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災悪のアヴァロン【コミック10巻 12/18日発売!】  作者: 鳴沢明人


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077 大切な仕事

 豚のしっぽ亭で豪華なランチを食べ終えた到達深度一行は、すぐに次の階へ向けて出発することになった。


 夜は10階にある宿泊施設に泊まる予定で、すでに予約までしているという。4階から普通に歩いていて向かっていては今日中に着かないので冒険者が少なくなる7階からは走って移動だ。


『成海クンほらこれ、一つ食べる? あ~ん』

「お腹まだ減ってないから大丈夫ッス……」

『そう?』


 やや薄暗い森MAPを走りながら器用にたこ焼きを食べている天摩さん。他の人達は俺達を置いて先に移動してしまったので、今は彼女と二人きり――などでは決してない。前も後ろも左右も黒ずくめの執事達に囲まれながら走っている。

 

(別に手を出すつもりなんてないのに、そんな露骨に殺気を向けないで欲しいのだけど)


 天摩商会が保有する“DUXブランド”の最新武具をチラチラと見せつけ「うちの令嬢に指一本でも触れたらブッ殺す」というような態度で四方から睨んでくる。先ほど天摩さんが『あ~ん』とやってきたときなど殺気で空間が歪んだのかと思ったくらいだ。

 

 これまでは目立たないよう離れて付いてきてたというのに、二人きりになった途端にこれである。まぁ周囲のオークや蝙蝠を斬り捨ててくれているのは助かるけども。

 

『それにしても成海クンってレベルの割には凄いスタミナだよね。一体どういった訓練してたのかなー』

「……ちょっとだけスタミナには自信あるんだ」


 重い荷物をいくつも抱えて長時間走っていれば普通ではないことくらいは嫌でもバレる。苦しい言い訳だけど何とか誤魔化せないものだろうか。


 最初は俺ごと背負っていってあげると親切心で言ってくれたのだけど、後ろにいる黒ずくめ達の殺気が膨れ上がったので丁寧に辞退したという出来事があった。天摩さんにはもうちょっと彼らの溺愛っぷりを自覚してほしいものだね。

 

 そして、さらに別の問題もある。

 

 どうやら久我さんが後ろから追ってきているようなのだ。豚のしっぽ亭の窓からチラッと見えただけで姿をちゃんと確認したわけではないが、Eクラスの掲示板にも久我さんが行方不明だと書かれているので間違いない。隠密スキルを使って尾行しているせいか執事達もまだ気づいていない様子。こんなところまで追ってくるとは、いつぞやの練習会のことで怪しんでいるのかもしれない。

 

(どうすっかなぁ、どこかで撒ければいいけど)


 全く。気苦労の絶えない道中である。

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 ――10階入り口広場。

 

 床や壁がゴツゴツした岩肌から人工的な石タイルに変わり、天井も薄青色に光っているので外に出たかのような開放感がある。こんなに明るくても時刻はすでに20時を回っており、入り口広場には宿泊用のテントがいくつも張られている。ここを狩場にしている冒険者は時間感覚が狂って昼夜逆転したりしないのだろうか。それにしても――

 

(やっと着いた……長かった)

 

 道中は全方位からチクチクと殺気を放たれ、後ろからは久我さんに尾行され、予想以上に疲れてしまった。それでも無事に目的地まで到着できたので良しとしよう。

 

 ゴール地点は高級旅館・黒檀(こくたん)亭。名前の通り真っ黒い木材を組んで建築された和風の旅館で、4階にあるものよりも一目で高級な宿だと分かる。エントランス付近は宿泊客専用のテラス席になっており、先に着いていた到達深度一行はそこで遅めの夕食を食べていた。

 

 手前の方に座っていた浴衣姿の世良さんがこちらに気づき、にこやかな笑顔で出迎えてくれる。ゲームでも見たことがないその姿についドキマギしてしまう。お美しい。

 

