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第六十七話 雪の相談

 

 制止するかのように声を上げた岡見は私の前に進み出て平伏した。もうこの時点で分かってしまった。さっきの雑談はこの前振りだったに違いない。皆が見守る中、岡見は口を開いた。


 「殿、この岡見治広、此度はお願いの儀が御座います」


 岡見はそう言うと小田に被官したいと願い出た。岡見の勢力は牛久城、東林寺城、谷田部城、足高城、板橋城と広範囲である。そして国人の中では最大勢力でもある。小田家の支配領域で最南端に位置していて土岐家と領土を接している。そして牛久と谷田部は重要な防衛拠点でもある。


 私は岡見の手を取り感謝の意を表した。いくら父上と仲が良いとはいえ家中で反対も出ただろう、でも歴史を知る私からすれば英断だ。今の小田家なら岡見に十分に報いる事が出来るし、国人の規模で今後の関東の戦国を生き抜くのはとても難しい。鉄砲に築城の技術、農業改革が出来れば国境を守るのも容易くなる筈だ。


 そして岡見に続くように豊田治親も被官したいと申し出た。豊田の勢力は豊田城、石毛城、古間木城の三城である。こちらは多賀谷家と土岐家に隣接する形だ。岡見同様、南常陸の防衛拠点である。私の知る史実では豊田は多賀谷家に滅ぼされてしまう。でも今は多賀谷の主要な領土は小田家が支配しているし、豊田の隣には下妻があるから勢力が減じた多賀谷では手出しが出来ないだろう。


 大領の二家が被官なんて私も驚いたけど、他の国人や家臣も大いに驚いていた。私は岡見と豊田に礼を述べてこれを認めたのだった。所領に関しては後日相談する事として、今夜は歓迎の宴を開く事になった。


 そして宴の最中に小豪族の国人がこぞって被官したのである。嬉しいけど、今後の対応を考えると頭が痛くなった。そして付き合わされることを予想した勝貞と政貞、そして久幹は喜びながらも時たま複雑そうな目線を私に投げ掛けた。言っておくけど私のせいじゃないからね?多分、赤松と飯塚のせいだと思う。


 次の日からは政務に明け暮れる事になった。常陸中部を獲った時程の難しさは無いけれど、良く知った顔の人達の処遇である。所領を全て安堵出来る訳もなく、重要拠点の幾つかは小田宗家で管理しないといけない。胃の痛い思いをしながら勝貞や政貞、久幹も巻き込んでの政務である。


 久幹は「某は河和田で地獄を味わったばかりで御座いますから、此度はご勘弁を」などと言っていたけどスルーである。一人だけ逃げようなんて皆が許す筈がないのである。


 真っ先に岡見と豊田への対応を決めて二人にも参加して貰ったけど、やはり人情が勝るのか苦しそうに考え込んでいた。岡見と豊田は顔役でもあったから余計に判断に苦しむのだろう。二人にも私の気持ちが分かって貰えたと思う。


 今回は百地も大変である。ようやく小田宗家の田の改革が終わって一息ついた所で六万石近い田の塩水選の仕事が増えたのである。被官した国人が口を揃えて要望するので私は断れなかったのだ。宴会の席でそれを聞いた百地がグラスを傾けたまま固まっていたのが印象的だった。百地も今頃はスケジュール調整で頭を抱えていると思う。


 そして桔梗も例外ではない。美人鉄砲指南役に師事したい人は多いようだ。宴会の席では要望する人に囲まれて私に目で助けを求めていたけどスルーである。皆で苦しむ事に価値があると思う。


 粗方の整理が付くと直ぐに田植えの準備である。手柄もあり所領が増えた百地衆は、伊賀の弱小忍び衆を勧誘、吸収して四百名を超える規模になっている。でもいきなり増えた仕事に対応するのは一苦労がある。私は百地に各地の砦を幾つか与えて拠点にするようにして貰った。


