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災悪のアヴァロン【書籍7巻 コミック10巻 発売中!】  作者: 鳴沢明人


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152 ソレルの狂犬

 ―― 霧ケ谷(きりがや)宗介(そうすけ)視点 ――



 ――憎かった。冒険者であるとふんぞり返る親父が。


 事あるごとに暴力を振るわれ、機嫌を(うかが)いながら怯える毎日。だがあんだけ無敵に思えた親父も、格上の冒険者の前ではオレのようにへこへこと頭を下げて機嫌を窺っていた。

 

 やはり暴力だ。

 

 人は簡単に暴力に屈服する。それさえあればムカつく野郎はことごとく蹴散らせるし、どこまでも這い上がることができる。それがあのクソ野郎(親父)から学んだ唯一のことだったが――

 

 

 

  *・・*・・*・・*・・*・・*

  

  


(――ぐっ……気絶していたのか……)


 頭に小石が当たって意識が戻る。ガキの頃の忌々(いまいま)しい夢を見ていたようで、すこぶる気分が悪い。

 

 周囲の状況を確認しつつ体を起こそうとするものの、肋骨の鋭い痛みのせいで断念。加えて奥歯が何本か折れており口の中も血だらけだ。足首も腫れあがっていて歩くには何か支えがいる。どうしてこうなったのか思い出そうとすると、すぐに苦々しい記憶がよみがえってきて項垂(うなだ)れてしまう。

 

(あのクソ眼鏡が……)

 

 カラーズのナンバー2、真田(さなだ)幸景(ゆきかげ)。あの裏切り者にこめかみを強く蹴られてから記憶がない。土埃と血で汚れた手を強く握って悔しさと憎悪を募らす。

 

 あれからどれくらい経ったのか。直ちに袖を(めく)って腕時計で確認すると大して時間は経過していないようで安心する……その反面、もう九鬼のオヤジや仲間達は殺されてしまったのではないかと思うと、再び脱力感に(さいな)まれて動けなくなってしまう。

 

 オレとしたことがとんだヘマを打った――

 

 

 チンピラ共を手下に加えて“ソレル”という攻略クランを作り、ライバル共を蹴散らしてひたすら金を稼ぐ。そこを足場にテッペンまで成り上がろうとしたが、上位団体の金蘭会には全く相手にされず(くすぶ)っていた。

 

 だが、神は見放さなかった。

 

 偶然にして“新エリア”と“転移装置”の発見という途方もない幸運が舞い込んできたのだ。それを材料に金蘭会内での立場を築き、大枚をはたいて仲間を増やしながら九鬼のオヤジや真田とも渡り合い、細いコネクションを辿(たど)って神聖帝国と交渉できる立場にもなった。

 

 あとは巨額の商談さえ成立すれば、カラーズ幹部の席すらも射程圏内に入る……と思っていたのだが、オレとしたことが“暴力”を忘れていた。

  

 神聖帝国という世界最強の暴力を相手に、対等な交渉なんてものがまかり通るわけなかった。転移装置という巨万の富を産むものが目の前にあるなら、力ずくで奪ってしまえばいいのだから。

 

 加えて真田のカラーズに対する憎悪も見誤った。九鬼(くき)とは犬猿の仲だということは知っていたが、まさか金蘭会に神聖帝国をぶつけて殲滅を計ってくるとは。なかなかに狂ってやがる――

 

 

 神聖帝国を徹底的に利用し、金と情報をしこたま出し抜いてやろうと思っていたが、逆に真田に良いように利用されてこのザマだ。間抜けすぎる。

 

(しかしどうなってやがる……何故オレァは生きている)

 

 まだ上手く脳みそが働かないものの、倒れたフリをしながらそっと周囲を見渡して原因を探ってみる。すると遠くで何人かが話し合っている姿が見えた。

 

 あれは神聖帝国の――カフカとスヴェトラーナか。フルプレートの女は顔が見えないので分からないが、前者二人の顔は覚えている。ミハイロが連れてきた配下の中では序列上位の要注意人物達だ。そしてもう一人、見慣れない奴がいる。

 

(向かい合っているのは……誰だ。金蘭会(ウチ)のモンじゃねぇな)

 

