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第九十一話 氏治包囲網 その11

お知らせ 

第八十話、槍大膳の来訪その2の最後の文章、正木時茂が信秀の元に訪れる語りがありますが、作者都合により少々変更しました。


 一夜が明けて、今日から本格的な結城家への侵攻が始まる。朝早くから兵士達が忙しそうに動き働いている。旧土岐家の家臣達は結局三人が戦に参加する事になった。残りの家臣は千二百の見せ兵の管理に回って貰う事になる。勿論、小田家の将の元にである。


 旧土岐の兵は結城家との戦の決着が付いたら解散し、将は従軍させる予定である。無いとは思うけど反乱を起こされたら困るからである。


 今日も戦だと言うのに私は随分と落ち着いている。兵力が圧倒的に有利になった途端、心に余裕が出来たのだ。私も現金なものである。


 私と政貞は百地の忍びや兵を使って噂をばら撒いている。内容としては小田家が八千の軍勢で攻めて来る事。土岐家、鹿島家、相馬家が小田家に合力し参戦している事。多賀谷が裏切り小田家に合力している事。鹿島家や多賀谷には悪いと思うけど、ある事ない事を吹聴させてもらったのだ。こういう心理戦も戦では大切なのである。


 ちなみに相馬家は小田家に降伏した。夜中に叩き起こされて相馬家の当主、相馬整胤(まさたね)と面会したのだけど私は驚く事になる。そこに平伏していたのは小さな子供で、聞いてみるとまだ数えで八歳だと言う。そう言えばそんな話を家臣の誰かから聞いた事があったけど、すっかり忘れていたのだ。


 こんな夜中に家臣に連れて来られた相馬整胤(まさたね)が気の毒になってしまって、話は相馬家の家臣とする事にして相馬整胤(まさたね)には部屋を用意して休んで貰ったのである。当主があの年齢では判断も出来ないだろうと相馬家の家臣と話し合い、相馬家は小田家に降伏する事になった。


 私は首を獲るとか言って相馬家の使者を脅したけれど、小さな子供を相手に言っていたつもりが無かったので、自分の行いが怖くなった。私が気落ちしていると桔梗が慰めてくれた。冷静に考えてみれば、小田家は周りの国からリンチ的な侵略を受ける所だったのだ。家臣や民が殺されたら同情など吹き飛ぶと思う。だけど、相馬家が降ってくれて本当に良かったとも思う。


 それにしても連合した敵と戦うのは本当に骨が折れる。一つ一つは小さな家だけど、数の分手間が増えるのだ。政貞が動きっぱなしに見えるけど、ちゃんと休んでいるか心配である。


 私が朝餉を摂り終わる頃に百地が戻ったと報告があった。私は慌ててご飯を掻き込んだら桔梗にはしたないと叱られた。こんな時でも桔梗は口煩いのである。朝餉を済まし、勝貞、政貞、久幹、百地を呼び、皆が揃うと百地は口を開いた。


 「まずは二日も留守にしてしまい申し訳御座いませんでした」


 「百地はお役目なのだから気にしなくていいよ。百地の忍びが次々に情報をくれるから私も政貞も大助かりなのだから」


 私がそう言うと政貞が続くように百地に言った。


 「御屋形様の言う通りで御座います。某、これ程敵方の様子を知りながら戦するのは初めてで御座います」


 「政貞は留守ばかりだったからね。それで百地は何をしていたの?」


 「まずは、小山家に手の者を忍ばせました。ですが、急で御座いましたので監視が主な役目で御座います。宇都宮家にも放ちましたが、こちらは道案内程度で御座いますな。戦になれば先行させ見張る手筈を整えて居ります」


