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第九十九話 花見


 暖かくなり、桜が満開になったこの日は桔梗とお花見に行こうと二人でお弁当を作っている。戦の後始末を付けながら新たに領土の復興もしているので家臣達は大忙しである。休日など決めてはいないので、各々好きに休暇を取るように政貞に命じたのである。小田家も割とブラックだな?と思うけど、統治が軌道に乗れば今度は暇になるので暫しの我慢である。


 私は桔梗と二人で花見に行こうと決めたのだ。私も桔梗も世間的には行き遅れである。行き遅れの二人でしんみりお花見をしようという魂胆である。人を大勢引き連れて歩くのは趣味ではないし、女同士の方が気楽なのである。


 ただ、私は結婚の意思が無いからいいけど、桔梗が心配だ。桔梗は百地の養女になったので子のいない百地の家督を継ぐのだと思う。でもこのままでは桔梗の代で百地家が断絶しそうなので何か考えないといけないけど、百地はどう考えているのか聞けないでいる。桔梗も桔梗で未だに結婚はしないと言い張っているから困ったものである。


 他人の家のやり方に口を出すのは憚られるけど、どうにかしないといけないと思う。百地の養女になった桔梗は城主の娘であり、更に鉄砲衆の村も持っていて、小田家の鉄砲指南役でもある。かなり独特な存在になっている。鉄砲と言えば、鉄砲の増産に伴って鉄砲撃ちの育成が急務ではあるけど、人集めには苦労していない。移民の中には孤児が大勢いて、孤児は鉄砲衆の村で引き取るからである。


 鉄砲衆の村は孤児で形成されているので皆とても若い。それでも組織を作って六年近く経過しているので村の中で結婚する人が増え、子も産まれているので人口増加に一役買っているし、田畑も増え、村も増えるので良いサイクルが出来て来ている。


 鉄砲衆の村と鉄砲鍛冶の鉄砲町は香取の海に突き出した新治台地にある。ここは小田家の技術が集まる土地であり、又兵衛や八兵衛などの職人の工房もある。そして百地の城もあるので忍びがこの土地を監視して仮に他国の間者が入れば直ぐに捕らえられる事になる。余所者が入り込めば領民から直ぐに通報するようにと触れも出しているのでガードは堅いのである。


 桔梗が結婚に興味を持たないのは私への忠義もあるだろうけど、やりがいのある仕事と、子供達の世話や、組織を率いるトップとしての責任があるから充実していて旦那の世話なんてしている暇がないと考えているのかも知れない。現代のバリキャリ女性がふと気づくと周りの同僚や友人が幸せな家庭を築いていて、慌てて結婚を考え始め、探すものの自分のキャリアに釣り合う若い男性が少なく、泣く泣く結婚を諦めるとか良くある話なので桔梗がそうならない様にもしたいのである。今日はお酒を飲ませてその辺りの本音を聞き出そうと思う。


 私と桔梗がお弁当を作っていると、熊蔵が後ろでソワソワしながら行ったり来たりしている。手伝いを断ったのだけど、本人は自分の役目だと思っているらしいから気になるのだろう。私は再度気にしない様に熊蔵に伝えてお弁当を作ったのだ。誰かに会うかも知れないから多めに作ってお重に詰めていく。完成すると私は着替えをしに部屋に戻ったのだけど、ここで侍女の菊に待ったを掛けられたのだ。


 「御屋形様、偶には御召し物を変えられては如何で御座いますか?佐竹様から頂いた御着物も袖すら通していないのは佐竹様に失礼で御座います」


 菊は事ある毎に女物の着物を着るように勧めて来るのだ。私も偶には着る事もあるけど、動きにくいので直ぐに男物に替えてしまうので家臣達も私が女物の着物を着ている所を見た事が無い。私は前世の頃からあまり衣服に頓着も無かったし、武家は男の社会だから男装で丁度いいと考えているのだ。姫が威張っているのも私的には嫌だし。


 「わかっているけど、面倒なんだよ。義昭殿から頂いた着物ってどんな柄なの?」


 「まぁ!御覧になって居ないので御座いますか?宜しく御座いません。佐竹様にお会いになって御着物の具合は如何かと聞かれたらどうお答えなさるおつもりで御座いますか?」


 「それは考えてなかったけど、見れば話せるから大丈夫だよ」


 「いけませぬ。偶には御着物を御替え下さいまし」


 正直面倒だし、お腹いっぱい食べられなくなるから嫌なのだけど偶にはいいか?


