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第九十話 氏治包囲網 その10


 私と勝貞、政貞、久幹は使者を待たせている広間に移動した。威圧する為に次郎丸も連れている。使者が城に戻ってから次郎丸の話をすればこの時代の人だから様々に想像してくれる事が期待出来そうだ。尤も現代でもそうだろうけど。それにしても次郎丸って何者なのだろう?


 広間には主だった将と相馬家、鹿島家の使者であろう二人が座っていた。小田家の将は黙ってはいるようだけど、皆目付きが厳しく、威圧しているように感じた。こういう使者も大変だなと思いながら私は自分の席に腰を落ち着けた。


 私は使者に待たせた事を詫び、使者から要件を聞いた。彼らは口上を述べたけれど、その言葉は小田家の侵攻を非難するものだった。彼らの話を聞き終えた私は答える事にした。正直、呆れて物も言えない心境だったけど。


 「御使者殿、お話は解りました。ですが、この期に及んでそのような言い逃れを聞こうとは思いませんでした。武士として恥ずかしい事です」


 私がそう言うと鹿島家の使者が私に問うた。


 「小田様が何を言われているのか某には解りませぬ。我らは突然小田様が討ち入られた事に抗議を致したまでの事で御座います。我らは小田様に討ち入られる覚えも御座いません」


 「然り、我が相馬家も同じで御座います。突然討ち入られ、城を奪われまして御座います。主からはお返し頂く様言い付かって居ります」


 相馬家の使者がそう言うと久幹が口を開いた。


 「御屋形様、御屋形様は御使者殿に礼を尽くし、お迎えせよと申されました。ですが、話を聞く限り礼を持ってお迎えする方々では無い様で御座います。御使者方、これ以上我らを(たばか)る御つもりであれば我らは今すぐにでも討ち入り、報復致します。この鬼真壁に二言は御座いません」


 久幹がそう言うと鹿島家と相馬家の使者の顔色が変わった。丁寧な言い方だけど語調がとても強い。久幹も必死なんだろうな。降った後に舐められたままだと仕事もしづらいだろうし。そう思いながら私は口を開いた。


 「御使者方はまだ知らぬとお見受け致しますが、多賀谷殿が妻子と引き換えに当家に降りました。そして此度の結城家の(はかりごと)(ことご)くを話してくれました。その中には鹿島家と相馬家が結城家に援軍を求めたとも聞いて居ります。それでもお言葉に偽りが無いと申すのですか?」


 あっ、フリーズした。ていうか、この人達使者に向いてないのでは?まさか本気で言い逃れして城を取り戻そうと考えていたの?だとしたらこんな人達を召し抱えるのは抵抗があるんだけど?赤松なら笑いながら騙しに掛かるよ?


 私の言葉を聞いた使者は言い訳を始めた。正直何を言いたいのか解らない。最後には情に訴えて来たけどそこで勝貞が厳しく声を上げた。


 「其の方らは真に見苦しい!かような戯言を誰が信じると申すのか!」


 勝貞に一喝された使者達はすぐさま黙り込んだ。その様子を睨むように眺めた後、勝貞は私に問い掛けた。


 「御屋形様が慈悲を掛けたいと仰られましたので黙って居りましたが、此奴等はその様な慈悲など無用の輩で御座います。この使者の無礼を許す訳には参りませぬ。そっ首叩き落し、送り返すが宜しいかと?この勝貞が致します故、どうかご下知を」


 勝貞がそう言うと鹿島家と相馬家の使者が腰を浮かした。逃げられないと思うよ?でも、勝貞も久幹も中々の役者である。政貞は冷静そうだけど、勝貞に仕事を押し付けられてそれ所では無いのかも知れない。


 「勝貞、勝貞の言う事は正しいけれど、御使者も命を懸けてお役目を致しているのです。私はこの様な役目を与えた主にこそ非があると思います。御使者殿?家臣の非礼をお詫びいたします。ですが、謀ったのは事実。当家としてはこのまま黙っている訳にはいきませぬ。帰って貴方方の主にお伝え下さい。降るならば当主自ら私の元に参りなさい。降らぬならば当家は直ちに討ち入り貴方方の主の首を獲ります。此度は多くの国が当家を謀った事に私も家臣も怒りを抑える事が出来ないのです。貴方方の主にそうお伝え下さい」


 私の言葉を聞いた政貞が使者に帰るよう促し、家臣に申し付けて広間から連れ出した。私は小さな溜め息を付いた。小田家を寄ってたかって潰そうとした事は私も腹立たしいけど、ああいう姿を見るのは趣味じゃない。早く平和な生活に戻りたいよ。


 使者を帰した私達は中断していた軍議を再開した。今は結城家の攻略の方が大事なのである。夕方になると土岐家の兵を引き連れた沼尻が逆井城に入城したと報せが来た。随分早く集まったなと思いながら広間に向かった。政貞に呼ばれたからだ。


 広間には小田家に降った将が集められていた。顔も名前も知らないので誰が誰だか分からない。尤も、ここに集められた将もそうだろうからお互い様かと考えた。彼等からすれば知らない組織に組み込まれたのだから不安しか無いだろう。


 土岐家の人達からすれば今まで積み上げて来たものを全て失った訳だし、今後の生活の心配もあるだろう。私も簡単に面倒見るみたいな事を言ったけど、言葉の責任は取らないといけない。