「お疲れ様です、天摩様。宿泊の予約は取ってありますのでどうぞこちらへ」

『あーうん。成海クンとはここでお別れだね。帰りは多少の料金はかかるけどガイドの人に頼めば安全に帰れるよ』

「ここまでありがとう、今後の活躍を祈るよ」

『うん、頑張ってくるよ! また学校でねー』


 大きく手を振って別れを惜しんでくれる天摩さん。短い間だったけど彼女の陽気な性格のおかげでそれなりに楽しかった気もする。世良さんとも間近で会話ができて浴衣姿も見られたし大成功じゃなかろうか。立ち去る前に背中に抱えていた荷物をBクラスの座る席まで届ければ俺のクラス対抗戦はほぼ終了だ。

 

「おい。まさか任務を放棄する気ではなかろうな」

「へっ? 任務といわれましても……」


 ギロギロと無遠慮に睨みつけ、低い声で脅すように言ってくる貴族様方。というか君達、俺のレベルが3だということを分かっているのかね。仮に、本当にレベル3ならこの先のモンスターの攻撃が掠っただけでも致命傷になるくらいに危険なのだよ。


「なに。道中のお主の身は我らが守ってやるから安心しろ。明日の朝9時までにこの場所に来るように」


 足元を指差しながらそう言い終えると、こちらに興味を失ったかのように仲間の元へ戻ってカードゲームに熱中してしまう。Dクラスだってこの階層までは来られなかったはずなのに、元々の予定では一体誰に荷物を持たせる気だったのだろう。

 

 荷物を持つこと自体は別に苦にならないからまだいいけど、レベル3の俺がそんな階層までいったらどうみても危険だしおかしいだろ。クラスの皆にどう説明すればいいんだ。


(でもまぁ、貴族の頼みを断るというのも問題か)


 貴族と事を構えればどんな面倒事が転がり込んでくるか分からないし、最悪、クラスメイト達にも被害が出てしまう。ここはぐっと(こら)えるしかないのかもしれない。


 周防や世良さんなどストーリーの重要人物達がこの先をどう戦って進むのか、今後のために見ておくのも悪くない。とかいう言い訳で自分を納得させるのは無理なので今日は家に帰って不貞寝でもしよう。

 

 

 試験期間中は腕端末のダンジョン内GPSが強制的にオンになっているため、このまま外に出ると即失格になってしまう。だがこのルールは意外とザルで、荷物と一緒に端末をコインロッカーにでも入れておけば回避は可能なのだ。ということで、あと家に帰る前に片付けなければならない問題は――

 

(追ってきている久我さんをどうするかだな)

 

 視線は合わせず、いるであろう方向に意識を向ける。しかし意識を向けたところで隠密スキルを使われているせいか何も感じられない。実に厄介である。もういっそ声を掛けてしまおうかと逡巡するも、変に接触すると絡まれて根掘り葉掘り聞かれるかもしれないし下手すれば実力行使してくる可能性もある。素直に撒くことを考えたほうがいいだろう。

 

 俺よりレベルが高く尾行にも長けている現役諜報員を撒くのはそう簡単ではないが、良い方法はある。そう……男子トイレに逃げ込めばいい。久我さんといえど花も恥じらう乙女。そんなところに入られては追って来られるわけがないのだ。

 

 鼻唄を歌いながら男子トイレの個室に入り、マジックバッグから妹とセットで買った鑑定阻害の[道化の仮面]と認識力を低下させるダークホッパーのローブを取り出して装着する。

 

 ここのトイレは反対側にも通り抜けが可能なので、あとはそちらに出て行くだけの簡単なミッション。楽勝だぜと手鏡を使って後ろを観察すると――


(なにぃ!? 堂々と男子トイレに入ってきただとぉ!)