 百地の言葉に久幹が口を開いた。


 「それは助かりますな。下野は某もよく知りませぬ。軍勢が迷子になっては笑われますからな。して、結城の方は如何か?」


 「それなので御座いますが、ご報告もあり戻って参りました。御屋形様、水谷正村が陣払いを致しました。今朝方の事で御座います」


 百地の報告に皆が驚いた。多賀谷の話では今回の連合の中心にいるイメージがあった。それに水谷は結城と養子縁組している筈だ。百地の報告を聞いた勝貞が口を開いた。


 「信じられませぬな。いや、百地殿を疑ってではないが、一族を見捨てるとは」


 「某も父上と同じ思いで御座います。まさか当家に降ると申すので御座いましょうか?」


 「家臣は兎も角、水谷正村は何だか嫌だな。案外、城に籠もって徹底抗戦するかもしれないよ?」


 私がそう言うと久幹が答えた。


 「城に籠もったとしても碌に守れますまい。兵も僅かで御座いましょうし。百地殿、水谷の兵は何処(いずこ)へ?」


 「下館に向かっている様で御座います。手の者が監視をして居ります。中入りの危険は無いかと存じます」


 「何だろう、和歌と逆井を獲ってから相手が勝手に居なくなっていくね。こんな戦ってあるの?私は経験が少ないから判らないのだけど?」


 何だか、結城家を見ていると悪党の末路みたいな感じがする。私は別に正義ではないけど。ただ、家臣に次々と見放されていく結城政勝が少し不憫に思える。私が菅谷や久幹に見捨てられたらきっと立ち直れない。結城政勝も今頃は心を痛めているのではないだろうか?戦国時代だからと言って人の心が変わる訳ではないのだから。そう考えていると政貞が答えた。


 「佐竹様の御力が大きゅう御座いますな。宇都宮家に小山家、未だに残って居れば二千の兵が結城に合力致して居りますれば」


 「義昭殿にお会いしたらお礼をしないといけないね」


 「何れにせよ、結城の始末が付けば、次は水谷で御座いますな。ですが、この様子では結城も降るしか道は無いでしょう。雑兵共も逃げていると聞いて居ります。我等の軍勢が迫る頃には更に数を減らしていそうで御座いますな」


 「私は結城政勝が哀れに思える。だけど、ここで許してもまた小田家を狙うだろうから結城家を平らげる事は止めない。私は此度の戦で色々考える事があったよ。今までは守る戦しかしないと皆には話をしたけど、相手に言葉が通じない事が此度の戦でよく理解出来た。だからこれからはその考えを捨てようと思う」


 私がそう言うと久幹が嬉しそうに口を開いた。


 「となりますと、次は千葉と北条で御座いますな。いっそ、関東管領も平らげるのも一興で御座いますな。坂東を平らげると御命じ下さればこの真壁久幹、御屋形様に献上致しまする」


 「そう言う事はしないから!久幹は全く懲りていない様子だね?戦の後の統治を忘れたの?まずはそれを考えるといいよ」



 ―結城城 結城政勝―



 氏治主従が百地の報告を受けていた頃、結城政勝は選択を迫られていた。居並ぶ重臣達も沈痛な面立ちで座している。その中には結城家の若き後継者、結城晴朝が不安そうに政勝を見ている。


 宇都宮尚綱(ひさつな)と小山高朝が陣払いし、更に多賀谷政経も敵方に寝返った。そして今、朝方に水谷正村が陣払いしたと言う。


 結城政勝の耳に入る報せといえば、悪い報せばかりであった。土岐家が小田家に降り、更に鹿島家と相馬家も小田家に鞍替えしたと聞いた。両家の援軍要請を泣く泣く断った直後の話である。


 更に、小田家は兵力を八千と号して居り、それを耳にした雑兵共が次々に逃げ出している。必殺のつもりで兵を挙げたにも関わらず、数は碌に集まらず更に逃げ散り千五百とも聞いている。小田家の兵力が誇張であったとしても六千は下らない兵力があると思われた。


 援軍を要請するにしても血族である小山家は陣払いし、宇都宮家には佐竹家の軍勢が迫っていると言う。結城家の山川城も小田家に奪われ、敵方の軍勢は目と鼻の先に迫っている。


 政勝は視線を動かし結城晴朝を見る。結城晴朝は小山高朝の三男であったが、子の居ない結城政勝の要請により結城家に養子として迎えたのである。歳は数えで今年十八歳になる。政勝は結城晴朝をいたく気に入り、再三に渡り、晴朝の実父である小山高朝と親子の縁切りをするよう勧めていた。晴朝を自分のものにしたかったのである。


 「晴朝、其の方は小山家に落ち延びるがいい。其の方は小山殿との縁切りを承知はせなんだ。今はそれが其の方の身を守ろう。其の方にはこの結城政勝との縁切りを言い渡す、城を去るがいい」


 結城政勝の言葉に顔を強張らせた晴朝だったが、何かを決心したかの表情で政勝に答えた。


 「父上、約束を違え、父上を見捨てた小山には戻るつもりは御座いません。父上はその様に仰いましたが晴朝は何処(いずこ)へも参る訳には行きませぬ。実父である高朝とは縁を切ります。父上は晴朝をお見捨てなさるおつもりか?」


 晴朝の言葉を聞いた政勝は思わず胸を押さえた。喜びと憐憫が混ざったような心持ちになり、瞳には涙が浮かんできた。あれ程縁切りを拒んだ晴朝が小山高朝と親子の縁を切ると言うのだ。この亡国の危機なればこその決断なのだろうが、それこそが君主の器であると政勝には思われた。


