053 雑貨ショップ ナルミ
今日は大宮さん達と一緒にダンジョンダイブの約束をしている。3階を周回してオーク狩りをしようと計画しているが、余裕があれば4階の入り口周辺までいこうとのことだ。
《簡易鑑定》の評価で“相手にならないほど弱い”の表示が出るモンスターを倒しても俺には一切経験値は入らないけれど、大宮さん達には今まで何度も助けられてきた。ここで少しでも力となり、恩を返していきたい。
もちろん狙いはそれだけではない。
ボッチの俺は学校やクラスメイトの動向に疎く、リアルタイムで何が起きているのか掴みにくいという欠点がある。その一方で大宮さんと新田さんは何事もクラスの中心にいることが多く、彼女らの近くにいればクラス情報が入手しやすくなるのではないかという打算もある。
それに。何だかんだ言っても大宮さんも、あと中身はアレだけど新田さんもそこらを歩いていれば目を引くほどにカワイイ女の子。その二人に「頼りにしてるね♪」と笑顔で言われれば健全な男子たるもの奮起する他ない。
おかげで朝早くからハイテンション。家の前で念入りにストレッチをしてほぐしながら気持ちを静めているところだ。
待ち合わせの時刻まで30分ほど余裕があるので気晴らしに我が家の生命線『雑貨ショップ ナルミ』の商品ラインナップを見てみよう。
『雑貨ショップ ナルミ』は初心者から中級冒険者向けにグッズを販売している小売店だ。多くの売り物は冒険者組合の卸業者から仕入れるのだが、親父がいつも一緒に潜っている冒険者仲間や知り合いからも商品を回してもらっている。我が家の飯のグレードがどうなるかはこのラインナップの出入りにかかっているといっても過言ではない。
まず目につくのは革防具のリサイクル品。魔狼製ではなく普通の牛や豚の革製だ。防具だけではなくバッグや衣類まである。親父が他所から安く買い取った中古品を暇なとき手入れ、修復して売っている。あまり売れ行きは良くはないがそこそこ利益率が良いので置いているそうだ。
防具といえば。俺の魔狼の防具はヴォルゲムートとの戦闘により使い物にならないほど大破しゴミと化したわけだが、今はクソ試験官から頂戴したミスリル合金製の軽鎧を着ている。ミスリル合金製武具はレベル19が着る防具としては少々頼りなく、より強い防具に乗り換えてもいい頃合い。しかしそんな金は無いのでしばらくはこの防具を使おうかと思っている。ちなみにクソ試験官は今頃臭い飯を食っているはずだ。
次にリサイクルコーナーの隣に目を移せば“ナルミおススメ!特価品!”と書かれた棚がある。そこには赤や緑色などちょっと毒々しい色をしたポーションが置かれていた。
これらは俺が10階で買ったような即時性の回復ポーションではなく、溶媒で希釈された劣化回復ポーションとでもいうべきもの。それでも擦り傷やちょっとした疲労の回復効果が望めるので10階未満で狩りをしている冒険者には人気の商品らしい。ギルド認証がいらず中抜きも少ない代わりに利益率も低い。とにかく多く売って稼ぐタイプの商品だ。
そして以前にオババの店で転売用に買った3本の回復ポーションだが、既に全部完売済み。指1本程度の欠損ならたちまち回復してしまう即時性回復ポーションは、冒険者だけでなく医療目的でも高額で取引されているため詐欺商品も横行している。売るには本物と認定されたギルド認証を必要とし、その鑑定認証代も1本あたり10万円近くとかなりの高額。それでも70万円という値で即売したのは強い需要があると推察できる。そのおかげで昨夜の我が家の夕食がブランド牛のしゃぶしゃぶとなったわけだ。
回復ポーションはアンデッドに使えばかなりのダメージを与えられるのでゲームの時は投げまくっていたけれど、70万円で売れる商品を投げる馬鹿はいない。すでに追加で6本仕入れてあるので、親父に冒険者ギルドで鑑定してもらっているところだ。これからもオババの店のポーションを転売しまくって日本中のブランド牛を制覇するゾ! ……いや違った。武具を揃える予定だ。ということで今のところ金策は順調と言っていいだろう。
レジの近くには携帯食やキャンプ用品も置いてある。これらはスーパーやホームセンターが強力なライバルとなるのでそれほど数は置いていない。気が向いたら他の商品とセットで買っていってくれる程度だ。