 

 帽子を深く被りダボダボのトレーナーのような服を着ているので一見少年のように見えるが、あれは間違いなく久我さんだ。少し見れば明らかに女性だと分かる程度の変装でしかないので周囲に違和感をまき散らしている。隣のオッサンなんて二度見しているではないか。

 

 その久我さんは俺のいる方向すら分かっていないようでキョロキョロしている。探知スキルは持っていないようだけど仮面とローブをしていてもこんな狭い所にいては捕まるのも時間の問題。ならばすぐにここから出て、次の手段にいこう。

 

(この辺りから近い場所となるとあそこか)

 

 今から向かうのはDLCにより追加された「愚者の庭」という名のトロール部屋。リサ達もレベル上げに使っていた場所だ。10階入り口広場から比較的近い場所にあるのでここから走ればすぐに着く。

 

 通路の角からこっそり後ろを見れば遠くに久我さんが歩いているのが確認できた。流石に追加エリアまでは追って来られない――いや。ウロウロしながらも俺のいる方角に進んできているぞ。

 

(あれは探知スキルを使っているな……《ディテクト》か)


 《ディテクト》は対象にマーキングを付けて追跡するタイプのスキルではなく、人やモンスターの気配を大雑把に読み取るタイプの探知スキル。なので人混みなど混雑した場所では使えなかったのだ。このままではDLCエリアに逃げ込んだとしても追って来てしまう。仕方がない、最終手段を使うとしますか。

 

 胸元からペンダントを取り出し、付いている宝石を握って魔力を流し込む。このペンダントはクエストでもらった緊急脱出用のマジックアイテムで、発動させると魔力登録したゲート部屋までジャンプする効果がある。現時点では数を用意できないので普段使いなんてできないが、この場で久我さんに捕まるくらいなら使っておくべきだろう。

 

(ここで逃げても一時しのぎにしかならないけど)

 

 今後の対応に頭を悩ませていると淡い光に包まれ、浮遊感がやってくる――

 

 

 

 *・・*・・*・・*・・*・・*

 

 

 

 ――10階ゲート部屋。

 

 転移してみれば目の前にヘルムを被った軽鎧の男女が立っていた。こちらに気づくと顔を覆っていた金属の部分をくいっと上げて話しかけてきた。


「颯太か。もう学校の試験はいいのか?」

「あら、丁度私達もお買い物にきたところなのよー」


 親父とお袋だ。鎧を着ているということは店の仕入れのために来たのではなく、狩りをしていた帰りなのだろう。オババの店の前には妹の姿も見える。

 

「おにぃー! パパもママもレベル13になったよー!」

「レベル10を超えたくらいからお腹も引っ込んできたし、お肌にツヤが戻ってきた感じがするのよね」

「ますますママは綺麗になってるな。そういえば俺も肩こりが無くなったし本当に若返ってきたのか?」


 さっきまで15階の処刑場で“モグラ叩き”をしていたようでレベル上げも順調。肉体強化による若返り効果が実感するくらいまで表れてきたと喜んでいる。ゲームでもレベルアップすると肉体の最盛期に近づくとかいう設定があったけど、プレイヤーは誰もが高校生だったので意味のない死んだ設定であった。仮に親父たちがレベル50くらいまで上げてしまったら一体どこまで若返るのか気にはなるな。

 

「明日もまた処刑場とやらに行くけど、颯太も来れるのか?」

「いや、明日もクラス対抗戦に行かないといけなくなっちまったんだ」

「えぇ~! 明日はブラッディーなんちゃらまとめて倒したかったのにぃ」


 兄ちゃんはな、大切な仕事(パシリ)を頼まれて忙しくなっちまったんだよ。本来はクラス対抗戦なんて初日でちゃっちゃと終わらせ家族でレベル上げの時間にしようとしていたのに。まぁ俺がいなくても3人で安定して回せてたと言うし大丈夫だろう。


「あ、サツキねぇからメールきたっ。明後日くらいから来ていいって。やったー!」

「行くときはちゃんと仮面とローブを付けていくんだぞ」


 どうしてもクラス対抗戦に参加したかったようで何度も催促のメールを送っていたところ、ついに来ていいと返事がきた模様。あまりはしゃぎ過ぎないよう上手く華乃をコントロールしてくれと俺からもお願いのメールをしておこう。


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