059 真夜中の密会 ①
意義深いダンジョンダイブから帰ってきて飯と風呂を済ませ、これからのことを考えつつ微睡みながらゴロゴロしていると端末に電話が掛かってきた。リサからだ。
華乃が電話番号の交換をしているときにどさくさに紛れて交換を持ち掛け、無事に女子二人の番号をゲットという快挙を成し遂げたのだ。いやぁ、出来た妹を持つ兄は鼻が高い。グッジョブ。
こうして俺の寂しい電話帳に家族以外の名前が初めて加わったのだが、いつまでも感慨に浸っている場合でもないので早速電話に出てみる。何用だろうか。
『起きてたかな~? ごめんね~夜分遅くに。時間大丈夫~?』
「起きてたよ。ゴロゴロとしてただけだし問題ない」
時刻は夜の10時過ぎ。それにもかかわらず電話の向こうからは車が走る音が聞こえてくる。どこかで歩きながらの通話のようだ。
『色々考えてたら気になっちゃって。この世界の仕組みとか、ダンエクとの関連性とか、そういうのって誰とも相談したことなかったでしょ~?』
「……そうだな。こちらに来て色々と気づいたことはあったけど、誰かと考察したことを擦り合わせてみたいとは思っていた」
リサはゆっくり間延びした話し方するので一見おっとり天然系女子のように思えるが、周りをよく見ていて鋭い観察眼を持つ屈指のダンエクプレイヤーでもある。俺では気づかなかったことが彼女にはあるかもしれない。
『せっかく電話番号交換したんだし~。こうやって話すのもいいかなって』
「あぁ。話す内容もアレだし、そっちにいったほうがいいか?」
今の俺達がすでに誰かによって監視されてるとは思わないが、電話で話す事でもない。
『そうだね~それじゃ……学校の裏山にある公園で待ち合わせよっか』
「分かった。準備してすぐ行く」
電話を切り、ゆっくりと起き上がる。
(裏山の公園か。今の時間のあの場所は……)
学校の裏山は風致公園となっていて、夜は冒険者学校やその周辺の街を一望できるデートスポットとしても有名だ。そんな場所で可愛い女の子――中身はアレだけど――と二人きり。オラちょっとドキドキしてきたぞっ。
妙なテンションになりつつ急いで服を着替える。リサと会うなら念のためにアレも持っていこうかね。
軋む階段を下りて玄関へ向かうと、パジャマ服のお袋がフェイスパックをしながら歩いていた。
「あら、出かけるの?」
「ちょっとそこまで。鍵は持ってくよ」
手をひらひらと振って「気を付けてね~」と言うと冷蔵庫を漁り出す。今日も我が家は平和である。
さて。こんな時間だしリサをあまり待たせたくない。早歩きで行くとしよう。
*・・*・・*・・*・・*・・*
元は高さ200m近くあった山も、麓にダンジョンが出現した都合により80mほどまで削られ小さくなってしまった。それでも山頂はそれなりに見晴らしは良く、展望台やレストランもあり、昼は家族連れ、夜はカップル達の憩いの場として愛され続けている。
その山頂まではハイキングコースのような坂道が整備されており、夜の帳の中えっちらおっちらと昇っていく。途中、いちゃつくように手を繋ぎながら歩くカップルとすれ違うが、今夜は気分が良いので爆発なんて願わないでいてやろう。
そんなこんなで登り始めて10分ほど。すでに夜は更けており深夜といっていい時間。いつもは多くの人が訪れるこの公園もさすがに人影は疎らで、話をするにはいい静けさだ。
「公園のベンチにいるって言ってたけど……あ、いたいた」
お洒落なポールライトにほんのり照らされた夜の公園を見渡してみると、早速俺を見つけたリサが控えめに手を振っていた。シャーリングが可愛い茶色のブラウスにカジュアルでベージュ色のワイドパンツ。元々見た目が大人っぽいというのもあってか、落ち着いた雰囲気を醸し出している。普段私服を見ないので多少ドキマギしてしまうのは致し方ない。
「早かったね~。もう少しかかると思ってたけど」
「運動がてらに早歩きで来たからな」
機嫌が良いのかリサはニコニコとしながらベンチに座る様に促してくる。ここはマジックフィールド範囲外のため肉体強化は適用されず、自分の筋肉だけで登ってきたので程よい疲労感がある。座りたいと思っていたので遠慮なく腰を掛けることにした。
「ごめんね~こんな時間に。ちょっと気になることがあって眠れなくて」
