表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/177

第百六十八話 新たな政(まつりごと)


 竹中半兵衛の登用に成功してから四日が過ぎた。その間に上杉家の国人達を送り届けた光秀が帰って来て、半兵衛を登用した事に大いに驚いていた。屋敷が整うまでは明智家で面倒を見ると光秀は張り切っていたのだ。きっと同郷である半兵衛が常陸に来た事が嬉しいのだと思う。


 稀代の軍略家である彼を得られたのは幸運だと思う。政貞達が面接をして採用となったのだけど、歳は十二だそうで、私の知識との齟齬があった。この世界線では半兵衛は二年早く生まれたようである。


 戦国時代というか日本には軍師という役職は存在しない。私達現代人は軍師と言う言葉に馴染みがあるけれど、この言葉は近代になってから使われるようになった言葉である。戦国時代には軍師はいなくて、代わりに軍配者がいる。意味合い的には軍師に似ているけど、その役目は簡単に言うと祈祷や占いをして軍勢の配置を決めたり、出陣時期や築城の吉日などを決めるなどで、とても非科学的なものである。なので、戦略や戦術を練る戦闘の専門家という役割ではないのだ。


 小田家にも軍配者は居たけれど、私が廃止してしまったので今の小田家には存在しない。私は半兵衛を軍師にするつもりである。軍配者を廃止したのは何れ軍師の役職を作り、軍師を迎える思惑もあったけど、思わぬ半兵衛の登用で、その願いが叶うのである。とは言ってもまだ軍師の役職は作っていないし、半兵衛はまだ十二歳。身体もこれから成長するし、経験も積まないといけないので、私が彼の面倒を見るつもりである。


 半兵衛の一番のテーマは健康的に延命する事である。史実の竹中半兵衛は三十七歳で亡くなってしまう。死因は肺炎、もしくは肺結核。感染症だから何処で感染するのか判らないけど、私ではどうにもならない病気である。だから日ノ本から医師を集めて国として雇い、病院を作って研究と医師の育成、そして民間への医療提供や薬膳料理の開発をするつもりである。医師の著名人は私が知っている。この時代の医師はやはり人を助ける仕事をするだけあって立派な人物が多い。他の権力者に取られる前に私が厚遇で確保して、国として全力で支援すれば医学が発展し、結果的には多くの人が助かると考えた。


 幸運な事に下野には足利学校がある。足利学校とは関東最高の高等教育機関である。ここからは医聖と呼ばれる田代三喜が出ているし、曲直瀬道三など数多くの医師を輩出している。小田家でも病気になれば足利学校から医師を招いて診て貰っている。父上が飲んでいる漢方の調合も依頼している。義昭殿の領地だけど、招くのは自由だから、他家に取られる前に小田家で確保が出来る。医療技術の発達は早ければ早い程良いので、私は政貞と光秀に相談したのだ。


 「成る程。それはよう御座いますな。某の父上も今はご壮健で御座いますが、何れは病に倒れる事があるかと案ずる事が御座います」


 政貞は腕を組んでうんうんと頷いている。


 「私の父上も、勝貞も心配だし、岡見もいい歳だし、半兵衛も身体が弱いそうだよ?」


 「善左衛門殿がそう申されて居りました。今はお元気なご様子で御座いますが、話を耳に致した煕子が半兵衛殿を案じて居りまして、何かと世話を致そうとしているようですが、半兵衛殿もやはり(おのこ)。女子に世話を焼かれる事を嫌って逃げ回っているようで御座います」


 「半兵衛は可愛いから、余計に心配になってしまうよね。煕子殿が半兵衛に太刀打ち出来るといいね?」


 「我等には子が居りませぬので、煕子は構いたくて仕方が無いので御座いましょう。常になく張り切って居ります」


 「光秀が家を顧みずにお役目の事ばかり考えているから煕子殿が寂しい思いをしているのではないの?光秀のせいだと思う」


 私がそう言うと、光秀は少しムッとした様子で言う。


 「そう思われるなら、次々とお役目を増やすのをお止め下さい」


 「私はいつも心苦しく思っているんだよ?でも、やれば民が救われるのだから私も仕方なしなんだよ。光秀は諦めるといいよ」


 「光秀殿は此度の戦に行かれるのであるから、多少の我慢は致すべきですな?某はまた留守番で御座いますし、今後も行く事は叶わないので御座います。御領地が大きくなり過ぎました。誰かが留守を預かり、兵糧の用意を致さねばなりませぬ」


