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第四十話 次郎丸の成長


 次郎丸を押し付けられた形の私は、仕方が無いと割り切る事にした。ペットとの生活は幸せで楽しいものだけど、人と違って寿命の短い彼等は、あっという間にいなくなってしまう。でも、この子も生まれて来たからには幸せになって欲しい。赤松のせいでこんな事になったけど、これも出会いなのだろう。


 私は侍女に頼んで桶に湯を作って貰い、庭先で石鹸を使って丸洗いした。次郎丸は野生の犬の割に凄く従順だった。手ぬぐいでよく拭いてから布でくるんで屋敷に上げた。ドライヤーなんて無いからこのまま抱いて温めながら乾かすのである。


 この時代の犬は現代では和犬と呼ばれていて、国の天然記念物に指定されている絶滅危惧種である。だけど、戦国時代の一般的な犬の扱いはひどく悪い。


 犬食は無いと思われている日本だけどそんな事は全くなく、捕らえて食べる事もよくある事だ。それに武芸の的にされる事もある。犬追物(いぬおうもの)と言って、犬を的に弓の鍛錬をするのである。格式ある守護大名や守護代ほど武家の作法として行われる。

 

 ちなみに太平記で有名な北条高時が夢中になっていたのが闘犬や犬追物(いぬおうもの)である。現代人から見れば野蛮極まりない事で、今の日本人が見たら涙する事は私が保証できる。


 現代日本において戦国時代では太田資正が愛犬家として有名だけど、現代人が考える愛犬家とは違うと思う。愛犬家の定義は難しいところがあって、一言でこうだと言うことは出来ない。それに現代と戦国時代の感覚の乖離は激しい。尤も犬に限らず人もなのだけど。


 勿論、犬を我が子のように可愛がる人も身分問わず大勢いる。公家であったり、武家の身分の高い者に飼われる犬などは、人よりも良い暮らしをしていたりする。歴史を見れば古今東西枚挙にいとまは無いだろう。


 暫くは温めたり拭いたりして、大分乾いたのでご飯をあげた。いきなりだから何の用意も無いので、私の夕餉のメニューを猫まんま風にした物を食べさせる。大名家といえど残飯なんて存在しない。食べ物は基本的に残さないし、残っても下げ渡されて消費されるのである。


 そうして私が次郎丸の世話をしていると、私が犬を連れて来た話が伝わったのか、父上がやって来た。次郎丸を見た父上は私の前に座って興味深そうに眺めていた。犬は嫌いじゃないらしい。


 「其の方、その犬はどうしたのだ?真っ白とは随分珍しいの」


 父上は次郎丸から目を離さずに私に質問した。いっそ父上に面倒を見て貰うのも悪くないかもしれない。父上は隠居して暇を持て余しているだろうし。


 「赤松が連れて来たんですよ。押し付けられたので仕方なく面倒を見ているのです」


 「ふむ、わしにも覚えがある。わしが若い頃にあの者の父がわしに拾った犬を押し付けて来ての、仕方なしに飼った事がある。あの時は随分と困ったものじゃ」


 親子二代で押し付けられたらしい、、、。父上も断れなかったのね。


 「なら父上は慣れているでしょうから、この子を譲りましょうか?聞き分けのいい良い子ですよ?」


 私の言葉に父上は渋面を作った。


 「犬は死んだ時が哀れでいかん。其の方が面倒を見よ、わしはもう懲り懲りじゃ」


 そう言いながら次郎丸を優しく撫でていた。父上が犬を飼っていた事も、愛情を注いでいたらしいこともなんだかよく解る。ペットと死別してから二度と飼わない人は現代でも大勢いるし。


 「所で、、、」


 父上は不思議そうな顔をして次郎丸の尻尾を摘まみ上げた。


 「何故、この犬は尾が二本もあるのだ?」


 「さあ?」


 次の日から次郎丸の躾を始めた。朝起きてご飯を食べたらトイレの場所を教える。それが終わると運動の時間である。布切れや手で遊んでやり適度に運動をさせる。私の政務は私室で行い、次郎丸は傍らに置いておき、トイレの素振りを見せたら即連れ去ってトイレの場所で用を済まさせる。これを毎日繰り返して十日立つ頃には自分でトイレに行くようになった。賢い子である。


 私が犬を飼い始めたのを見た勝貞と政貞は、目を丸くしていた。私は赤松に押し付けられた事情を話すと、気の毒そうな顔をしていた。


 私は暫くは政務と次郎丸の育児の為に、時間を使う事にした。下妻城の改築は菅谷に任せているし、鉄砲鍛冶の規模拡大も手は打ってある。特に急ぐ案件も無かったのだ。


 そうしてひと月、ふた月と時は過ぎ、次郎丸はすくすくと成長していった。子犬の成長は早い、早いんだけど次郎丸は早すぎる気がする。手足が太いからそうじゃないかと思っていたけど、元の十倍くらいに成長していた。