これからは俺がダンジョンから持ってきたアイテムもここに並べようと考えている。それなりに上手く商品を捌けるようになったら、よりセキュリティの高い冒険者ギルドビルで場所を借りて店を開くのもいいかもしれない。親父には頑張ってもらいたいね。
さて。少し早いが店内探索はこれくらいにして行く準備をするとしよう。
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待ち合わせ場所である冒険者ギルド前広場に到着。少々早かったせいかまだ二人は来ていないようだ。何して暇を潰そうか考えていると妹から電話が掛かってきた。
『おにぃ~やっぱりもう1本剣貸して~。二刀流じゃないとしっくりこないっぽい』
妹もこれからお袋のパワーレベリングをしにダンジョンに行くとのこと。今日は試しに1本で戦うと言っていたがダイブ直前で不安になったのだろう、手ごろな武器がないかと聞いてきた。
「今は冒険者広場にいるんだけど、どこにいる?」
『ママとそっちに行くから待ってて~』
俺の腰には2本のミスリル合金製の曲剣があるので、その内の1本を渡すことにした。これらは昨日のミスリル鉱石横領事件で生徒会員である相良の差配により、タダで貰うことになった物だ。本当は刀が欲しかったのだけど工賃無しで貰えるなら悪くない。涙目になった熊澤が震えながら曲剣を差し出すのを見て溜飲は下がったから良しとしよう。
電話を切り広場にある街路灯に背を預けながら、ぼーっと周りを眺めてみる。土曜日ということもあり、いつも以上に多くの冒険者で混み合っている。
ほとんどが専業冒険者や親父のように趣味で潜る兼業冒険者だが、学校名が書かれた防具を着た学生らしき男女もチラホラと目につく。
このダンジョン周辺には冒険者学校以外にも冒険者の育成を目的とした特別クラスや、ダンジョンダイブのための部活を開設している学校があり、うちの学校ほどではないにせよ有名冒険者を何人も輩出していて全国から志望者が来るほど人気が高いとか。和気藹々と頑張っている姿は微笑ましいものだ。
対して我が冒険者学校の連中はというと――第一剣術部と第一魔術部の合同パーティーだろうか――ミスリル合金や魔結晶がはめ込まれた高価な武具を装備した集団が声を荒らげて悪目立ちしているではないか。ゲームでもこの学校はトラブルメーカーだらけだったが、それらを忠実に再現しないでもらいたい。
げんなりしながらも遠目から観察してみる。
白熱した作戦会議を行っているようで剣士集団と魔術士集団がバチバチとにらみ合い、周囲に険悪な雰囲気を振りまいている。かなりの大声なので話している内容も丸聞こえ。互いの主張はこうだ。
剣士集団としては、フレンドリーファイア(※1)が怖いため、魔法を撃つタイミングや布陣を含め剣士側が判断しダンジョンダイブを主導したいとのこと。魔術士集団としては剣士には壁さえやってもらえばいい。魔術士の最大火力を有効活用するには魔法というものをよく理解した魔術士側が決めたほうがいい。当然、戦術指示も魔術士側がやるとのこと。
(一緒に潜るならまとめ役くらい用意しておけよ……)
合同で潜ろうとした時点でそういった作戦は予め決めておくべきじゃないのか、と呆れてしまう。怒鳴り合いに近いほど大声でいがみ合っていて、何名かは《オーラ》を開放。周辺はちょっとした騒動となってしまっている。脳筋だらけじゃないか。迷惑極まりない。
まずいかなと思っていると、一際豪奢な花柄のローブを着た女生徒が颯爽と現れ、到着するなり全体に指示をし始める。あれほど騒いでいた一団が一斉に沈黙。剣士集団も魔術士集団もあの女生徒に頭が上がらないようで、素直に話を聞いている。
ローブを深くかぶっているので顔は分からないが、長く赤い髪が見えている。小柄で細身の割に大きな杖を背負っていて、そのアンバランスさがちょっと面白い。
(魔術士派閥のリーダーは赤髪の女生徒だと聞いていたが、彼女のことだろうか)
ゲームでも何度か登場するキャラなのだが、メインストーリーなんてゲーム開始時に一度流してやっただけなので序盤だけしか登場せず、主要キャラでもないなら詳細は覚えていない。
