073 対照的な二人
―― 早瀬カヲル視点 ――
「それではクラス対抗戦の概略を説明する」
教壇で厳しい視線を送りながらも静かな口調で説明するEクラス担任、村井先生。それを聞いているクラスメイト達はこれから始まる大一番を前にナーバスになっており、教室全体がピリピリとした空気に包まれている。
冒険者学校に入学してから3カ月、冒険者学校の現実を前に何度も心が折れそうになりながら泥水を啜る思いで必死に鍛錬してきた。クラス対抗戦はそんな私達がどこまでやれるか試金石となる大事な試験。地を這ってでも何かしらの成果をつかみ取らねばならない。
「前にも説明していた通り、諸君らには今日から1週間ダンジョンで生活してもらう。持っていけるものは端末と衣類、武具のみ。食料やキャンプ用品、シャワー、ランドリーの利用は指定の階層にて魔石と交換。生理用品、医療品は無料で配布する」
試験期間内では、魔石を使うことで学校側が用意したサービスを利用できる。また魔石から日本円の交換もやっているので民間サービスの利用も可能。つまり魔石さえあれば試験期間中でも豪華な食事を食べたり宿泊施設にも泊まることだってできる。
上位クラスの貴族様はそういったことに躊躇なく魔石を消費するだろうけど、私達Eクラスは魔石量において全く余力がなく贅沢などできそうにない。私も寝るときは雑魚寝の予定だ。
「試験期間中にダンジョンから出たり体調不良や怪我などで試験の続行が不可能と判断された場合は即時失格となる。注意しろ」
成績はあくまでクラス単位で貰うので個人が失格となっても点数自体は貰うことができる。とはいえ、何人も失格者を出していてはどの種目も不利になってしまう。体調管理には気を付けていきたい。
「それでは試験用のアプリをダウンロードした者から一時解散とする。1時間後の10時に冒険者広場に集合。以上だ」
取れた魔石、モンスターの討伐情報、位置情報などは全て腕端末のアプリで管理され、他クラスのものを含め閲覧できるようになっている。ただしデータの更新は毎朝9時の1回のみ。
クラス対抗戦は1週間という長丁場なのでそれらの情報から学年全体の動きを読み取り、休むべきか無理をして推し進めるべきか適切な作戦を考えていくことも重要となる。作戦の立案、指揮は磨島君かナオトがやることになっている。彼らの勇気と知恵に期待したい。
「お前らァ行くぞ! 俺についてこいっ!」
「みんな行きましょ!」
「おう!」「はいっ!」
自らを鼓舞するかのように磨島君が声を張り上げると、幾人かのクラスメイトも大きな声で呼応し立ち上がる。彼ら指定モンスター討伐のメンバーはギリギリまでダンジョンにこもり頑張っていたのを知っている。
続いて他のクラスメイト達も次々に意気込み、覚悟を決めた顔で立ち上がる。ここで踏ん張れなければ望む未来など勝ち取れるわけがない。絶望の淵に立たされようとも歯を食いしばって前へ進むしかないのだ。
ナオトは最近元気がないようだけど、暗い沼に沈んでいた情けない私を救ってくれたほどの気丈な人物。きっと立ち直ってくれることだろう。
(さぁ、行こう)
私にはユウマがいてサクラコがいて、ナオトという心強い仲間がいる。初めはぎこちなかったトータル魔石量のグループも今では協力的になって厳しい練習も頑張って耐えてくれている。たとえ何が来ようとも、もう挫けてやるものか。
そう意気込みながら私も立ち上ることにした――のだけど。
教室の後方に、ちらりと颯太の姿が目に入る。何やらニヤニヤとしていて緊張感がまるで感じられない顔。朝迎えにいったときからこの調子だ。下手をすれば命を落としかねない危険な種目を任されているというのに……自分の状況を理解しているのだろうか。
ここの所、何度か練習に呼んでみたのだけどダンジョンでやることがあると言い、全て断ってきた。成海のおば様によれば19時の夕食には必ず帰ってきているらしく、大して深く潜っていないのは確実。学校が終わって夕食までの時間で往復できるのは精々2階入り口の近辺までだ。そんな浅い階層で本当に訓練しているのか疑わしい。
それでも食事制限したり負荷の高いトレーニングをしていることは間違いない。首や肩回りは見てすぐ分かるほどの筋肉が付いていたし、あれだけ出ていたお腹も大きく引っ込み、今では昔の面影が見えるほどまでに減量が成功している。私に対する執着も嘘のように消え、入学当初と比べれば別人といっても過言ではない。