 そうしてバタバタと過ごして、ようやく落ち着いたのは田植えが終わってからであった。大変ではあったけど、南の国境を小田宗家で管理出来るようになったのでメリットは多いし、何より国人の家臣化が一気に出来てしまったので私も一端の戦国大名になれたのだ。小田の街は家臣化した国人の屋敷の建設ラッシュに沸いているし、六万石の年貢が倍化すれば財政も民の収入も潤うのである。手を抜く理由など無いのである。


 そうして落ち着きを取り戻しつつあったある日、雪が私を訪ねて来た。私は政貞との打ち合わせを終えて雑談をしていた所である。私と政貞、百地、桔梗、そして雪で座卓を囲んだ。


 「本日は御屋形様にご相談が御座いまして参りました」


 今の私は殿から御屋形様と呼ばれるようになっている。所領も大きく増えたし、国人も臣従して小田宗家は三倍の規模になった。私は父上が健在の内は父上を上位に置くつもりでいたけど、その父上の方から「示しがつかぬ」と呼称を変えられたのである。ちなみに父上は大殿と呼ばれるようになったのである。


 「私に相談?」


 私がそう言うと同時に百地が「某、所用が御座いますので」と立ち上がり。桔梗が「(わたくし)も用事を思い出しました」と席を立った。雪の様子と百地と桔梗の様子を見てピンと来た私は「雪、ちょっと待っててね」と言い二人を追った。


 危機回避能力が異常に高い百地と桔梗の事である。きっと厄介事に違いない、私だけが餌食になってたまるか!私は部屋から出てダッシュで二人に追い縋り百地と桔梗の肩に手を掛けた。


 「うふふ、どこに行こうというのかな?」


 私に肩を掴まれた二人は顔を青ざめさせて口を開いた。


 「そ、某は大事な用が御座いまして中座致すので御座います」


 「嘘だね。百地、戻って一緒に雪の話を聞こうね?」


 私はニッコリ笑いながら百地に言うと観念したのか百地は肩を落とした。そして私が桔梗を見ると桔梗が口を開いた。


 「(わたくし)は嫌で御座います!心の闇が!心の闇が恐ろしいので御座います!」


 常になく抵抗する桔梗に私はニッコリと微笑みながら桔梗の手首を掴んだ。


 「大丈夫!皆が一緒なら怖くないよ?」


 そう言って桔梗の手を引き、百地を従えて部屋に戻った。そして再度座卓を囲むと中座を詫びた。


 「それで、話とは何かな?」


 私が聞くと雪が口を開いた。


 「実は(わたくし)、夫の手塚と離縁を考えたので御座います」


 嫌な予感が当たったらしい。でも私に相談とか止めて欲しい。私は結婚した事ないし、夫婦間の事は夫婦で何とかして欲しい。私達が一様に顔色を変えていると政貞が口を開いた。