 「政貞には悪いとは思っているんだよ。でも、『補給』の重要性はよく知っているでしょ?」


 「存じて居ります。御屋形様の兵書で学びました。それが故に嫌でも断れぬので御座います」


 「政貞は小田家の蕭何だからね。大国になればなる程、補給が重要になるし、主が居なければ(まつりごと)が進まないなんて困るしね?」


 「致し方ありませぬ。励むと致しましょう。それはそうと、竹中殿は如何為さるので御座いますか?」


 「それなんだけど、半兵衛は太政官に任命する。政貞と光秀の補佐かな。でもまだ子供だからあくまでもお手伝い、政務は半日くらいにして欲しい。武芸もさせないといけないし、学問はどうだろう?算盤の手習いは煕子殿に任せようか?」


 「御屋形様。御心遣い痛み入ります。煕子が喜びまする」


 「光秀、小田の城に半兵衛の居室を用意するからそこに移って貰って欲しい。煕子殿には悪いけど、私が半兵衛の食の世話をしたいんだよね。私の知る身体に良い食事を熊蔵と考えているから、それを毎日食して貰うつもりだよ」


 「随分と竹中殿を気に掛けて居られますな?ですが、そういう事であればこの政貞も異論は御座いませぬ。あの御歳で明の書物をすらすらと読まれるのには驚きました。この事が他の者にも伝われば、少しは学問に身が入るのではないかと期待して居ります。当家は他家に比べれば随分と政務が出来る者が増えましたが、後々を考えまするとまだまだ不足が御座います」


 「医者の件だけど、直ぐにでも取り掛かって欲しい。これは光秀に命じるけど、足利学校の医者と薬師を全て攫ってくるつもりで集めて欲しい。銭は幾ら掛かっても構わないけど、人柄は見定めないと害悪になるから注意して欲しい。この(まつりごと)が巧く行けば大勢の人が救われるから、本当に大役だよ?国史に名が残るかもね」


 「おおっ、正しく大役で御座います。この光秀、身命を賭してお役目を全う致しまする」


 「うん、期待しているよ。政貞は医者や薬師を登用したらその者達と相談して下妻に医師と薬師の拠点を作って欲しい。薬草の畑とかも必要だろうし、足利学校のような医者と薬師の学校も作りたい。医者と薬師を大勢育てて、国から銭を出して村に一人は医者や薬師を置きたいかな。小田に来れば病を治せると噂されるくらいにしたいね」


 「承知致しました。此度の(まつりごと)は我等武家のみならず、多くの民人を救う事になりましょう。この政貞も光秀殿に後れを取る訳には参りませぬ。懸命に働きまする」


 「あっ、そうだ!晴朝を奉行に任命する。誰かさんが晴朝を気に掛けるから随分と成長したと聞いているよ?晴朝は優しい人だから適任だね。政貞も光秀も太政官のお役目があるから、立ち上げが終わったら晴朝に面倒を見てもらう事にする。私から主命として晴朝に命じるからそうしてくれる?」