 「わかった、でも家臣は連れて行かないからね?私と桔梗に勝てる人なんて然う然う居ないのだから」


 「承知して居ります。ではお召し替えを」


 私は菊や侍女に囲まれて義昭殿から頂いた着物に着替えさせられた。義昭殿から頂いた着物は薄い桃色で桜の花びらがデザインされていた。生地も上等で値が張るだろうと思われた。羽織は薄い紫色でこれも上等な品だと思われる。


 私は着物に頓着が無いので目利きが出来ないけど、良い物だというのは理解出来た。ただ、私の身体にピッタリなのはどういう事だろうか?着物の柄も義昭殿の好みなのかな?薄化粧も施され、髪も整えられた。侍女が張り切っている様子を見て嘆息しながら成すがままになっていた。やがて支度が終わると鏡を見せられたけど思わず『おー』と声を出してしまった。


 鏡の中には私の知らない私が居た。化粧のせいもあるだろうけど、かなりの美少女ぶりである。我ながら巧く化けたなと感心していたら菊に声を掛けられた。


 「ご自分のお顔を御覧になられて驚かれて居られるのは日ノ本広しと言えど、御屋形様だけで御座います。せっかくお美しいのに勿体ない事で御座います」


 「偶には悪くないね。桔梗どうかな?」


 私は立ち上がって桔梗に向き直り、クルリと回ってみせた。


 「とてもお美しく御座います。佐竹様にも御見せ致しては如何で御座いますか?とても喜ばれると思われます」


 「義昭殿は、何を着ても褒めてくれそうだけどね。私を随分気遣って下さるし」


 私がそう言うと菊が口を開いた。


 「御屋形様は六十二万石の太守なので御座います。今後は他国の方にお会いする際は御着物を御替えくださいまし」


 「太守を名乗るのは今川殿に憚られるからダメだよ?それと他国の方に会うからこそ男装のほうが都合がいいんだよ。様々に勘違いしてくれるからね?これも御家を守るためだよ。それに馬に乗れなくなるのも困るからね?私は女子(おなご)だけど大名家の当主なのだから普通の女子(おなご)と同じである必要もないのだから菊は拘らないほうがいいよ」


 「御屋形様がそう申されますならそうなので御座いましょうが、菊はあまり感心致しませぬ」


 「だいぶ先になるだろうけど、天下が治まったら菊の言う通りにするよ。戦が無くなったらね」


 私がそう言うと桔梗が私に問い掛けた。


 「御屋形様が天下をお治めになるので御座いますね?桔梗も父上もお手伝い致します」


 「私では治められないよ。天下には私なんかよりも凄い人が居るのだから、その方に治めて貰うんだよ。でも、人前でこんな話をしてはいけないよ?幕府には将軍様が居るのだから。さて、そろそろ行こうか?このなりだと馬にも乗れないし」


 「御屋形様、お待ち下さい」


 「なに?」


 「輿に御乗り下さいまし。まさか歩いて行かれるおつもりなので御座いますか?」


 「馬に乗れないのだから歩くに決まっているでしょ?」


 「この城から土浦までどれ程離れていると思って居らっしゃるので御座いますか?折角の御着物が汚れてしまいます」


 これだから面倒なのである。帰りは土浦の城で着替える事にして行きは輿に乗る事になった。出掛けに父上と廊下ですれ違った時に軽く頭を下げたら父上が戸惑っていた。私だと気が付かなかったらしい。父上はこういう所が可愛い。


 輿に揺られて土浦に向かったけど、桔梗は歩きなので話も出来ない。桔梗だって女物の着物で歩きなのだから一緒でいいのに。いっそ、馬車でも作ろうか?でも、この為だけに作るのも何か違う気がする。道も整備しないといけないし。そうだ、対北条戦の為に直線道路は作った方がいいかも知れない。道幅を広くすれば軍勢の移動速度も上がる。川も渡らないといけないから橋を掛けるのも必要だ。千葉との国境には大規模な桟橋も作ろう。鹿島にも作れば奇襲も出来る。兵站を維持しやすくなるし、公共事業にもなるから民に銭を支払えば新しく領民になった困窮している人達も稼げて一石三鳥くらいになりそうだ。でも、今政貞に命じたら叱られる気がする。そんな事を輿に揺られながら考えていた。