やがて補給要員も到着。荷車の引っ張る部分に魔石動力エンジンと操縦席を取り付けたような運搬車が3台、それぞれに山ほど荷物を載せてやってきた。あの人数でも10日ほどなら楽に潜れる量だ。
冒険者学校はダンジョンダイブのための期間を設けていて、その期間に学業を休止することも許可している。代わりにダンジョン内でやる課題を出され、それらをクリアしていけば成績にも反映される仕組みだ。
またボーナスも用意されていて、課題が難しいほど、深い階層を潜るほど成績に加算される。高得点を目指すには優秀なメンバーを確保し、より強いモンスターと戦える強力なパーティーを組む必要ある。そのため仲が悪くても実力を優先して第一剣術部と第一魔術部が組んで潜るのだろう。今回は魔術士側のリーダーが指揮するようだが。
どれほどの強さなのか鑑定したい気持ちを抑えつつ集団の様子を見ていると。
「いたーっ。ママーこっち!」
俺を見つけた妹が大声でお袋を呼ぶ。妹にはヴォルゲムートからドロップしたファルシオンタイプの剣、[ソードオブヴォルゲムート]と、宝箱に入っていた[祝福されしペンダント]を渡してあったが、ちゃんと装備していたようだ。
家に帰ってワンドで鑑定した結果、[ソードオブヴォルゲムート]にはHP吸収、片手剣攻撃力上昇、耐久大幅上昇、軽量化と効果が4つも付与されており、期待以上の性能だった。11階からは被弾することも出てくると予想しているので、アンデッド相手にもHP吸収が使える武器は嬉しいところ。鞘の装飾がゴテゴテして目立つので今は布で覆って隠している。
また[祝福されしペンダント]も同様に7階の拡張エリアの宝箱でしか入手できないであろうユニークアイテムだ。効果はMPリジェネ、MP最大値上昇、INT+20と、こちらもかなりの性能。MPリジェネはどれくらい回復量なのかは分からないが、長期戦をやる場合には重宝することになるだろう。水色の宝石は少々派手な見た目だが胸元に隠している分には目立つことはない。
どちらも序盤で手に入るアイテムとしては破格の性能ではあるものの、落とした敵の強さも序盤とは思えないほど強かった。そう考えれば相応の性能と言えるかもしれない。
「この曲剣はヴォルゲムートの剣と違って重心がちょっと変わっているのと、何の付与もされていないから扱いに気を付けろよ」
曲剣を壊してしまったら、ただの鋼製のレンタル品に戻るしかないので大事に扱えと忠告しておく。現在のレベルなら武器もミスリル合金製よりもう1つグレードの高い武器に変えてもいい頃合いだが、そんなのを買うとしたらとんでもない額になってしまうので地道にダンジョンに潜って素材を集めるしかない。
あれこれと妹にアドバイスをしていると――
「おまたせ~って、あれ?」
時刻通りに大宮さん達も到着。ダンジョン内では長めの髪が邪魔になるのか、いつもはサイドに垂らしているツインテールを結いあげ、ポニーテールになっている。新田さんはいつもしているメガネをかけていない。コンタクトだろうか。だがどちらも新鮮で可愛らしい。
また二人ともお揃いの真新しい魔狼の軽鎧を着ている。この先を見据えればちょっと背伸びするくらいの防具を買っておいたほうが却ってコスパは良くなるので、そのチョイスは正解だろう。
「成海君のお母さまと……妹さんかなっ?」
「あぁ、ちょっとね。渡し物があって話をしていたんだ」
妹は中学生なのでダンジョンに行くとは言えず、この場は誤魔化しておくのがいいだろう……って、おい。
「あら~、可愛いお嬢さん達じゃない。颯太も隅に置けないわね」
「こんにちは~妹でーっす! おにぃがお世話になってまーっす」
なにやらハイテンションになっている妹とお袋。気恥ずかしいので早く行ってくれと催促するも、大宮さん達と話したそうに図々しく粘り留まろうとする。なので背中を押して無理やり退場してもらった。
「その、ごめん。気が利かなくてさ……」
「え、でもいいの?」
気を使ってくれたようだが何の問題もない。あのまま放置していたらある事ない事話されそうだったし。
それでは気を取り直して。両手に花の楽しいダンジョンダイブへ行こうではないか。
(※1)フレンドリーファイア
戦場などで後方に位置する味方の攻撃を食らうこと。過失か故意は問わない。