 私がそう言うと政貞が居心地悪そうに後ろ頭を掻いた。


 「誰かとは見当も付きませぬが、晴朝殿であれば立派にお役目を果たしましょう」


 「結城家の家臣は優れた者が多いからあまり心配しない方がいいよ?」


 「承知して居ります。某は容赦なく厳しく晴朝殿に指南致したつもりで御座います。心配などして居りませぬ」


 政貞は決め顔でそう言ったけど、相変わらず晴朝に甘いようである。


 「それともう一つ。大変なお役目を命じるから覚悟して聞いて欲しい」


 私がそう言うと、政貞と光秀は居住まいを正した。


 「当家の法を新たに一つ公布する。小田家領内の衆道を禁じる。これは武家だけではなく、寺社や領民全て禁ずる。子供の売買も記録を確認して遡れるなら追い掛けて罰する。衆道をした者を知らせる密告も奨励する。この法は子供を守る為の法だから、政貞や光秀が反対しても私は考えを変える事は無いからね?この法の狙いは二つある。一つは子供を守る事、もう一つは寺社の力を弱める事。この法は寺社に対しては言い掛かりだけど、寺社が持つ広大な知行地と権益を奪うのが狙いだよ。この莫大な財貨は、今命じた医者や薬師を育成する為の財源にする」


 「衆道で御座いますか?そう言われれば当家では聞きませぬな。いや、以前に手塚殿がされていると聞いた事が御座います」


 手塚お前何やってんだよ!今の綺麗な手塚はどうか知らないけど、半兵衛があんなだから私は心配で仕方が無いのだ。もし半兵衛が変態共に手籠めにされたなんて聞いたら、私は卒倒してしまう。


 「衆道の成り立ちは、以前、政貞と光秀には話したと思うけど、当家では衆道してまで家臣の裏切りを心配する必要は無いし、そもそも、空海という異常な性癖を持った狂人が作った風習だよ?私はこの機に、衆道をしている寺社を根絶やしにするつもり。神様より稚児が大切な人に神を語る資格なんて無いからね。中には横暴だと言う人も出て来ると思うけど、衆道をする人そのものを領地から追い出したい。当家の家中の者は止めるなら罰しない、領民もね。狙いは寺社だからね?寺社に関しては衆道をした事がある者は罰する。言い掛かりを付けて知行と権益を取り上げたい」


 「根絶やしとは穏やかでは御座いませぬな?御屋形様らしくありませぬ」


 「衆道をしていた寺社は国外追放にする。とても皮肉だけど、僧だけは幾らでも居るんだよね。代わりの者は幾らでも居るし、此度は足利学校から医師や薬師を招くけど、殆どの人が僧だと思うから住職になって貰ってもいいかもね。衆道をしている寺社の知行を取り上げて、真っ当な僧に置き換えてから必要な分だけ知行を与える。政貞?極楽寺や勝龍寺も例外にはしない。もし、極楽寺や勝龍寺が衆道をしていたら容赦なく罰する。筑波山の全ての権益を取り上げる。今の小田家にはそれが出来る力がある」


 「この政貞には異論は御座いませぬ。御屋形様がそうせよと仰せになるならば、我等菅谷は地獄にも攻め入りまする。ですが、懸念も御座います。寺社の中には上方の幕府や朝廷と繋がりを持つ者が御座います。大殿様も極楽寺とは仲がよう御座います。それでもやられまするか?」

 

 「やるよ。私はね、帝に逆らう訳ではないんだよ。大勢の子供が寺社に苦しめられている。私達日ノ本の民は全てが帝の子でもあるんだよ。兄弟が苦しんでいるのを見殺しには出来ないでしょ?以前の小田家は力が無かったから私も出来なかったけど、今の私達には力があるし、寺社を潰す訳でもない。人を殺す訳でもない。子供を苦しめる悪党を私達の領地から追い出すだけ。朝廷や幕府、寺社を敵に回すかも知れないけれど、彼等には私達に抗する力が無い。上方からは坂東は遠過ぎるんだよ。私達はやる気になれば、幕府を開く事だって出来るんだよ。しないけどね。それに何れ天下が収まれば、彼等はもう何も出来ないよ」


 「承知致しました。光秀殿は如何か?」


 「この光秀は、小田家に参るまでは神仏を心から敬い、大切にしてきました。貧しいながらも寄進を欠かした事は御座いません。煕子と共に寺社に参り、心からの祈りを捧げて居りました。ですが、ある日、御屋形様から御仏の成り立ちを光秀に御指南されました。お釈迦様が天竺にある小国の『ご―たま』なる若君であったと聞いた時は目の前が真っ暗になりました。更に、その他の仏様が明の国の(いにしえ)の僧がでっち上げたとお聞きした時は身体から力が抜けるかのようで御座いました。孔子様が人の肉を好んで食されていたとお聞きした時は、もう何も信じられなくなりました。御屋形様が、人の肉の料理方法を語りだされた時は、涙を流しながらお聞きしたものです。日ノ本には日ノ本の神があり、それを信ずるのが道だと今の光秀は思うて居ります。この光秀は御屋形様に従いまする」