「気になることなら俺もあったからな。それに話すとなると場所やタイミングが難しいし丁度いい」
俺もリサも“異世界”から来た数少ないプレイヤーという立ち位置。元の世界やダンエクの話は信頼できる家族とさえ相談できないが、リサとならできる。もし同じ立場の人がいるなら色々と話し合ってみたいと思っていたのだ。
「ふふっ。学校では他愛のない話はしてたけど~お互いの正体が分かってからは、ちゃんと話したことってなかったしね。ゲームの中ではあんな関係だったのに……不思議」
星空を見ながらリサがゲームでの関係性を思い返し、しみじみと言う。“目が合ったら即殺し合い”という極度の敵対関係だった二人がこのような特異な状況に巻き込まれ、ベンチに座りながら相談し合っているのも確かに不思議な状況であり、何だか可笑しい話でもある。
俺も夜空を見上げてみたものの、街灯りのせいで一等星すらほとんど見えない。ここは夜景ならともかく星空を見るにはあまりいい場所ではないようだ。
一呼吸置いたのをみたリサは何か話したいことはあるかと聞いてきた。まぁここはレディーファーストということで出だしの話はリサに譲ろう。
「ありがと。それじゃまずは~……やっぱり今日のゲートの出来事でも話そっか」
「ゲート部屋が地図に書かれていなかったというやつだな」
冒険者ギルドが多くの人員を投入して制作し配布しているダンジョンの地図。そこにはゲート部屋の在処が書かれていなかった。一見そこまで気にするものではないように思えるが、やはりリサも気になっていた様だ。
5階のゲート部屋は冒険者が沢山いる入り口から程近く、狩りをしていてもおかしくない場所にある。それなのにいつ行っても人影は見当たらず、それどころか配布されている地図にも描かれていなかった。となると――
「ゲート部屋一帯に人除けのような何かがかけられているとか?」
「私もそう考えたけど~。それならどうして私達プレイヤーとゲートの秘密を知ったサツキや華乃ちゃんには効かなかったのかな」
「……ゲートを認識したかどうかが関係しているのかもな」
ゲートという事象を認識していることが人除けを突破するキーになっている可能性。その場合、かけられている魔法は認識阻害系になるのだろうか。
「ゲートだけなら人除けの類を考えるよね~。でも認識についておかしな事がまだあるの」
それは何かと聞いてみると、サツキが《フェイク》の存在を知らなかったというのだ。《フェイク》は【シーフ】に転職して最初に覚えるスキルなのに冒険者学校の生徒、しかも好学のサツキが知らないなんてあり得ないとのこと。
もしかして《フェイク》は普遍的なスキルではないのかと思い、冒険者ギルドの図書室で調べたところ、やっぱりどこにも記載は見つからなかったそうな。そして一般的な【シーフ】のジョブに就いている冒険者も《フェイク》を獲得できていないという。
もしかしたらスキル習得の際に、そのスキルが存在するという認識が必要なのではないか。あると思わなければ無いことになる、そんなシステムがこの世界には備わっているのではないかとリサが推測する。
「なるほどな、逆に認識さえしてしまえば華乃のように《スキル枠+3》を習得できたり、一人でゲート部屋に行けるようになるというのもそれなら説明できる」
「《フェイク》に《スキル枠+3》、ゲート。認識が必要なものは他にも色々ありそうね~」
普遍的に知られているモノと知られていないモノ。一体どんな違いがあるのか。だがこれは大体予想は付く。
「サービス開始時にあったものは認識が必要ではなく、アップデートされたものは認識が必要なパターンか」
「うん。その可能性は高いかな~」
この世界の人々のダンジョンに関する常識や知識は、ダンエクサービス開始時点で実装されていたものに近い。最初期からあったジョブやスキルは、この世界でも広く知られているものと大体が一致している。
一方で《フェイク》、《スキル枠+3》、ゲート部屋やスライム部屋などはサービス開始からしばらく経って追加されたコンテンツだ。この世界の住人達はそれらを知らない、もしくは認識できていても一部の者のみに情報が制限または独占され、一般社会には隠匿されている。
サービス開始時のダンエクも、俺達がこちらの世界に来る直前のアップデートされまくったダンエクも、こちらでは同じ1つの世界。どちらを内包しても辻褄が合うように、このような認識という手段で差別化されているのかもしれない。