 黒のスーツに蝶ネクタイを付けていることから招待客……もしくは取引先の貴族だろうか。ずんぐりと太っており、まだ十代のガキのようにも見える。眉を下げて媚びへつらうような笑顔をしているので命乞いでもしているのだろうが、何であんなガキがこの屋上にいる。

 

 何にせよ、奴らに見つかったのは運の尽き。情が通じるような相手ではないので、まだガキだろうと命乞いしたところで逃がしてくれるとも思えない。(なぶ)り殺されるのは目に見えている。

 

 だが奴らの注意が向こうにいっているなら逃げるのに好都合。横目で状況を確認しながら痛む体に鞭打って()い進もうとすると――

 

(なっ……んだ、あれは)


 太った男が何かを空中に描き始めた。あの魔力、複雑な円環状の紋様……魔法陣か。一般的に魔法陣作成は高位の魔石をすり潰した粉、モンスターがドロップする高級触媒に加え、複数人の魔力要員が必要と聞いているが、あんな手軽に魔法陣を描く手法が存在するとは。

 

 逃げることを忘れて何か盗める技術はないかと目を凝らしていると、突如、強大な魔力が噴き上がる。太って(たる)んでいた腹はやや引き締まり、一気に強者の風格となったではないか。見た目からして狩られるだけのガキかと思っていたが、冒険者だったらしい。

 

 だとしても神聖帝国から来ている奴らはヨーロッパの戦場を渡り歩き、つい最近まで戦争に投入されていた選りすぐりの猛者達。多少強力なスキルが使えたところで勝てるほど甘い相手ではない――などと考えていると、続けて新たな魔法陣を描き始めたではないか。

 

(どうせ無駄な足搔きだ……)


 そう思っていたものの、今度の魔法陣は様子が違う。重苦しい莫大な魔力を漂わせると一気に収束し、眩しい虹色の輝きを放って周囲を同色に染め上げる。

 

 すると男の筋肉がスーツの上からでも分かるほど盛り上がり、(うな)り声と共に赤黒い闘気が天に向かって放たれる。これまで見たこともないほどの濃密かつ強大な魔力。その威圧感は何十mも離れているこの距離にいても巨大な猛獣に睨まれたような恐怖に駆り立てられるほど。放つ魔力から見ても神聖帝国の奴らと引けを取っていない。

 

 スヴェトラーナの驚く顔からも、あの魔法はやはり異常なのだと分かる。男は三人に囲まれながらも両手に剣を持って睨みを利かせる。

 

 起きないと思っていた戦闘が起きようとしている。すぐに離れたいがこのボロボロの体ではそれも難しく、頭を伏せてじっとしていることしかできない。

 

 

 

 それは恐ろしいほどの静寂が始まり、突然の衝撃音で破られた。

 

 コンクリートの床を破壊するほどの踏み込みで距離が瞬時に縮まり、爆発物が破裂したような音を立てて武器と武器がぶつかり合う。その一撃ごとに足元が砕け、衝撃波と破壊音が放たれる。圧倒的格上(バケモン)同士による乱打戦だ。

 

 だが蝶ネクタイの男の戦い方は異常をさらに輪をかけたものだった。

 

 信じられない量の闘気を(まと)い、死角から迫りくる強烈な斬撃や魔法弾を正確に(さば)いている。後ろにも目があるような神がかり的な立ち回りで、神聖帝国の奴らに囲まれても一切押されていない。

 

 どれほどの修羅場を潜り抜ければあんな戦い方ができるのか。もしくはあれもスキル効果によるものなのか。それ以前に、さっきまでのヘコヘコとしていた弱気な男と本当に同一人物なのか。

 

 正体を確かめるべく目を凝らしてみると、牙を()き、修羅のような形相でカフカとフルプレートの極大の殺意を真っ向から受けて返していた。ずんぐりとしていた見た目はシャープになっており、気迫もあって明らかに別人。だが服装や顔の作り、雰囲気は同じ――

 

(って……あぶねぇ!)