 土浦の入り口で輿を降りた。桔梗から日傘を渡されたけど、使い方を教えると言われ戸惑った。使い方も何も無いだろうと思いながら聞いていたら仕込み傘だった。お花見に来たのに()る気満々な桔梗はちょっと問題がある。敷物やお弁当を桔梗と分担して手に持ちながら日傘をさして街を歩くと、街を行く人々が私を見て振り返ったりしていた。ふむ、こういうのも悪くない。コスプレイヤーや地下アイドルの気持ちが少し理解出来た気がする。でも、私はダイブとかはしない。


 大外堀の広場に行くと桜が満開でとても綺麗だ。現代の弘前城の桜をイメージして植えさせたから遠くまで桜で埋まっていてとても素敵だ。桜の並木の中に入って行くと、あちらこちらで花見をしている人達がお酒や食事を楽しんでいる。


 こんな事をしているのは小田領の民くらいだろうなと思いながら敷物を敷く場所を探していると馴染みのある三人が目に入った。政貞に久幹に百地である。忙しい三人も言い付け通りに休暇を取ったようだ。敷物の上にはお弁当やお酒が並んでいる。私は驚かしてやろうと桔梗に言いながら政貞達に近づいた。彼らが私に気が付いて目を丸くしていた。そして私が可愛らしくお辞儀をすると政貞達は立ち上がってから口を開いた。


 「これはこれは、どちらのご家中の姫君で御座いましょうか?かように美しき姫君を見た事が無い。申し遅れました。某、菅谷政貞と申します」


 政貞が決め顔でそう言った。


 「某、真壁久幹と申します。このような美しきお方に会うた事は御座いません。是非、お名を頂戴したい」


 久幹が決め顔でそう言った。


 「それがしぃ~はぁ、ももちと申しますぅ。美しい御仁でございますなぁ~」


 百地がフラフラしながらそう言った。


 ていうか、こいつら私に気づいていない。なんだよその決め顔?初めて見たんだけど?百地は出来上がっているようだけど、忍びがそれでいいのだろうか?気付いていないなら悪戯続行である。私は可愛らしい声で挨拶をする。猫かぶりスキルは全開である。


 「桜と申します。忍びで参って居りますので、家名の名乗りはお許しください」


 私がそう言うと政貞が口を開いた。


 「左様で御座いますか。それにしてもお美しい。桔梗殿の御知り合いで御座いましょうか?」


 政貞に聞かれた桔梗が答える。


 「菅谷様、訳は申せませぬが、その通りで御座います。桜様はお身体が御強く御座いませぬので普段はお屋敷から出られないので御座いますが、今日はお身体の調子もよろしいようなのでお花見でも致そうと参ったので御座います」


 桔梗がナチュラルに嘘を付く、さすがは出来る女である。


 「左様で御座いましたか。宜しければ某共と花見を致しませぬか?桜殿のような美しきお方と桜を愛でられる機会など然う然う御座いませんからな。ささっ、どうぞどうぞ」


 久幹に誘われた私と桔梗は促されるまま敷物に腰を下ろそうと草鞋を脱いで敷物に上がると政貞がサッと私に手を差し伸べた。私は政貞に手を差し出した。政貞は壊れ物でも扱うように私を誘導して座らせてくれた。まるで出来る男のようである。普段の私には決してこんな事はしないし、こんな気遣いが出来る事すら知らなかった。


 私と桔梗は持って来た料理を振舞いながらお酒を注いであげたりした。政貞と久幹は私を誉めながらぐいぐいとお酒を飲んでいる。物凄くチヤホヤされているけど、全く私に気づいていない様である。お酒で顔を赤くしながら政貞が口を開いた。


 「桜殿はかように見事な料理を作られるので御座いますな。当家の御屋形様も上手に料理されるが、桜殿も引けを取りませぬな。むしろ、美しき桜殿が御作りになられたからで御座いましょうか、倍にも美味に感じまする」


 政貞がそう言うと久幹は同意しながら続いた。


 「左様で御座いますな、某は御屋形様が料理をされたと耳に致した時は驚きましたな。御屋形様にも女子(おなご)らしい所があると感心致したもので御座います」


 そう言うと二人でわははと笑った。言ってくれるじゃないか!よし!高速道路と桟橋の建設は決定にしよう!