「ふふっ。どの情報を見せていいのか、いけないのか。これで少しは判断しやすくなったかな~」
「元プレイヤーの武器が何なのかというのも判別しやすくなるな」
俺達ダンエクプレイヤーにはマニュアル発動や、ゲーム時のキャラのスキルが使えるなど様々なチートがあるのは知っていた。だが、アップデートされたもの全てがプレイヤーの武器になりえるというのは今後の行動において新たな指針となりえる。しかし――
「……《フェイク》に関してはちょっと困った問題がある」
「どうしたの~?」
先日の冒険者ランク昇級試験のときに出会った“くノ一レッド”のオッパイさん……もとい、くノ一さんのことである。名前はまだ知らない。彼女はほぼ間違いなく《フェイク》を使用していた。同時に俺が《フェイク》を使用していることに大きな関心を示していた。
恐らく《フェイク》は先ほど話した予測の通り一般的には知られておらず、くノ一レッドのような特殊な立場の者のみが情報を独占しているスキルなのだろう。それは非常に美味しい特権となっているはずだ。
強さや能力を偽装できれば、そして偽装を疑う者がいない状況ならば、相手の油断を誘いたい放題できる。戦闘や工作活動を行うにも大きなアドバンテージとなるだろう。
そんな特別なスキルを何の変哲もない男子高校生が所持していたとなれば、どう思うのか。
翌日にはクランパーティーの招待状が楠雲母――以下キララちゃん――によって届けられたわけだが、その理由が少しは分かった気がする。
「そのクランパーティーっていつあるの?」
「クラス対抗戦が終わったあたりだ。参加する予定だったんだが、やっぱり不味そうか」
自分達だけが知っているはずの極秘情報が知られていた。もしかしたら俺を脅威と考えているかもしれない。くノ一レッドの動きには警戒をしておくべきか。
「もうソウタや家族について調べ上げているはずよ」
「その上で直に俺と面談したいということか」
「そもそもの話、ソウタはくノ一レッドというクランをどの程度まで知っているの?」
表向きの顔は華やかでお色気満載の【シーフ】クランということ。クランリーダーの御神遥は芸能界でも度々話題となっている有名人。だが裏では冒険者ギルドや政府による依頼を受けるほどの上級クラン。あのくノ一さんもそう言っていた。
「ダンエクでは三条さんのメインストーリーにも登場するわ。敵としてね」
「……敵か。BLモードでやったことないから分からなかったな」
キララちゃんが三条さんの味方となり背中を押すキャラだというのは知っていたので、その彼女が所属するくノ一レッドも何となく良いイメージを持っていた。招待状の中身やキララちゃんの対応を見てもそう危険な感じがしなかったという理由もある。
しかしリサによるとくノ一レッドは、国家と伝統を重んじる非常に保守的なクランで、それらを脅かすと判断すれば容赦なく攻撃を仕掛けてくるという。そんなクランの本拠地に本当に一人で行くのか、と言われても。
「正式な招待状を無視していつまでも逃げ回るというのもな。どうしたもんか……」
「いきなり危害を加えることはなさそうかな~。それならもう襲ってるはずだし」
ゲームでのくノ一レッドを考えれば、俺から無理にでも情報を引き出したい、もしくは封殺したいなら躊躇なく迅速に行動を起こしているはず。呑気に招待状を送って歓迎するやり方を取ったからには攻撃なんて考えていない、とのことだ。
恐らくだが最初に俺の背後にどんな組織がいるか調べでもしたのだろう。だがそんなものは無いのだから出てくるわけがない。そこでくノ一レッドは慎重に話し合いの機会を設けて、探りを入れたいと考えたのかもしれない。
「一応顔は出すが、相応の準備はしていくか」
戦闘が起こる可能性は……少ないだろうが否定もできない。念のためクランパーティーの日は家族にダンジョンにでも行ってもらったほうがいいのかね。
「それなら~。私をパワーレベリングをしてくれたお礼にいい事を教えてあげよっか。もしかしたら力になれるかも?」
ふふっと小さく笑うと腕を前面に出し何かを描き始める。何をするのかと思いきや、マジックフィールド外であるにもかかわらず、突然スキルを解放し始めた。