 光秀は信心深いから、機会がある毎に宗教の真実を話したんだけど、見事にマインドコントロールから抜け出せたようである。放っておいたら壺武将になってしまう気がして心配だったのだ。日本人には神道があるので問題なしである。


 「御屋形様。御用改めの段取りは如何致しましょうか?」


 「先ず、急いで衆道を禁ずる法を布告する。国中に高札を出して領民に周知する。上野攻めの軍勢があるから、帰ってきたら軍勢を解散せずに小分けにして、一斉に寺社へ立ち入って調べるつもり。寺社は沢山あるから、政貞は第一軍団の残りを招集して当たってくれる?私からの早馬が到着したら取り掛かって欲しい。政貞は常陸と下総、光秀は此度の戦に率いていく軍勢を武蔵と上総、安房に派遣する。大変なお役目だけどお願いね。軍団長には私から話しておくよ。当家に降った武家の中には衆道ををしている者が居るだろうけど、別に罰したい訳では無いから、法を布告すれば止めると思う。」


 「承知致しました。捕らえた僧共はそのまま追放なさいまするか?」


 「いつも、乱暴者を追放しているやり方でいいよ。捕らえて追い出すだけ、財産の持ち出しは許さない。寺社が貯め込んでいる財貨が狙いだからね。使いきれない程出て来ると思うよ?子供の売買を斡旋した者や、それを使った者は重罪として労役を課す。他人の人生を滅茶苦茶にしたのだからこれは許す訳には行かないからね」


 私がそう言うと光秀が腕を組んで険しい顔をした。


 「寺社の不届き者を捕らえるのはよう御座いますが、知行や権益の整理は骨が折れそうで御座います。座などの権益は物によってまるで違いまする。油座に魚座、木材座など多様であります」


 「う~ん。いっそ座を無くしてしまおうか?でもまだ早いかな?大きな仕事が二つもあるから、取り上げた座の権益は小田家で貰ってしまえばいいよ。整理は各軍団長にやらせる。何でも政貞と光秀という訳にはいかないからね」


 「某は賛成で御座います、光秀殿?」


 「無論賛成で御座います。太政官の人員は随分増えたので楽にはなりましたが、決裁を余り周されては他のお役目が滞りまする」


 「決まりだね。ではそうしてくれる?ところで光秀、善左衛門はもう行ったの?」


 「御屋形様がお命じになって直ぐに発たれました。御屋形様が此度の戦に半兵衛殿をお連れになると申されたので、血相を変えて居られました。重元殿は子煩悩な方で御座いますから、善左衛門殿からお話を聞けばさぞお悩みになると思われます。気の毒な事です」


 「半兵衛には私の張良になって貰うのだから戦には連れて行く、様々に学んで欲しいんだよ。此度の戦の相手は長野殿のようなものになってしまったけど、長引くと思う。寒くなる前に半兵衛は小田に返すけど、それまでは戦を見て貰う。戦の名人の守城は学ぶ事が多いと思うよ?半兵衛も光秀も私もね」


 


面白いと思った方は、ブックマーク登録、評価、レビューをお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 衆道って若衆道の略で基本は児童少年愛の事なので、普通のLGBTとは別だと思うので、どんどん取り締まるべきですね
[一言] 古代の人肉はなんというか、一種の珍味だからなぁ。 俗説の可能性も否定できないし、何とも言えないけど。 水銀を霊薬として飲むのを是とする時代。 「食える」「肉」である時点で、採取場所にまでそ…
[気になる点] 禁止するのは衆道、よりもお稚児遊びの方が現代的によいのでは
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