058 談笑のひと時
次のオークロードがポップするまでは談笑の時間だ。持ってきたお菓子を食べながら他愛もない話をしていると――
「私もサークル入りたいっ!」
華乃が学校の話が聞きたいというのでサークルを作った話をしたら、自分も入れろと駄々をこねはじめた。やんわりと拒否するとひっくり返って「もっとダンジョンに行きたいのに」だの「おにぃは私をほったらかしにする気だ」とみっともなく転げまわる始末。
冒険者学校のサークルに部外者、しかもダンジョンに入れない中学生をサークルに入れてどうするんだと説得するも馬耳東風。終いには1時間ほど前に見た、サツキとリサの足元に泣きつき味方に付けるという芸を再び披露し、またもや俺が悪者になってしまった……
「練習するだけだし、良いんじゃないかなっ」
「華乃ちゃんにはこれからもダンジョンでお世話になるからね。私も賛成かな~?」
「やったー!」
華乃は俺と同じレベルを持ち、ダンジョンに関する機密情報も多く共有している。この先もダンジョンに潜って深層を目指すならパーティーを組むことにもなるだろう。ならばサークルの練習を通じ、親交を深めておいたほうが安全面も効率も良いと逆に理詰めで説得されてしまった。
目を潤ませ二人に抱き着いて喜ぶ我が妹。甘やかすとまた泣きつきゴリ押しカードを使いそうで、ろくなことにならないのだが。しかしやけに仲がいいな……買ってあげた腕端末の連絡番号を交換しているではないか。オレモオレモー!
妹には目立たず校内に入れるようダミーの制服とジャージも買ってあるので、サークルに参加する程度ならバレることもないだろう。まぁ、家族がサークルの練習に参加したところで別にどうということはないか。
「サークル名はなんていうの?」
「そんなのは無いぞ。クラスメイトの練習の場として一時的に作るだけだしな」
「え~じゃぁ、名前付けてあげるっ。シャイニング・カラーズとかどう?」
妹が早速パクリっぽい名前を提案してきた。既存のクラン名をもじるのはちょっと。というか俺はカラーズに良いイメージがないんだよなぁ。
「百花繚乱とかいいかも~?」
「にゃんにゃんファミリーとかっ」
男の俺が参加するのに百花繚乱ってどうなの……参加していいんだよね? あと、にゃんにゃんファミリーって。そんな如何わしい名前を付けようとするサツキに流れを持っていかれるのは宜しくないので俺も提案しておこう。
「Eクラスのためにあるサークルだから、Eから始まる単語……Evolveとかどうよ」
「E? うーん……Endとか?」
「Eクラスを脱出するという意味で、Exodusとかっ」
「謎の集団を意味するEnigmaはどうかな~」
その後もEの付く単語を並べるものの、しっくりとしたものが出てこない。とりあえず仮付けで“EEE”ということになった。何かの秘密結社みたいだが、サークルを申請するにも名前がいるので仮の名前があるだけでも良しとしよう。
「あれ? そういえば……華乃ちゃんって何歳なの?」
小柄なJCの童顔をまじまじと見ながらサツキが当然の疑問を口にする。冒険者中学校の生徒を除けば、本来なら高校生以上でしかダンジョンに入る許可を貰えないからだ。
このメンバーに秘密にしていても良い事はないので、実はゲートを使ってこっそり入っていると正直に伝える。俺のダンジョンダイブ計画はクラスメイトではなく家族と共にレベルを上げて行くことが主柱となっている。それを聞いたサツキは思うところがあったのか、妙に素直に納得してくれた。
「じゃあ、しばらくは私達だけで頑張っていくことになるのかなっ」
「この四人なら放課後に学校で訓練するよりもダンジョンに潜ったほうが手っ取り早いだろうな」
「そうそう。学校関連のトラブルに対応していくためにも~早めにレベル20くらいまでにはなっておきたいわね~」
「に……20!?」
後々にクラスメイトを誘ってメンバーを増やす予定ではあるものの、サークルの申請が受領されても、実際に動けるようになるまで一ヶ月くらいはかかる。その間は今いるメンバーだけでゲートを使ったレベル上げに専念したほうがいいだろう。
またゲームではサークルを作ってしばらくすると上位クラスや上級生が様々な妨害工作を仕掛けてくるようになる。こちらの世界でも同じような妨害が来るかどうかは分からないが、対処できるよう早めにレベルを上げておくことに越したことはない。
端末のデータベースを見る限りでは生徒会や他の大派閥の連中もレベル25には達していないので、レベル20くらいあれば一先ず対抗できるはずだ。一方でサツキはレベル20と聞いてあたふたと驚いている。目の前のちんちくりんな妹もすでに19になっているのでサツキも頑張ればすぐに追いつけると思う。