 そして、、、。犬ではなくてオオカミである事が発覚した。前世の映像で見たオオカミによく似ている。でも色々おかしい、オオカミにしては大きすぎるし、長く伸びた二本の尻尾も異常である。見た目は真っ白の体毛に二本の長く伸びた尻尾がうねるようにしている、とても綺麗な子だ。ちなみにメスである。もううちの子になったから別にいいとは思うけど、次郎丸はオオカミのような何かな気がする。


 ある日、私は私室で政貞、百地と打ち合わせをしていた。私の傍らには次郎丸が寄り添うように座っている。冬場は暖かくてなかなか良い。三人で縄張りの絵図を見ながら頭を捻る。


 「この枡形虎口でしたか、全ての門に掛けるのに埋め立てが必要な所も御座います。これに時を取られますな。ですが、仕上がれば守りは強固になります」


 「鉄砲と弓矢を存分に使えるようにしておきたいからね。時が掛かるのは仕方ないよ」


 「下妻の城の普請は暫く掛かりそうですな。石垣は小田の石工にも学ばせて居ります故、物になれば普請も捗るでしょう」


 「それでいいよ、縄張りは終わってるんでしょ?なら作り始めれば徐々に慣れて来て捗るようになるよ。重要なのは小田と真壁の石工に、穴太衆の技を学んで貰う事だからね」


 「承知して居ります。ですが、普請中に戦が起こるようだと困りますな。なんせ丸裸同然で御座いますから」


 政貞は眉を下げ悩まし気な表情で腕組みをしている。結城との戦に勝ったとはいえ、油断が出来ないのは彼の言う通りだと思う。


 「百地、結城と水谷はどう?」


 「結城は城の築城に取り掛かって居りますが、こちらを攻める様子は御座いません。瓦礫の撤去に手間を取られて普請は遅々として居ります。水谷ですが、先の戦で手傷を負い、未だ寝たきりのようで御座います。城下の噂では腕を切り落としたと聞き及んで居ります」


 「なんと!腕を切り落とす程の深手を負ったと?」


 「左様でございます。恐らく鉄砲が当たったのではないかと?殿からは鉄砲の玉は身体に毒と聞いて居りますので」


 十分ありうる。鉄砲の玉は鉛だから人体に入れば毒になる。鉄砲玉の摘出なんて想像も出来ないだろうけど、腕を切り落とすなんて思い切ったものだ。私は恨まれているのだろうな、、、。


 「それは恐ろしいですな。我等も撃たれたら、手足を切り落とすので御座いましょうか?」


 「う~ん。凄く痛いしお腹に当たったら無理だけど、矢尻を抜く要領で手足なら縛って血止めをして、熱湯で洗った小刀で傷を割いて玉を取り出すしかないと思う。する方もされる方も大変だと思う。金創医(軍に従軍している外科専門の医者)に相談しておいた方がいいね。いずれは敵方も鉄砲を手に入れるかも知れないし」


 「承知致しました、そのように致しましょう」


 「それともう一つあるんだけど、今の甲冑だと鉄砲の玉が当たったら防げないから新しい甲冑を作った方がいいね」


 「新しい甲冑で御座いますか?」


 「うん、頭やお腹とか重要な所は鉄板(てついた)で甲冑を作れば、鉄砲玉から守ることが出来るよ。私が又兵衛に相談するから政貞の新しい甲冑を作ろうか?」


 「いや、さすがに手柄も無しに頂く訳には参りません。それに随分な銭も掛かります」


 戦国時代の鎧の価格は注文書に残る記録から五十両から百両である。一両が現代の十万円とすると百両なら一千万円くらいする高価なものなのだ。だからどの家も先祖代々伝わる甲冑を直しながら大切に使うのである。


 「手柄なら手塚、赤松、飯塚の分も政貞が仕事をしているのだから十分たててるよ。それに軍備の試しでもあるから気にしなくていいよ。新しい甲冑は鉄砲を撃ち込む試しもするからそれでいいよね?」


 「ですが、、、」


 政貞は結構遠慮深いんだよね、気にしなくてもいいのに。政貞の様子を見て百地が口を開いた。


 「菅谷殿の働きは誰もが認めて居ります。それに、新しき甲冑の試しをせねば我等も困ります。どうぞお聞き届け頂けますよう」


 「百地殿、、、」


 うんうん、百地ナイスフォローだよ。だけど、赤松と次郎丸の件は忘れていないからね?


 暫くは渋っていた政貞だったけど了承して貰えた。私は南蛮具足を作るつもりである。対鉄砲の甲冑は大切な命を守るものだから、気合を入れて作って貰おう。


 

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― 新着の感想 ―
そのうち肖像画の様に猫もお願いします .
[一言] オオカミにしては大きすぎるって、次郎丸はもしかして異世界から転生してきたフェンリルかな?w
[一言] さりげなく赤松さんへの恨みが深いw
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