 「菅谷様も真壁様もあまり桜を誉めないで下さいまし。桜は御屋形様に御目通り致した事は御座いませぬが、美しき方と耳に致して居りまする」


 私がそう言うと政貞が言う。


 「いやいや、桜殿の美しさに御屋形様が敵うはずも御座いませぬ。家中の者共も桜殿にお会い致せば皆そう申すでしょう」


 「政貞殿の言う通りで御座いますな。某、今後も桜殿と交流を持ちたく存じます。家名をお聞かせ願えれば何か贈り物をしたく存じます。如何で御座ろうか?」


 こいつら、普段は忠義忠義って言っているくせに、随分と私をディスってくれるじゃないか!久幹は明らかに浮気を狙ってそうだし、奥方に報告しよう。政貞も勝貞に言いつけてやる。百地は黙々と料理とお酒を飲んでるから無罪かな?


 私は久幹の要求をやんわり断りながらお酒を注いであげたりしていた。それでも久幹がしつこく家名を聞いて来る。まるで合コンで気に入った女の子の携帯番号を必死でゲットしようとしている男子のようである。久幹は友達になろう、友達になろうと言いつつ、突然告白して来るタイプだと思う。


 政貞は私に流し目を送って来る。目で気持ちを伝えるタイプらしい。下がった眉がどういう訳か凛々しく見えるから不思議である。


 そうしていると見慣れた人が私達の側を通り過ぎようとして足を止めた。金剛さんである。相変わらず褌一丁だけど、この姿にこだわりでもあるのだろうか?金剛さんは私を見ると片膝を付いて口を開いた。


 「御屋形様も花見ですか?」


 「そうだよ、金剛さん達もお花見?」


 「そうです、あっちで仲間と飲んでいます。御屋形様から駄賃を多く貰ったから皆も存分に酒が飲めて喜んでいます」


 「それは良かった。でも皆のおかげで戦に勝てたのだから胸を張って欲しいかな?金剛さん、私と桔梗もお邪魔していいかな?」


 「いいですけど」


 「桔梗、行くよ」


 「承知致しました。お料理とお酒は如何為さいますか?」


 「金剛さん達に振舞うよ。全部持って行く、政貞達のお重と珍陀酒(ちんたしゅ)も持って行こう。この人達には必要なさそうだし?」


 私達が話をしているのを口を開けて見ていた政貞が言った。


 「まさか、、、。御屋形様なので御座いましょうか?」


 「誰だと思ったの?」


 私がそう言うと久幹が平伏と言うか土下座した。


 「御屋形様!申し訳御座いません!」


 「ふ~ん。悪いとは思ったんだ?久幹、安心するといいよ。私は懐が広いから軽い罰しか与えないよ?政貞もね?そうそう、久幹、私の家名は小田だから覚えておくといいよ?それと贈り物の事なのだけど、私が今欲しいのは明のジャンク船かな?期待して待っているからね?」


 私の言葉に二人が平謝りしていると百地が口を開いた。


 「御屋形様ぁ~。なんと見事な女装をなさることかぁ。このももち、感服いたしておりますぅ」


 いや、女装じゃないから。まぁ百地は無罪にしておこう。桔梗が目を丸くしているから後で桔梗に叱られそうだけど。


 「私の重臣より人足の金剛さんのほうが見る目があるね、私は金剛さん達とお花見するから反省するといいよ」


 私と桔梗は金剛さん達とお花見をしたのであった。こちらでもチヤホヤされたけど悪い気がしなかった。さすがに私をナンパしようとする剛の者は居なかった。政貞達から取り上げた珍陀酒(ちんたしゅ)を皆で分け合って飲んだり楽しく過ごしたのだった。


 後日、顔のあちこちを腫らした政貞が私に謝罪に来た。私が花見の帰りに勝貞に言いつけたのだけど、私が帰った後に勝貞が激怒したらしい。久幹も眦を吊り上げた奥方に連れられて謝罪に来た。私は子供の頃から真壁の城に通っていたから奥方との力関係を良く知っている。奥方に言いつけたから随分叱られたのだろう。大きい身体を縮めるようにして奥方に従っていた。


 その様子が可笑しくて笑って許してあげたけど、帰ってからも叱られるんだろうな。でも、高速道路と桟橋の建設は罰として命じたら私は満足かな?ちなみに百地は記憶が全く無いらしく、桔梗も呆れて私に報告して来たけど百地は無罪にした。色々あったけど楽しい休日だったかな?


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桔梗×愛洲でしょ
[気になる点] 時々,勝貞と政貞の親子関係が「入れ変わって」いる気がする?w
[気になる点] 国境に「桟橋」を作る意味がよくわかりません。「桟橋」って港にあるピアのことですよねえ?
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