(――だから、もし)
万が一、今回のクラス対抗戦で結果を出すようなことがあれば。そのときは私の見る目を変えるべきだろうか。颯太がこの学校に入学して何を考え、どんなふうに変わったのか。近づいて確かめてみるべきかもしれない。もしかして今ならアレの破棄に応じてもらえるかもしれないのだから。
そんなことを考えていたせいか、思わず深いため息をついていることに気付く。これから大事な試験があるというのに余計な事に囚われていては良い結果も期待できない。前を向かねば。
「カヲル?」
隣にいたサクラコが柔らかい声色で気遣ってくれる。そういえば彼女も入学式の頃から大きく変わった一人だ。今は見違えるように強く頼もしくなった。トータル魔石量も彼女の存在が鍵となるだろう。
「行きましょう、サクラコ」
「ええ」
窓の外に目を向ければまだ朝9時だというのに日は高く上り、強く眩しい日差しが降り注いでいた。
*・・*・・*・・*・・*・・*
―― 成海颯太視点 ――
クラス対抗戦直前のホームルームが終わり、クラスメイト達が集合場所へ向かうべく意気揚々と教室を後にする。
磨島君とそのグループは連日ギリギリまでダンジョンに潜って猛特訓の成果を見せると意気込んでいたけど、残念ながらクラスのデータベースを見た限りでは暗雲が立ち込めていると言わざるを得ない。
ゲーム基準なら主人公である赤城君やピンクちゃんのレベルが8もあれば安全圏であったが、彼らも磨島君も未だレベル6までしか上げられていない。理由として魔狼に手こずっているというのもあるだろうけど、何といってもゲートを使用できないという制約が厳しすぎるのだ。
だからといって上位クラスが手を抜いてくれるはずもなく、Dクラスも何かしら仕掛けてくるだろう。彼らの手に余るような厳しい状況もでてくるかもしれない。折れずに最終日まで戦い続けられるか心配ではある――とはいえ。
(サツキも動くようだしな)
今回のクラス対抗戦については事前にどの程度まで介入するか話し合って決めている。サツキとリサはレベル12となり、“モグラ叩き”も視野に入ってきた。本気で介入すれば刈谷すら蹴散らし、Dクラスを上回る成績を上げることも可能である。
しかしそこまでしたら上級生や上位クラスに目を付けられ余計な闘争を招きかねず、これまでの必死に頑張ってきたクラスメイト達の気持ちも一気に緩んでしまうだろう。しばらくは今の悔しさをバネに必死で頑張ってもらい、Eクラス全体で立ち向かっていける体制作りを目指したほうがいい。今回の介入はDクラスに勝てないまでも、クラスの雰囲気をやや改善させる程度に抑える、というのが俺達の出した考えだ。
リサも立木君のサポートに動いている。指定クエストの内容もゲームと変わらないだろうし、ゲーム知識の中から今後起きるであろうクエストや特別情報をこっそり教えれば大きなアドバンテージとなるはず。どの程度の情報をどのくらい教えるか、その辺りのバランス取りは彼女ならば心配ない。
一方の俺は参加賞だけもらって自分の役割を終えるつもりでいる。最終日にでもカヲルのいるトータル魔石量へ合流しておけばいいだろう。仮に間仲やソレルが何かを仕掛けてきても一応保険は打ってあるし、俺がどうこうする必要なんてこないはず。
それよりもだ。
ついに。ゲーム時代から推していたあのお方とお近づきになる機会が巡ってきた。立場や容姿にとらわれず誰にでも優しく対等に接してくれる彼女ならば、この俺にも話しかけてくれる――かもしれない。胸の内のブタオマインドも興味津々なようで、ダブルでワクワクがと・ま・ら・な・い。
「どうしたの~。そんなだらしない顔して」
「良い事でもあったのかなっ」
この後のことを考えていたら「何をニヤニヤしているんだ」とリサとサツキが声をかけてきた。登校時にもカヲルに不審者扱いされてしまったことだし気を付けねばなるまい。
「ちょっとね。それじゃ俺も向かおうかな」
「お互い頑張ろうねっ!」
「ふふっ。それなら一緒に行きましょうか~」
サツキが握りこぶしを作って意気込んでいるけど、すでにEクラスの平均レベルから大きく乖離しているので程々に自重してほしいものだ。リサはいつもと同じく涼しい笑顔を向けてくれていて妙に頼もしい。
(それでは、いざ行かん!)
こっそりと胸に入れてあった手鏡で寝癖と身だしなみをチェックし、逸る脚を窘めながら意気揚々と集合場所へ向かうのだった。