 「見捨てぬ!見捨てる訳が無い!、、、。だが、小田の軍勢はもうじきこの城を囲うであろう。雑兵共も逃げ散り、兵も碌に居らぬ。この政勝は(なが)の年月、小田家と争ってきた。小田政治と戦を続け、力比べ致すかのように張り合ってきた。小田には女子(おなご)ながら嫡男があり、それが羨ましゅうて仕方がなかった。そしてようよう其方と出会うたというのに、心を交わす事が叶ったのは滅する今際の際。この政勝が捕らわれれば死は免れまい。そして嫡男たる其の方も討たれよう」


 「小山家に戻りましても氏治殿は小山家を平らげると申しているそうで御座います。何処に居ても同じなら、晴朝は父上のお供を致します。ですが、真に無念では御座いますが、小田家に降り御家を保つのも君主の務めかと存じます。父上には申せませんでしたが、氏治殿は仁君と聞いて居ります。運が良ければ命を永らえる事は出来ましょう」


 「其の方はこの政勝に小田に降れと申すのか!」


 「左様で御座います。この晴朝、結城の家に養子に入り、様々に見て居りましたが、水谷正村こそが諸悪の根源と見て居りました。父上を唆し、己の欲の為だけに小田家の領土を切り取るのが狙いなのかと疑うて居りました。現に姻戚にも関わらず、我等を見捨て自領に逃げました。この晴朝が観るに、小田家か佐竹家に降る算段をしているやも知れませぬ。この晴朝がもっと早ように父上に申し上げるべきでした。ですが、小田家憎しの父上に申し上げる勇気が無く、今はそれが無念で御座います。氏治殿に降り、事の子細を申し開き、水谷を討つ事で所領の安堵を願い出ては如何で御座いましょうか?」


 何たる事だ!晴朝の言葉と若さに似合わぬ洞察力に結城政勝は口惜しさが込み上げて来た。晴朝に家を譲ったならば、結城家は今以上に繁栄したかも知れない。それにしても腹立たしいのは水谷正村だ。己が目が曇っていたばかりに晴朝の将来を潰してしまった。だが、、、。


 「其の方の申す通りなのかも知れぬ。だが、この政勝は小田に(こうべ)を垂れるには争うた時が長過ぎた。この政勝は恥辱には耐えられぬ。晴朝、今より其方が結城の家を継ぐがいい。其の方の思った通りに致せ。この政勝は其の方にならば従える。我が子の申す事ならば従うであろう」


 政勝の言葉を聞いた晴朝は驚きながらも口を開いた。


 「何を仰せになられまするか?この晴朝は若輩の身、まだまだ父上の御力を必要として居ります」


 「よい、この政勝が身を引けば小田の考えも少しは変わろう。皆の者!これより結城を継ぐのはこの晴朝ぞ!良いな!」


 政勝の言葉に居並ぶ諸将は『応!』と声を発した。その様子を見回すように眺め見た政勝は晴朝を上座に促して座らせ、一つ頷くと広間から去って行った。余の出来事に動転した晴朝だったが直ぐに気を取り直した。今は家を守らねばならない。そう決めると晴朝は言葉を発した。


 「皆の者、聞いての通りである。この晴朝が今より結城の棟梁ぞ!」


 晴朝の言葉に諸将は声を上げた。声が静まるのを見計らったように結城家の重臣である岩上朝堅が言葉を発した。


 「御屋形様の申されます通り、水谷は我が物顔で当家で振舞って参りました。水谷正村を始め、あれほど居りました郎党共も一人も残らず去ったようで御座います。ですが今や時遅く、当家は滅亡の危機に瀕して居ります。御屋形様の仰る通り、小田殿に懇願し、命脈を保つ事を具申致しまする」


 岩上朝堅がそう言うと武井勝伝が続くように話す。


 「御屋形様、水谷だけはこの手で討ちとう御座います。我等家臣共も水谷の振舞いを糾弾すべきで御座いました。一矢報わねば先祖にも顔向けが出来ませぬ」


 「岩上、武井、其の方等の気持ちは相分かった。だが、この晴朝は恨みは好まぬ。今は御家を守る事が先決である。小田家の軍勢が迫って来ていると聞いている。この小勢では勝ち目も薄く、最早軍略も通じまい。この晴朝自らが氏治殿に膝を突きお願い致してみよう」


 晴朝の言葉に涙を流す将が続出した。名門である結城家家臣にとって先祖代々仕えて来た家が無くなるかも知れない。せめて戦場で散りたいと考える者や、自らの家を心配する者など様々であるが、その様子を見た晴朝は若い命を懸ける事に決めたのであった。

 

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[気になる点] >>小田には女子おなごながら嫡男があり ここは嫡子の方がいいのでは?
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