 

 突然、頭ほどの大きさのコンクリート片が飛んできたため、慌てて横に転がって回避。その際に肋骨の痛みで呻き声がでそうになるものの何とか押しとどめる。こんな馬鹿げた戦闘を前に気を抜くのは自殺行為だった。

 

 本当は一刻も早く離脱したいのだが、出口はバケモン達が暴れているその向こう側にあるためどうにもできない。仕方なく反対方向に距離を空けていると、轟音と振動が一層激しさを増していく。決着を付ける気なのだろう。

 

 フルプレートの空気を切り裂くウェポンスキルから始まり、次々と大技が繰り出されて一帯が壊滅的な状況となっていく。殺気と魔力が渦を巻き、石片がもの凄い速度で飛び交い、視界が劣悪化していく。

 

 三方からスキルを撃たれてはさすがに耐えきれまい。勝負あった――と思ったが、男は目にもとまらぬ速さで空間を飛ぶように跳ね周り、光の線となった。

 

 瞬く間にスヴェトラーナとフルプレートが血を吹き出し、地面に叩きつけられるように倒れ込む。だが男は一切の手を緩めず尚も空中を弾けるように駆けまわり、斧を振るうカフカを四方八方から切り刻んでいく。

 

 遠目から見ても何が起きているのか把握しづらいというのに、あれを間近でやられれば神聖帝国と言えども()(すべ)はないだろう。

 

 強大なスキル。見たこともない戦術。それらに耐えうる強靭な肉体、精神、技術。全てが巧みに組み合わさり、圧倒的な暴力へと昇華させている。オレが理想としているモノがそこにはあった。

 

 

 

 魔力放出を停止したカフカが前のめりに倒れ、同時に崩れ落ちるように座り込む男。フォーマルスーツがボロボロとなって気にしているようだが、あのような超人的な動きに一般の服が耐えられるわけがないので当然だろう。

 

(さて、どうする……見つかったら面倒なことになりそうだが)

 

 あれだけ多くの隠匿スキルを目撃してしまえば、オレは口封じに消される可能性もある。ここは気絶したフリをしておくのが賢明だろう。しかしこのビルにはとんでもない魔法陣がいくつも起動しており、脱出するまでの猶予もあまり残されていない。

 

 早くどっかいけよと祈りつつ焦りを押し殺していると――面倒なことにもう一人やってきたではないか。神聖帝国の新手だろうか。苛立ちを(つの)らせながらも目だけを動かしそっと姿を(うかが)うと、そいつは蝶ネクタイの男と同じくらいの若い男だった。

 

 スーツではなく、(はかま)姿。あいつの仲間かどうかは不明。激しい戦闘の爪痕が残る屋上を躊躇(ちゅうちょ)せず歩き、近づいていく。


「ブラボー、ブラボーだよ! 何だいさっきのスキルは。僕は感動したよっ! はいこれ、お土産(みやげ)


 破壊されつくした屋上を興奮したように見まわし、楽しげな声を響かせる袴姿の男。無邪気な能天気野郎かと思ったが、そいつが手にぶら下げているモノを見て、こいつももれなくバケモンであると確信する。

 

「……いりません。真宮(しんぐう)さん、生きてたんですね。その首は神聖帝国のですか」

「そう! 頑張ったんだよ? とっさの判断だったけど、役割分担が上手くいって何より。ところでどうしてそんなに痩せているんだい?」


 服に付いた砂埃を払い、苦々しい顔で出迎える蝶ネクタイの男は「厄介な二人を押し付けてくれたおかげで痩せました」と若干恨みがましく答えている。戦うと極端に痩せるという特異体質なのか……いや、気にすべきはそこじゃねぇ。

 

 神聖帝国から日本に来ていた奴らは間違いなく強者揃いだった。それはレベルや経歴を見ても一目瞭然(りょうぜん)。中にはカフカのように遠い日本であっても名を聞くほどの凄腕だっていた。


 そんな奴らに太刀打ちできる者なんて大規模攻略クランを探してもほとんどいない。さらに多対一でも勝つとなれば日本冒険者界を代表するくらいの実力が必要になるはずだ。だというのに、こんなガキ共が神聖帝国の冒険者を次々に(ほうむ)っている現実は……何だ。

 

 袴のほうは“シングウ”とかいったか、顔は初めて見るが国の特殊部隊だろうか。外国の冒険者に対抗するため、軍が極秘裏に育成しているという噂は聞いたことがあるが……まさかこれほどまでの強者を育てていたとはな。冒険者クランも立つ瀬がなくなるぜ。

 

「ねぇねぇ成海(なるみ)君さ。あそこにいる人が僕達を見てるけど、どうするんだい?」

「えっ? そうなんですか」


(ちっ……)


