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あやかし専門学習塾・結 ~女子大生と半妖の狼~  作者: 貴堂水樹
第三章 感情

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13/33

1.

 地方の田舎町とはいえ、電車の走る市街地の休日は多くの人で賑わっていた。

 田園風景の中に立ち並ぶ学生アパートを出ると、雪乃は自転車を走らせ、全国展開している玩具店を訪れた。同じ大学で幼児教育を学んでいる友達がアルバイトをしている店だった。

 こちらも全国展開している大型ショッピングモールの一角にあるそのおもちゃ屋は、ベビー用品から大人も楽しめるテレビゲームやボードゲームまで、ありとあらゆる種類のおもちゃが揃っていた。大人気アニメのキャラクターが登場するアーケードゲームの前には人だかりができていて、子連れのお父さんの姿が目立つ。どちらが楽しみに来ているのだろう。雪乃は興味深そうに彼らの後ろ姿を眺めていた。

「あれ、雪乃?」

 女の子がメインターゲットのおもちゃ売り場を探してふらふらと歩いていると、背後から声をかけられた。

まいちゃん!」

 大学で知り合った未来の幼稚園の先生、岩渕いわぶち舞だった。「なにやってんの」と舞は雪乃を睨むように見つめる。

「まさか、雪乃もここで働こうってんじゃないよね? 偵察?」

「違う違う。プレゼントを探しに来たの」

「プレゼント? なに、子ども向け?」

「うん。五歳くらいの女の子が喜びそうなものがよくて」

 五歳くらいと口にして、猛烈な違和感に襲われる。沙夜はいったい何歳なんだろう。

 そもそもあやかしに年齢という概念は存在するのだろうか。もっと言うと、彼女らあやかしは、どこから来て、いつからこの世界にいて、どこへ消えていくのだろう。

 ふと、弥勒の言葉を思い出す。

 ――死という概念のないオレたちが唯一命を奪われるのは、玉藻前に食われた時だけ。

 玉藻前。生き物を食らう、あやかし。

 弥勒たちがこの世界から消えるのは、玉藻前に食べられた時――。

「雪乃?」

 思考にふけっていたら、舞に肩を揺すられた。

「ちょっと、大丈夫?」

「あぁ、うん。そうだ、舞ちゃんのオススメを教えてよ」

「オススメ? 女の子向けのおもちゃで?」

「そうそう。私、新しく家政婦のアルバイトをすることになったんだけど、その家に住んでる女の子からあまり好かれてないみたいで……」

 昨日の晩、沙夜は雪乃が円の家をあとにするまでずっと不機嫌なままだった。もともと不機嫌に見える無表情が沙夜のトレードマークだけれど、昨日はまとう空気が違った。本気で雪乃のことを恨んでいた。雪乃が円の妖力を奪ったのだと信じて疑わない目をしていた。

「ははぁん、なるほどね」

 舞は意味ありげに腕組みをした。

「プレゼントで機嫌を取ろうって作戦か」

「いや、それが目的のすべてってわけでもなくて」

 実際、あの家には沙夜が喜んで遊びそうなおもちゃがほとんどない。あるのは千代紙くらいで、それもあまり使っている形跡がなかった。

 舞はわかった風にうなずくと、雪乃を女の子向けのおもちゃコーナーへ案内した。

「今どきの子ならやっぱこれでしょ、『マジカル戦士☆リリカルスターズ!』」

「りりかる……?」

 魔法少女もののアニメだろうか。舞が手にしたのは『リリカルスターズ! 変身セット』と題された真っ赤なコスプレ衣装だった。

「衣装もあるし、マジカルステッキもあるよ。その子も見てるでしょ、リリスタ」

「あー、見てないかも。その子のおうち、テレビがないから」

「はぁ?」

 舞が店員にあるまじき大声を上げた。他の客がふたりのことをチラチラ見ている。

「嘘でしょ。今どきテレビない家なんてある? やばくない、その家。ブラックバイト?」

 ブラックかと言われれば、なるほど怪しいラインかもしれない。なにせあやかしの棲む家で働くのだ。テレビどころか電気・ガス・水道のすべてが来ていないと言ったら、舞はどんな顔をするだろう。

「まぁいいや。とにかく、流行りのキャラクターはダメってことね」

 舞は手にしていた変身セットを売り場に戻すと、「じゃあ」と言って別の棚へと移動した。

「女の子っていったら、やっぱり着せ替え人形ははずせないでしょう。誰もが通る道だし、お友達と一緒に遊ぶにも最適。無難な線だけど、リカちゃんとかバービーとか、そのあたりはどう? あ、シルバニアファミリーでもいいかもね」

 雪乃もよく知っている人形遊びの名前が次々と飛び出すけれど、軒並み高価でつい顔が引きつった。子ども向けのおもちゃがこんなに高いなんて知らなかった。昔いろいろ買ってもらったなぁ、と雪乃は心の中で両親に感謝した。

 結局リカちゃん人形と着せ替え用の服を数点購入し、店を出た。一度家に帰って自転車を置き、円の屋敷へ向かうべく雄飛を呼んだ。もっとも人目につきにくいのは、アパートの裏手にある細い路地だ。

「なんだよ、その大荷物?」

 あれやこれやと袋をかかえている雪乃に、大きな烏の姿に変化へんげした雄飛が不思議そうに首を捻る。

「ごめんね、重い?」

「いいや、そういうわけじゃあないけど」

 と言いつつ、雪乃が背中に飛び乗ると、雄飛はやっぱり「ぐぇっ」と重さに息を詰まらせた。それでもいつもどおりの軽やかさで、飛高は円たちの住む山を目指し、大空を駆け抜けた。

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