「では御屋形様、お言い付け通り進めますので、某はこれにて失礼致します」


 そう言って足早に部屋を出て行った。私は再度「雪、ちょっと待っててね」と言い政貞をダッシュで追った。そして足早に廊下を進む政貞の肩を捕まえた。


 「政貞、主を見捨てるとはそれでも菅谷なのかな?勝貞が聞いたらさぞ怒ると思うよ?」


 引き攣った微笑みを浮かべる私の顔を見た政貞は慌てたように口を開いた。


 「御屋形様!某には荷が重過ぎます!ここは(おなご)同士で話を付けて下さいませ。某は巻き込まれたく御座いません!」


 とっても正直な政貞の顔に私はアイアンクローをかました。そしてギリギリと締め上げながら口を開いた。政貞は「痛い!お止め下さい!」と哀願するが無視である。


 「政貞、主君を見捨てた家臣には罰が必要だと思うんだよ?」


 そう言って私が締め上げていると政貞が白旗を上げた。


 「イタ!イタタタ!分かりました!分かりましたからお止め下さい!」


 「分かってくれて嬉しいよ、雪が待っているから急いで戻るよ」


 私が政貞を解放すると政貞は顔をさすりながら答えた。


 「ですが、他人の離縁話など我等にはどうしようも御座いません。御屋形様が執り成すなりして頂かねば困りますぞ?」


 この期に及んで予防線を張ろうとする政貞に私は答えた。


 「皆で一緒に考えようね?雪と手塚は大切な仲間なのだから見捨ててはダメだよ?」


 そして政貞を従えて再度部屋に戻った。私は雪に「何度もゴメンね」と言いながら席に付いた。戻って来た政貞の様子を見て雪が口を開いた。


 「菅谷様、お顔に手形が付いて居りますが、如何なされたので御座いますか?」


 政貞の顔には私の手形がクッキリと付いていた。主君を見捨てた罰である、私は雪に「気にしないように」と澄まして伝えた。政貞の顔を見た百地と桔梗は顔色を変えてピンと背筋を伸ばしていた。良い事である。


 「それで、話の続きだったね?」


 私は雪に話を促した。聞きたくないけど、どうせ逃げられないのでさっさと済ましてしまおう。


 「はい、実は(わたくし)、夫の手塚と離縁を考えたので御座います。いつまで経っても浮き草のように定まらぬ生き方をしている事にほとほと愛想が尽きたので御座います」


 うん、それは分かる。私だって手塚みたいに夫が不真面目ならそう考えると思う。


 「ですが、最近の夫は人が変わったように働き出したので御座います。離縁を考えた矢先の事で御座いましたので、夫の変わり様に(わたくし)は戸惑ってしまったので御座います。(わたくし)は夫を嫌っている訳では御座いません。ですが、あのように怠けていては家中にも示しがつかず、御屋形様より国境の守りを任ぜられた事もあり、(わたくし)は離縁を決意したので御座います。ですが、今の夫の様子が続くならば離縁などせずとも良いのではないかとも考えたので御座いますが、また元のように怠け者に戻ったらと考えますと、どうしたものかと迷ってしまったので御座います」


 手塚が真面目に働いているなんて驚きである。そういえば尾張行きの前に忠告した事はあったけど、聞き入れてくれたのかな?


 「雪、私が以前、手塚に忠告した事があるんだけどそのせいかも知れない。このままだと雪に捨てられるよって言ったんだよ」


 私は手塚とのやり取りを雪に説明した。雪は私の話を聞きながら思案するようにしていた。


 「そのような事があったので御座いますか、御屋形様にはご迷惑をお掛けして申し訳御座いません」


 そう言って頭を下げる雪に私は言った。


 「私としては手塚と雪に離縁などして欲しくないのだけど、雪の言う事もよく解るよ。だけど折角、手塚が励んでいるのだから機会を与えた方が良いと思う」


 「そうで御座いますか、、、」


 そこからは政貞も会話に入り、私見を述べたりして雪を励ましていた。私も出来れば離縁して欲しくない事を再度伝えて雪を励ました。雪も相当思い詰めていたようで、涙を流す場面もあったけど最後には考え直してみると私達に決意を伝えた。そして雪が帰宅すると皆一様に疲れた顔で互いを見やったのだった。


 「全く、此度は酷い目に遭い申した」


 政貞がいつもの調子を取り戻して口を開いた。


 「私を見捨てるからそうなるんだよ。でも手塚と雪がうまく行きそうだし良かったかもね?政貞も百地も奥方に愛想を尽かされないようにした方がいいよ?」


 私がそう言うと二人は渋い顔になった。でも、離婚にならなそうでホッとしたけど、手塚が頑張ってくれないと私が困る。このまま手塚が真面目に働きますようにと祈るのであった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] >ようやく小田宗家の田の改革が終わって一息ついた所で これに常陸中部の直轄地ははいっていませんよね。もし入っていたらブラック以上の仕事量ですよね。 [一言] 祝家臣大量雇用。 さあ新し…
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