 私が腰を落ち着ける様子を見計らって政貞が土岐の将に説明を始めた。小田家では乱取りを厳しく禁じているので土岐の兵を戦には使わず、見せ兵としてのみ運用する事を検討しているなどである。これを聞いた土岐の将の顔色が変わったのは言うまでもない。彼等からすれば武功を挙げて小田家に認めて貰いたい人が殆どだろう。そんな中で揖斐光親(いびみつちか)という江戸崎城でも話をした人が政貞に問い掛けた。


 「菅谷殿、噂には聞いて居りましたが、真に乱取りを許さぬので御座いましょうか?雑兵共に褒美が無くては士気も上がらぬものと心得て居りますが?」


 「揖斐(いび)殿の仰る事は間違っては居りませぬ。他国でもそうで御座いましょう。ですが、我が小田家の兵はそのような事を致さずとも暮らして行けまする。民は己の暮らしを守る為に戦に応じている者が多数なのです。我等は御屋形様の命により、民草と戦というものを語らい軍律を守るように約束を交わして居ります。ですので兵を募っても民は代理を頼まぬ者が殆どで御座いますし、それ故に不心得者が兵の中に居らぬのです。居たとしても軍律を犯せばそれを見た兵に袋叩きにされると耳にした事も御座います。更に、我が家の将もそれを厳しく見張って居ります」


 「左様で御座いますか、確かに土岐の領も乱取りに遭ったとは耳に致して居りませんが、そのような事が出来るとは信じられぬ思いが今も御座います」


 「揖斐(いび)殿も既に当家の家臣、今申した事を守られよ。我等が御屋形様は吉祥天様の生まれ変わりと民から慕われて居ります。御屋形様に侍るは次郎丸と申しますが、神獣の如き獣がその証拠。御屋形様が佐竹家に参られました折は、厄災にお悩みであった義昭様をも救うて居ります。佐竹領であるにも関わらず民は列をなして御屋形様に付き従い、加護を求めたものです。土岐の方々が考える以上に御屋形様は民草に慕われておるので御座います。皆様方も武士としての誇りと共に、民を慈しまれるが宜しかろう。また、それが出来ぬ者は当家から放逐されるものと心得て頂きたい」


 おい、やめろ!途中まではいい感じだったのに何故それを言うんだよ!私は恥ずかしくて嫌なのに!さては政貞、勝貞に仕事を押し付けられた腹いせに私まで巻き込むつもりなのかも知れない。私は皆に仕事を押し付けて土浦でのんびり内政したかっただけなのに!


 また領内を行脚させられるのだろうか?今回は得る土地が広いから簡単には終わらないし、次郎丸の毛を要求されるだろうから次郎丸の毛が無くなってしまう。何とか回避しないと私と次郎丸が死んでしまう!宗教を利用するのは私にも解る。土岐家でも観音寺の十一面観音の再興をして民心を慰撫しているし、同じように吉祥天様の御堂を建てれば民は治めやすくなるだろう。でも、私が巻き込まれるなら話は別である。


 私が次郎丸との絶望の未来を想像していると臼田弥次郎と名乗る人から声が上がった。


 「では菅谷殿、此度は我等に武功を挙げる機会が無いという事で御座いましょうか?」


 「兵を抑える事が出来るのならばその限りではないと某は考えているので御座いますが、、、。御屋形様、如何為さりますか?」


 「政貞はそれぞれ百の兵を土岐の皆に任せて機会を与えたいと言っていたよね?私も賛成だよ。この場に居る将の気持ちも解っているつもりだよ。でも乱取りは許さない。臼田と言ったね?兵の乱取りを抑える事が出来るなら戦に参加する事を許すよ?」


 「それは、、、」


 私がそう言うと臼田は言葉を詰まらせた。他国では非常識だろうけど乱取りを無くせば国には良い事しか無いと思う。民のモラルが上がるし、戦後の統治も楽だし、無法者が減るから治安も良くなる。かの今川義元が桶狭間で信長に討たれているけど、原因の一つとして兵が乱取りに夢中で散ってしまい、備えが手薄になったせいで信長の本陣への突入を許してしまったなんて話もある。いい事なんて一つも無いのだ。


 「臼田が答えられないのも解るよ。此度の戦を諦めるのも手だと思う。当家は(まつりごと)の功を重く見るから、政で励むのも手だよ?」


 私がそう言うと揖斐(いび)が口を開いた。


 「御屋形様、この揖斐(いび)は戦に参じたいと考えて居ります。お許し頂けましょうか?」


 「それはいいけど、兵を抑えられるの?無法者も多いと聞いているけど?民と見分けが付くならその場で武具を取り上げて追放してしまうのも出来そうな気はするけど、どうなのだろう?」


 「抑えてみせます。百の兵で御座いましたな?この揖斐(いび)にお与え下さい」


 「わかった。ただし、一人でも禁を犯したら私は容赦しない。政貞、小田家の軍律をもう一度皆に伝えて欲しい」


 「承知致しました。明日は出陣で御座いますから急がねばなりませんな。赤松殿と飯塚殿にも参加頂き、兵を抑える指南もして頂こうかと考えて居ります」


 「わかった、お願いね」


 私が土岐の兵を使おうとしたばかりに余計な手間を皆に掛けさせる事になってしまった。合理的な考えだと最初は思っていたけど、とんだ失敗である。私は政貞に後を任せて休む事にした。


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