 横目で見ながら正体を推測していると、突然シングウがこちらを指差し、蝶ネクタイの男――ナルミを連れてやってこようとする。近づいてくる足音に心臓が跳ね上がりそうになる中、どう乗り切るか必死に考える。やはり今気付いた体を装うべきか。


「うぅ……ここは……どこなんだ……何がどうなってやがる」

「え? でもさっきからずっと僕たちを見てたよね」

「……」


 シングウめ、とぼけた顔のくせに抜け目がねぇ。ならもう出たとこ勝負でいくしかない。

 

「すまんが手を貸してくれないか……足をやられてこのザマなんだ」

「ずいぶんとやられてたようですけど、これ飲んでいいですよ」

「あぁ、すまない。仲間の【プリースト】を呼ぶ必要が――なにっ!?」

 

 体を起こし「手を貸してくれ」とフレンドリーを装ってみると、ナルミは赤い液体の入った瓶を寄越してきた。これは……HPポーションだろうか。しかも色の濃さからしてかなりの高純度だ。飲めということか。

 

 (ふた)を開けて恐る恐る口に入れてみると、ドロッとした硬さのある甘い液体が喉を通る。その瞬間、ダメージを負っていた箇所から煙がでてみるみるうちに腫れと痛みが引いていき、折れた奥歯も盛り上がるように再生していく。これほどの効果と即効性なら100万はくだらない超高級品だが……何を考えてやがる。

 

 こいつらは文字通りのバケモン。その思考を完全に読むのは難しいだろうが、オレを殺す気がないのなら利用するしかねぇ。どうやってこちらの思うように持っていくかだが……最初は距離を縮めるのが先か。

 

「助かる。ここにいるってことはお前ら魔法陣を何とかしたいんじゃないのか? もしそうなら情報を共有したい。オレァ霧ケ谷(きりがや)宗介(そうすけ)ってモンだが――」

「僕は正義の味方、獄炎丸(ごくえんまる)2世!」

「じゃあ俺はプー太で」

「……シングウ、ナルミ。話を進めるぞ」

 

 何かの特撮ヒーローのような奇妙なポーズをしながらコードネームのような名前をほざくシングウと、それに付き合って申し訳程度にポーズを決めるナルミ。舐めてんのか。

 

 だがいちいち突っ込んでいられるほど時間に余裕はねぇ。一番ヤバいのは東欧の【聖女】が編み出したという爆裂魔法陣。これを止める(すべ)はないと思って脱出を一番に考えていたが、徘徊してる神聖帝国の奴らを倒せるってなら話は変わる。仲間を救えるのなら何としてもこいつらを引き込まなくてはならない。

 

 とりあえずオレが知る魔法陣について共有しようと口を開きかけたところ、足元に強い振動が走り、下の階層からあさっての方向に光線が突き抜けていく。なんだありゃ。

 

「あれは……“ミハイロ”が暴れ始めたようですね。どうしますか」

「え? うーん、どうしよっかね」

 

 光線は一帯を眩しく照らし、そのまま夜空に浮かぶ雲に大穴を開ける。とんでもない高エネルギーの大魔法だ。あんなものを撃てるのは一人しか心当たりがないとナルミが断定する。

 

 どうすればいいかと問われたシングウは何も考えていなかったようで、すぐにお手上げのポーズを取って思考を放棄しやがった。ナルミよ、こいつに聞くのは間違っているんじゃないのか。

 

(しかし、ミハイロが戦っている……?)

 

 真田はこのビルにいる人間を新ジョブと戦闘訓練の実験台にすると言っていた。当然、金蘭会やその場にいる冒険者達と戦闘になるだろうが、神聖帝国の圧倒的な武力を前に大した対抗はできず、片っ端から殲滅させられていくと踏んでいた。

 

 だというのにミハイロが前に出て戦う必要があるということは、真田や神聖帝国の奴らが思いのほか苦戦しているとも考えられる。もしかしたら九鬼のオヤジ達が上手く踏ん張ってくれているのかもしれない。

 

 ならまだ逆転の目はあるということだ。そのためにも魔法陣を何とかして後顧(こうこ)(うれ)いを絶つ必要がある。

 

 ガキに頭を下げるのは(しゃく)(さわ)るが、オレ一人でどうこうできるものでもなく。一刻も早く情報を共有し行動に移さねばならない。


「時間がねぇ、知っていることを全て話す。お前ら協力してくれ!」


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