ただ現時点では四人のレベル差が激しいので、サツキとリサをパワーレベリングしてレベル15くらいまで上げつつ、俺と華乃は別個で動き、装備を調える時間にしたほうがいいだろう。華乃も早く新層攻略したいようなので近いうちにダンジョン通貨稼ぎができる狩場に連れて行こうかしらん。
「訓練といえば。立木君からのメールは見たかなっ?」
「見たよ~。まだ返事はだしていないけど」
お菓子を齧りながら端末のメールを見せてくる。立木君の提案で、クラス対抗戦に向けて何回か練習会を開くという旨が書かれていた。
レベルが思うように上がっていないクラスメイトを優先的に誘っているらしく、データベースではレベル3表示のままの俺とリサに出席要請のメールが来ていたのだ。サツキはレベル4表示なので対象者ではないが、連絡事項としてメールが届いていたという。
立木君もクラスのために動いていると知って喜ぶサツキ。ゲームのメインストーリーでもサツキが退学に追い込まれたときに一番悲しんでいたのが彼だったわけで、こちらの世界でも互いに信頼し手を取り合う未来はあるのだろう。
「え~とソウタは……どうみてもレベル3じゃないよねっ」
「私も本当はレベル5だったけど~更新してないだけなんだ~」
通常、冒険者学校の生徒はレベルが上がったら鑑定を受けて学校のデータベースを更新するものだが、俺のレベルでは厄介事を呼び込む可能性があるので更新はしていない。同様に、これからサツキにも当てはまることになる。
「これからはしばらくは鑑定はやめておいたほうがいいよ。レベルの上がり方がおかしいと問い詰められるし」
「で、でもずっとしないのはまずいよねっ?」
データベースを更新しないということはずっとレベル4表示のまま。それだけならともかく定期試験では計測を必要とする科目もあり、いずれバレるはずだとサツキが危惧する。
「【シーフ】にジョブチェンジすれば《フェイク》というステータス偽装スキルを覚えられるからとりあえずは大丈夫だよ」
「ふぇ……いく? そんなスキル【シーフ】にあったっけ」
サツキは首を傾げながら端末のデータベースを見つめている。《フェイク》は【シーフ】のジョブレベルを1つ上げただけで取れるので、【キャスター】になるにしても先に取っておくことを勧めておこう。
(しかし練習会か。面倒だな)
早速明日からやるとのことだけど、レベルは十分に足りているし出席したくはない。サボろうとも考えたがそれを予想したカヲルから追加で「迎えに行くので絶対に来るように」と念押しのメールがさっき届いた。逃げられそうにもない。
「俺は明日は行かないとまずそうだ。カヲルが家まで迎えに来るみたいだしな」
「ふ~ん。ソウタが行くなら~私も行こうかな~?」
「私も行きたいっ」
2時間くらいで練習は切り上げるらしいし、さくっと終わらせて帰ってこよう。こちらのためを思って誘ってくれたのなら、とりあえず顔出しくらいはしておこう。
あと華乃、お前はダメだ。
その後も何度か妹の我が儘を宥めつつ橋落としを続け、夕食の時間になったので終わりにすることに。次からはゲートを使うからもっと長くやれることだろう。
荷物を纏めて5階のゲート部屋がある場所へ案内する。やはりいつ来ても誰もいない。気にせずゲートに関する説明を一通りして魔力登録を促すと、しきりに端末を見ていたサツキが不思議なことを言い出した。
「この辺りってMAPに書かれていないけど、どうしてかなっ」
「あれ~? ほんとだね~」
俺も腕端末からMAPを開いて確認してみる。確かにゲート部屋の一帯がマッピングされていない。この端末に搭載されている地図は冒険者ギルドの計測スタッフが作成し配布しているものだ。5階入り口から然程離れていないこんな場所を見落とすことなんてあるだろうか。
「何か理由が……人が来ないように何かが仕掛けられているとか?」
「まぁまぁ。今日は疲れているし~難しいことは後日にでもね」
ふと思考の海に沈みそうになったものの、リサの一言でその場を後にすることとなった。確かにこの場で考えることでもないか。
*・・*・・*・・*・・*・・*
「サツキねぇ。リサねぇ。また遊んでねっ!」
「こちらこそだよっ!」
「またね~華乃ちゃん」
互いに抱き合い、その後長いこと手を振りながら別れを惜しみ合う女性陣。サツキとリサは共に寮住まいなのですぐに行ける距離にある。時間が合うなら存分に遊んでもらえばいい。
夕日に照らされ赤く染まった校内の並木道を、謎に元気いっぱいの妹を引き連れて歩く。
(それにしても。今日は大きな進展だったな)
彼女達と組めるなら学校のイベントも、ダンジョン攻略においても大いにやりやすくなる。妹とも気が合うみたいだし、ここらでレベル上げを加速する計画でも練っておこうかね。




