだロルフに、キアラは頭を下げて別れる。
その足で真っ直ぐセオドリクの元へ向かうと、彼は腰に手を当て怒りを爆発させた。
「あいつに頼まれたから一緒に食事をしてくれたんだって。僕はあの男に感謝しなければならないのか!?」
ユリンと朝食を取れたことは嬉しいようだが癪に障るらしい。
「またお願いしますって言ってみたらどうですか?」
「絶対に嫌だね。あいつは僕とユリンが上手く行けば君を奪えると思っているようだ。そんな男の掌で転がされるのはまっぴらごめんだ」
それでもユリンと二人きりになれて楽しかったのだろう。誰もが同じ朝食なのにユリンと同じものを食べただとか、零して叱られただとか嬉しそうに聞かせてくれる。
「汁を零して服が汚れたから、昨夜みたいに魔法で綺麗にして見せたらユリンがさ、戦いがなくなっても洗濯室で働けるって言うんだよ。それってお城の洗濯室って意味だよね。ユリンと同じ場所で働いていいよって意味だよね。それともユリンの洗濯物を僕に洗って欲しいって意味かな。僕とユリンの関係、ちょっとは進展したって思わない?」
「どうでしょうね。よく分かりません」
「そうだよね。キアラの恋愛経験は一人だけだから。僕も同じようなものだけど、やっぱりちょっとは進展してると思うんだ」
洗濯室で働けるは嫌味のような気がしたが、セオドリクがあまりにも嬉しそうなので、キアラは何も言わずにうんうんと頷きながら話を聞き続けた。
「彼女は強くて逞しい男が好きなんだって。僕の本当の姿を見たらどう思ってくれるかなぁ……」
直接名前を出さなくても、強くて逞しいはラシードを示してると分かった。
「僕は背も高いし、それなりに筋肉もついているから逞しくはあると思うんだけど。顔は良いとして、尖った耳が受け入れられるか心配ではあるんだけど、これって変かな?」
銀色に輝く髪を長い指でどかして、つんと尖った耳を良く見えるように曝す。
「変というか……耳が尖ってるとは思いますけど。耳に関してはそれだけですね」
「そうか。そうだよね、僕はエルフだし。尖った耳よりも綺麗な顔の方が目立つかな?」
「綺麗を通り超して輝いていますから、尖った耳よりもそちらに目が行きますよ」
「そうか。ユリンはエルフの姿をどう受け取るかな。好きになってもらった後なら嫌われる心配はないよね。その日が来るのが本当に楽しみだな」
セオドリクはユリンの心が何処に向いているのかを知っていてもなお、それでも彼女を好きで好きでたまらないようだ。
対してキアラは、カイザーの心が自分にないことを知って深く傷ついて落ち込んでいた。
せめてセオドリクのように前向きなら、前向きになれないにしても、カイザーの幸せを純粋な気持ちで願うことができたならどんなに楽だろうか。
「羨ましい」
心から想ってもらえるユリンも、純粋な気持ちで人を愛することができるセオドリクも、そのどちらも羨ましくて呟きが漏れた。
「だから君も僕を好きになればいいんだよ」
小さな呟きすら拾ってしまうセオドリクはキアラの気持ちもお構いなしに、楽しそうに笑って自分を好きになればいいと誘惑して来る。
「恋って楽しいよ。どこが破滅なのか分からないけど、本当に楽しい。楽しいことだけだ。君も恋をしている時は楽しかったはずだよ。フラれて辛い気持ちを癒すのは新しい恋だ。下を向いているのは損だよ」
しかも冗談ではなく本気で言っているのだ。
人間が美しいエルフに恋をするのは当たり前だから、特に問題にならないと本気で思っているのだろう。
彼が前に言ったように、美しいエルフに恋をするのは誰もが納得する。まさにその通りだ。
けれどその美しいエルフの青年は、キアラではなく、他の男に恋をしている女性に夢中ではないか。
カイザーに恋をした時は、互いに立場も役目も違ったこともあって楽しいことばかりではなかった。
今もカイザーへの恋心はキアラの中にあって、同じ片思いなのにセオドリクのように楽しくはなく、とても辛い。
それでも一緒にいられたのは幸せだったが、いつ死ぬか分からない場所に身を置いていただけに、どこか切羽詰まったようなものが渦巻いていた。
「それならセオドリクさん。わたしがあなたを本当に好きになったら応えてくれますか?」
恋に前向きで純粋なセオドリクが羨ましくて意地悪で聞いてみるが、それでも前と同じように無理だとの返事が来るのを予想していた。
叶わないけどねと、言ってくれると思っていた。
なのにどういう訳か、セオドリクは瑠璃色の瞳を瞬かせ、驚いたように小さく口を開いて固まってしまう。
「セオドリクさん?」
いつもと異なる反応にキアラは首を傾げる。
「えと……あれ?」
「え、どうしました?」
「うん……」
「……ん?」
互いに顔を見合わせ首を傾げてしまう。
セオドリクは何かを言おうとして上手く声が出ないらしく、喉に手を当て鳴らしていた。どうやら喉の調子が悪いようだ。
「喉の薬ならありますよ?」
キアラには魔法が効かないので、怪我や病気に備え薬を常備しているのだ。腰に下げたポーチに手を伸ばしたが、セオドリクは「大丈夫」と首を振る。
「病気じゃないんだけどね、なんでだろう。おかしいなぁ……」
今度はするりと声が出る。「どうしてだろう」と首を傾げたセオドリクと同じように、キアラも「どうしたんでしょうね?」と首を傾げて、いつもと少し異なるセオドリクの様子を窺っていた。




